第4章 確認


 朝。

 新聞を取りに行くついでに、庭へと足を運ぶ。

 柿の木の下に今日も小さな穴があることを確認すると、家の中へと戻る。


 夕刻。

 仕事を定時に切り上げ足早に帰宅してから、家の戸を叩く前に庭へと足を運ぶ。

 赤らんだ空の下に、朝と変わらず小さな穴があることを確認すると、彼は玄関の鍵を取り出す。


 晩。

 風呂上がりに火照った体を冷ますべく外に出て、ぬれ縁に腰かける。

 見えはしないが遠目に柿の木の下辺りを眺めては、大きな変化がないか確かめる。


 新生活を始めてしばらくしてから、藤本真和にとってそれが日課となった。

 決まった行動を繰り返すと調子が良くなり、逆に出来ない時は違和感を覚えるようになった。


 そんな日々を過ごすうち、気づけば休日の庭いじりも彼のルーティーンに組み込まれ、元チューリップ畑には今、ヨシ子のリクエストでコスモスが植えられている。

 日に日に賑わっていく庭の景色を眺めるヨシ子の顔はにこやかで、庭いじりをする姿を度々近所住人に見られているのもあってか、真和は交流こそほとんどしていないがいい夫として名を知られているようだった。


 真和が世間の評判を高めていく一方で、彼のアリの巣との交流もより深くなっていく。


 とある日の朝、真和が新聞片手にアリの巣を確認ついでに庭を見ていると、防火林に一匹の青虫が引っ付いているのに気がついた。

 葉にはしっかりと虫除けスプレーを振りかけているはずだったが、それでも効果は完全とは言えないのだということを、真和は痛感する。


 反省しながら青虫を摘まみ上げた時、ふと、彼の頭の中である考えが浮かんだ。


(これをアリの巣の傍に置いたらどうなるだろうか?)


 浮かんだ疑問は甚だ稚拙で、答えなど考えずとも分かるようなことだと真和は思ったが、しかし浮かんだ疑問の答えを確認せずにはいられないと、手間にもならないことだと即座に実行に移すことにする。


「さて……」


 真和はアリの巣のすぐ傍に青虫を降ろし、様子をうかがう。

 するとちょうどその時巣穴から出てきた一匹のアリが、のそのそと青虫に向かって歩み寄る事態に遭遇する。

 自分の倍ほどの大きさを持つ青虫に対して、すぐ傍までやってきたアリは――


「………」


 一度だけ頭を上げて顎を動かしはしたものの、そのまま方向転換して歩き去ってしまった。

 時を同じくして青虫も、体をくねらせ前進し、アリの巣から遠ざかっていく。


 どこにでもある自然の一幕を、真和は確認した。

 その顔は、にっこりと笑っていた。


「………」


 アリの巣を離れ柿の木へ至り登ろうとしている青虫を、真和は再び捕まえた。

 掌の上でうねうねと頭を振っている青虫をしばらく見つめ、おもむろにその長い体の中ほどに、親指の爪を押しつける。


 ぷちゅっ


 耐えられないほどの圧力を加えられた青虫は、その体を真っ二つに引き裂かれた。

 前と後ろ、それぞれにのたうつ姿には特に関心を示さず、真和はそれらを再びアリの巣の近くへと置く。

 そのまましばらく様子をうかがっていると、青虫が動かなくなった頃に変化が訪れた。


 巣穴から何匹かのアリが姿を現し、何かを確かめるように少し動いてから青虫の死骸に向かって歩み寄る。

 彼らに続いてさらにぞろぞろとアリ達が姿を現すと、一斉に青虫の死骸に噛みついて、その重い体を協力して持ち上げた。

 見事持ち上げられた青虫の死骸は運び出され、ほどなくしてアリの巣の中へと消えていく。


 どこにでもある自然の一幕を、真和はまた確認した。

 その顔は、やはりにっこりとした笑顔を浮かべていた。


 またある日の休日。

 真和は巣から伸びるアリの行列に、色々とちょっかいを出した。


 まず手始めに行進するアリの何匹かを摘まみ、列から外してみた。

 列を外れたアリはしばらくの間辺りをウロウロと動き回り、はぐれたうちの幾らかは列に合流し、幾らかは迷い続けるのを確認した。


 続けてアリの行列に、如雨露で水をぶっ掛けた。

 水流に行列は乱れ、何匹かのアリはそのまま流されてしまったが、水を止めてしばらくすると、再び行列が再形成されているのを確認した。


 結果は同じだろうと思いながら、アリの行列を踏みつけた。

 水をぶっ掛けたのと同じくしばらくしてアリの行列は再形成されたが、踏み潰された仲間のアリを、他のアリが回収している様を確認した。

 共食いでもするのだろうかと、新たな疑問を生むことになった。


 これらアリについてのあれこれを、真和は日々のうちに一つ一つ確認し続けた。

 自然と湧き上がる興味関心を、浮かんだ端から解決していく。

 彼らについて一つ知る度、真和は自分の中の何かが満たされていくのを感じていた。

 何ものにも代え難い確かな充足感を求めて、真和はアリの巣を確認し続ける。


 これもまた、彼の日常の一幕だった。

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