その拾̪肆:渦巻いた疑念は断編残簡

「まあまあまあまあ、花芽智かがち様の妹様ですね! はじめましてこんばんは私紫宮しのみや禍翅音かばねと申します以後お見知りおきを、いやしかしそれにしても瓜二つの様相ですねあっ天啓てんけい! 実は行方不明の直前姉妹は入れ替わっていて姉様はひっそりと生き延びていたっていう悪ノ召使ピカレスクロマン的展開とか胸熱では? 健気な妹による自己犠牲の献身というかせを背負い続けて生きる姉、その胸中には妹の希望という名の呪いが住み着いていて心中では死を求めながらも彼女の意志を無下にする訳にはいかないと二律背反で自分を苛み続ける無為と無力の日々あっ尊い」


 ぶん殴ってやろうかという気持ちをすんでのところで堪えた。

 会議室へ向かう加賀利わたしと居合わせたのは本物の紫宮禍翅音。間の悪い事に先の催眠ヒュプノでその顔を嫌と言うほど眺めたばかりである。

 個人的には心休まらぬ接触だが本人には罪は無い。無関係な場面での第一印象が最悪だったからって、偏見でものを見ないようにしないと。

 そんな気概が一瞬で崩れ落ちそうな一言だった。っていうか本人までこういうノリなの? 偽物よりタチ悪くない?


「うふふふふえへへへへ。もとい、ああ、もとい、あー。お姉様のことは非常に残念でした。けれど私達も花芽智様の生存は諦めていません。加賀利かがり様の心中は想像も尽きませんが、せめてその心に悔いの残らぬよう我々も尽力致しますわ」


「いやそんなきらきらした笑顔で言われても」


「えー? そうですー?」


 彼女の目は黄金色ゴールドに煌めいていて、歓喜の様子を隠しきれていない。人の不幸を蜜にするタイプなのだろうか? それならそれで分かりやすいけど。

 彼女はしきりに口内でもごもごと言葉にならない単語を紡ぎながら、エレベーターが下る間中、私の背中をじいっと見つめている。

 落ち着かない。

 数か月の間本部と寮とを行ったり来たりする生活を送っていたが、彼女の姿を見たのは今回が初めてだった。本部玄関から現れたのを見ると、つい最近本部へ戻ってきたところのだろうか?

 その旨を訪ねると、彼女は表情を一切変えずにいらえを返した。

 無表情の微笑み。それは一種の拒絶を表すポーカーフェイスだ。


「ちょっと野暮用でしばらく出かけていたんです。丁度倉光くらみつさんに報告に戻るところだったんですよお。あっ、知ってます? 倉光さん。以前は紫暮しぐれ支部の支部長だったんですけど、なんと今は天津星アマツボシ暫定トップの一人なんですよ」


「ええ、まあ。華憮羅かぶらさんに教わりました」


「ははあなるほど華憮羅様ですかなるほどですねえふむふむほうほう」


 何に納得したのか、彼女はしきりに頷きながら黙りこくってしまった。相変わらず意味のわからない言葉の羅列が聞こえる。

 チンピラ味のおじさま×かける無愛想な女子高生? ちょっと何言ってるのかわからない。私達のことを示してるんだろうけど、あまり深く踏み込んではいけない気がする。




 見渡せばいかにも秘密基地らしい多様な隔壁。一方で武骨さや潔癖さを感じさせないベージュカラーのタイル。

 天津星アマツボシの本部は、厳重な機密に守られた秘密組織には見えないありふれたオフィスデザインだった。

 変わっているところといえば、エレベーターの階数表示にことごとく『B』の文字が付いていること。それと、巨大な螺旋階段らせんかいだんを中心にして円状に通路と部屋が配置されていることだろうか。

 各所の地図が表すフロアはいずれもまるい。巨大な円柱──あるいは塔が地中に埋まっているような光景を想像する。

 最下層であるB15Fには螺旋階段に囲われるようにして黄緑ライム色に輝く正八角形が飾られていた。インテリアにしては小洒落ている。殺風景な施設の中で、その輝きはやたらと目立っていた。


