第9章 調査員達の会話


 一通りの質疑応答を終え、中年の調査員は手に持っていたペンを机に置いた。


「改めまして、この度は、お身内のご不幸、お悔やみ申し上げます」


 補佐に付いていたもう一人の調査員と共に彼が頭を下げれば、対面に腰かけ問いに答えていた男――藤本真和も黙して一礼する。

 それを終いの挨拶として、彼は応接室を後にした。


「……ふぅ」

「お疲れ様です」


 深いため息を吐きパイプ椅子に背もたれる調査員に、もう一人の調査員が労いの言葉を掛ける。

 質疑を行っていた調査員よりも干支一回りほど若いその調査員は、しばし扉の向こうを見通すように視線を送りながら口を開く。


「最後の最後に、ヘビーなのが来ましたね」

「そうだな。不幸な偶然が重なって、あの男性は最愛の妻を失っちまったわけだ」

「庭に植えていた柿の木にたまたま雷が落ちて、それがたまたま家の方に倒れて来て、その先にたまたま奥さんがいて崩れた壁と木の下敷きになって、旦那さんが助けようとしたけれど火の手が回って手遅れになり、木造建築だった家は全焼。すべてが手遅れだったって……改めて口にしても最悪ですね」

「ああ、胸糞悪くてしょうがないぜ、ったくよぉ」


 一つの天災が巻き起こしたあまりにも不幸な事故。

 すぐ傍で愛する妻が焼死していく様を見ているしかなかった彼の心には、いったいどれほどの傷が残ってしまっただろう。

 それを思うだけで、調査員達の胸には重く苦しい悼みの感情が湧き上がる。


「僕達に出来ることって、何があるんでしょうね」

「さあな。例えどれだけ対策練ろうが、自然様はそれを上回るパワーでぶっ飛ばしちまうんだ。精々不幸な目に遭わないようお祈りするくらいしかないんじゃないか?」


 後世の災害対策を目的とした調査を行う者としてはあまりにも皮肉った物言いに、若い調査員は思わず苦笑いを浮かべる。

 それを目にした中年の調査員はもう一度だけため息を吐くと、罰が悪そうに頭を掻きながら再び口を開いた。


「ま、俺達に出来ることはこうやって地道に情報を集めて、次に活かしていくことだけだ。そうだろ?」

「……ですね」


 ひとまずの結論を出したところで、二人の調査員は改めて先程の男性、藤本真和について話し始める。


「それにしても、さっきの人にはびっくりさせられました」

「何がだ?」

「冷静さに、ですよ。終始落ち着いてらして、事故の際に起こったことの一部始終を事細かに説明してたじゃないですか」

「ああ……ありゃあな。そうするしかないんだよ」

「そうするしかない?」

「そうだ。とんでもなくショックなことがあろうが、やるべきことはある。例えば葬式とかな? そういうのをこなすためには、泣いたり喚いたりやってる暇はないわけだ。だからああして淡々と、それこそ心を殺してするべきことをやるんだよ。死んだ目ぇしてな?」

「なるほど……」

「立派なもんだぜ。ってかよ、あいつが不幸なのはこっからだぜ」

「えぇ、まだ何かあるんですか?」

「ああ。こんだけとびっきりの話題性を持った事故だ。俺達が話さなくても近所で噂になって、マスコミが動くぜ。そうしたら後はもうあれよあれよで悲劇の王子様の完成だ。見てくれも悪くねぇし、しばらくは放して貰えないぜ?」

「それは……何とも言えませんね」

「だろう? 本当に心から泣ける日なんて、それこそ一年はないかもな」


 彼の証言を集めた資料を見ながら、中年の調査員はもうこの場にいない真和に心の底から同情する。

 そんな彼の予想は的中し、その日の夕方のニュースでは、インタビューを受ける真和の姿が全国の茶の間に放送されていた。

 その様子を資料を纏めつつ早めの夕食と共に眺めていた若い調査員の頭に、ふと、ある疑問が浮かんだ。

 それは資料にも記された、彼が消防隊員に保護された場所について。


(そういえばあの人。なんで発見された時、わざわざ庭にいたんだろう?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る