「人、減りましたねえ」


 禍翅音が独りちる。常に変わらぬ微笑みを湛える顔に、海色マリンブルーの瞳が浮かんでいた。

 先ほどポーカーフェイスという例えを用いたのはやや間違いだったかもしれない。

 目まぐるしく変化する彼女の瞳は、何より饒舌じょうぜつに彼女の思いを語っていた。


「やっぱりそうなんですか?」


「ええ。一年前くらいはこんなところでも子供達と保育士さんが走り回っていたものですよ」


 今の天津星アマツボシは深刻な人材不足だ。

 本来はもっと多くの職員がひしめいていたのだろうが、私が来てからはいつも閑散かんさんとしている。

 幻覚女ちづる催眠ヒュプノ空間の中で語った内容を思い出す。紫宮禍翅音の顔を借りて語ったあの言葉は、幾分かの脚色こそ含んでいるものの端的な事実を表していたようだ。

 もしも今この本部に急襲をかけられればひとたまりもないだろう──そう思ったところで、禍津星マガツボシの挙動に違和感を覚える。

 彼らは、とっくの昔に天津星アマツボシの実状を把握しているはずだ。

 そうでなければ先の電波ジャックによる超越者アウター真実の暴露などできるわけがない。それに、あの幻覚女ちづるなどは私の唐突な出立に合わせるように接触してきた。

 天津星アマツボシを壊滅させるつもりなら、とっくの昔に本腰を入れて攻め入っている頃だろう。

 それとも、彼らの標的は天津星アマツボシではないのだろうか?

 となれば、現段階で思い当たる標的は一つしかない。

 天津星アマツボシ総帥、白樺しらかば神愚羅かぐら。そしてそれに連なる白樺家の人間。

 つまり──私か?




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「今日で二か月ほどだね。君が来てから、途端に禍津星マガツボシの動きが活発になっている。頻度はどんどんと増すばかりだ」


 眼前の男は顔を机へ向けたまま静かに告げた。

 狭苦しい会議室で私を出迎えたのは、貧相な肉付きをした初老の男。彼は倉光くらみつ古徳ことく。現天津星アマツボシ総帥代理十二号である。

 彼は片手で何事かをメモ帳に書き記しながらこちらと会話を続けている。非常に忙しないが、それだけ切羽詰まっているということだろう。

 禍翅音は私の後ろにじっと陣取ったままだ。自分の本題は後にするつもりだろうか。


「思い当たったんですけど、彼らの狙いはもしかして私なんでしょうか」


「自意識過剰だな──と冗談を言ってもられないか。これまでの捕虜達から情報を聞き出したところ、彼らは皆一様に君の確保を第一目標として動いていたからね。君の、今後の身の振り方を考える必要がある」


「確保? 私の?」


 それは初耳だ。連中はいつも対話の余地なく襲い掛かって来るものだから、完全に殺すか無力化するかの意気で来ているものと思っていた。

 とはいえ、目的が明確に私にあると分かったのは少しほっとした。私だけやたらエンカウント率がやたら高かったことに、一応の理由はあったらしい。

 そりゃそうだいくらなんでもあんな数を一人で相手するとか露骨に狙われてなきゃ無茶があるよな。何だったんだよあのイキナリだのダイジだのいう奴ら。自意識過剰にもなるわ。


「しかし、何故確保なんでしょう? 父──白樺神愚羅は確かに彼らにとっての仇敵でしょうし、娘の私にも矛先が行くのはまあ……分からなくもないですけど。理不尽ですけど。何故わざわざ確保に?」


「情けないことだが検討も付かない。総帥の娘である君を引き込めば世間的な大義名分を得れるとでも考えたか、それとも白樺の家系に拘りでもあるのか? そこまでは聞き出すことはできなかった。そもそもだが、捕虜にできたのはいずれも下っ端のみでね。彼らは指令に従っただけで、禍津星マガツボシそれ自体の目的さえ知らないらしい。徹底した情報統制だよ」


「えー、構成員が組織方針も知らないんですか? 何でそんなんで成り立ってるんでしょう」


「“り所”と言っている奴はいた。それもどこまで信用できるかはわからないけどね」


 倉光は虚空を仰いだ。その間も左手は文字を記し続けている。文字は記した片端から消えていっているが、これは彼の超越能に関係しているものだろう。


 拠り所、か。

 そういえばあの病気男ひびきは初手から明確な殺意を発していたが、催眠女ちづるは何やらよくわからない理屈を捏ねていたな。

 確か一緒に世の中の理不尽に抗ってくれる仲間が欲しい、とか言っていたような気がする。それが彼女個人の思想なのか禍津星マガツボシ全体の方針かは結局分からなかったが。

 仮に後者だとすれば、禍津星マガツボシの正体は爪弾き者の掃き溜めなのだろうか。世の中から排斥された弱者に手を差し伸べ、仲間と居場所を提供する『共感』と『庇護』の共同体──

 ──ちょっと待って。これ、天津星アマツボシと同じじゃない?




禍津星マガツボシが白樺の家系に拘るのであれば」


 不意に禍翅音が発言する。

 その瞳は紅紫色マゼンダに光り輝き、頬は心なしか赤らんでいた。


「神愚羅様や花芽智様の所在については、彼らの方が詳しいのかもしれませんね」


「……それは」


 そうかもしれないけど。

 天津星アマツボシは現在、多発する超越者アウター犯罪への対応で二人の捜索に人員を割く事すらできていない。情報アドバンテージを得ている分、禍津星マガツボシの方が小回りが効くのは確かだろう。

 でも、何故急にそんな話を?


禍津星マガツボシの組織構造については謎が多いですが、現状のトップはかの四人組──四災神群しさいしんぐんで違いありません。下っ端をいくら叩いたところで際限なし、となれば彼らのいずれかを問い詰めるのが手っ取り早いかと存じます」


「できるといいけどね。彼らの居場所も分からないし、彼らの相手をできる逸材が今の天津星アマツボシにいるかも微妙なところだ」


「あら、逸材なら此処に居るじゃないですか」


 倉光のもっともな懸念もどこ吹く風。禍翅音は至極当然と言った様子で橙色オレンジの瞳を光らせて私と目配せをした。

 もしかして逸材ってかがりのこと? やだ、照れる。


かばねのことですよ?」


 ああそう。


「で、居場所の方ですけど、本日報告に上がった要件はまさにそれでしてー。四災神群しさいしんぐんの一人、青龍あおだつ夏我美かがみ勅命ちょくめいを受けた禍津星マガツボシ構成員の情報をゲットしてきました! 足がかりとしてはそこそこじゃないでしょうか」


「ちょっと待て、それは本当か?」


「それは勿論、ろんもちですよ」


 心底驚いた様子で身を乗り出す倉光に、無言の微笑みを向ける禍翅音。その懐から取り出した小瓶には、メモ用紙が一枚入っていた。




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 後日。

 禍翅音の所有した情報の真偽を確かめるべく、私と禍翅音は用紙に記された場所──高田馬場たかだのばば郊外の廃屋へと足を運んでいた。

 間の悪いことに華憮羅は超越者アウター犯罪者集団キンダーシュロスなるものへの対応に駆り出されているため不在、自由に活動できる天津星アマツボシの構成員は私達しかいないのだった。

 戦力に不安はあるが、情報は劣化するものだ。標的の算段があるうちに、事実関係だけでも確かめなければ。


「兵は神速を貴ぶ──」


 ふと、父の口癖が口を突いて出る。

 父は常に何かに追われているように忙しなく、些事さじは常にこの一言で済ませていた。

 私達に対しても同様で、私とお姉ちゃんは常に二人きりで暇をつぶしたり勉強する術を探していたものだ。

 ──思い返したらだんだん腹が立ってきた。あの人のエピソードろくなのが無いな。


「ああ、神愚羅様の座右の銘ですね。時たま月報に記されていましたよ」


「私達……私と姉が子供の頃から、父はいつもそれを口にしていました」


「変わらないお方ですねえ」


 楽し気に喉を鳴らして笑う禍翅音の横顔は、曇天の空の下でも変わらず眩しい。何しろ瞳が物理的に光っている。

 アンニュイな佇まいの微笑み。海色マリンブルーに輝く瞳から、彼女の真意をおもんぱかる。暖色は興奮を、寒色は冷静や憂いを表しているところまではなんとなく分かってきた。

 けれど、感情の度合いには予想がついてもその裏までは測ることはできない。

 聞けば禍翅音がもたらした情報は、彼女の個人的な繋がり──意思疎通テレパシー超越者アウターによるものだと言う。

 そんな人材が天津星アマツボシの外部にいるとはにわかには信じ難い。 一切が謎のベールに覆われている禍津星マガツボシから、断片的にでも情報を得られるような卓越した間諜スパイがいるだなんて。

 一体それは誰なのかと私は当然彼女に問い詰めてみせたが、返ってきた答えは一つだけだった。


「禁足事項です★」


 何の禁足だよ。

 その時の瞳は山吹色サンライトに光っていた。これどういう感情? 悦び? 自慢げな感じ?


 彼女には未だ謎が多い。

 倉光は出所を聞いたきりそれ以降の追求を止めてしまったし、華憮羅に聞いても芳しい答えは返ってこなかった。

 ただの趣味が悪くて目の光ってる天津星アマツボシ所属の邪視者ゲイザー、なんて枠で収まらないのは間違いないけれど。

 実は周囲の人間の認識を都合よく操る催眠ヒュプノとか持ってるんじゃないだろうか。メアリー・スー的な。




「ここがあの女のハウスですね」


 思案にふけっていると、ふと禍翅音が足を止めた。

 赤錆あかさびに塗れ草木の生い茂った廃工場。その手の人間の潜伏場所としてはいかにもといった風体である。

 暗い灰色の雲の下で見るとその不気味さは一層増して見えたが、目を凝らすと窓枠の隙間から微かな寂光じゃっこうが漏れ出している。


「何者か居る……のは確かみたいですね」


「そうですね。加賀利様、知ってますか? こういう時相手の土壌にただ突っ込むのは悪手です。では如何すればいいでしょう」


「建物ごとぶっ壊した後で瓦礫がれきの下から生存者を探す?」


「……以前花芽智様から同じ答えが返ってきたことを思い出しました」


 禍翅音は声のトーンを一段階低くして答えた。眼を見なくても呆れられているのがわかる。そんなにおかしいこと言ったかな。相手は超越者アウターだし、廃屋の残骸に生き埋めになった程度で死にはしないと思うけど。

 禍翅音の瞳は葡萄色グレープに光っていた。紫系統の色は相手をさげすむ時の色。覚えた。


「白樺家って頭蛮族しかいないんですか? 確かに神愚羅様は子育てとか上手そうじゃありませんでしたけど」


「悪かったな蛮族で!」


「もし中にいるのが一般人の浮浪者だったらどうするつもりなんですかそれ。正解は『ものすごく準備して突っ込む』です。私がものすごく準備して突っ込みますので、加賀利様は暫く様子を見て助力が要りそうだと判断したらついてきてくださいな」


釈然しゃくぜんとしない」


 釈然としない。思ったことをそのまま口に出してしまうくらいに。

 数日話してみて良く分かった。この人は相当な気分屋だ。その時その時のやる気や状況で露骨に対応が変わっていく。今回は面白くない答えを踏んでしまったらしい。自己中ジコチューな方が超越者アウターとしては上等らしいから、彼女の在り方はある意味で正しいのかもしれないけど。

 禍翅音は己の両腕を目の前に持っていくと、仄かな空色セルリアンブルーの瞳でそれを凝視した。

 ただそれだけの動作で彼女の腕は銀朱ぎんしゅ色に染まり、みるみるうちに金属の質感に変貌していく。


「『禍翅音理論:豪放純潔コンプレックス・イマージュ』──」


 淫靡いんびな声色でそう呟くと、彼女の腕は光沢を纏う辰砂しんしゃの様相と成っていた。

 彼女の瞳は石化ゴルゴーン邪視ゲイズ。煌めく美貌の乙女も勇敢なる戦士も一睨みで等しく鉱物いしの彫像へと変えてしまう石化の瞳──超越者アウターは数多と居るが、彼女の能力はその内で最も危険でおぞましいものの一つだと言われている。

 実際目の当たりにしたそれは、けれどそんな悪評とは程遠い神秘の御業みわざ。輝く瞳に照らされて光沢を走らせる辰砂しんしゃの両腕は、宝石のように煌めいていた。


「じゃ、行ってきますね」


 あ、ものすごい準備これで終わりですか。

 禍翅音はロングスカートを捲り上げてクラウチングスタートの体勢を取ると、そのまま地を蹴って勢いよく突撃した。

 辰砂しんしゃと化した両の腕は廃工場の壁を容易く突き破り、轟音と共に工場内へ降り立つ。文字通りの意味で突っ込んだ彼女は、平然とした顔で周囲の様子を伺い──

 直後、その身体はざらりと崩れ、砂の山となった。


「っ禍翅音さん!?」


 禍津星マガツボシの攻撃か。事態を把握すべく『光忠みつただ』を鞘から抜き、彼女の後に続かんとしたその時、

 私の目の前に30cmほどの突長針レイピアが突き刺さった。


「そこで止まんな」


 警告を無視して振り向く。

 男の声。下手人は一人。青いパーカーを纏ったラフな格好の茶髪の青年。

 その手には無数の針が握られており、その瞳は無感情にこちらを睨んでいる。


禍津星マガツボシの刺客? 情報は囮ってことかしら」


 『光忠みつただ』を脇に構え姿勢を落とす。この距離では居合の型が旨いか。

 手にした針の多さは超越能アウトレンジで生み出したものに他ならず、ならば敵の手札は招来サモン再構成メタモルフォシス──


「『ピン・ピック・ピストル・バルブ』。手で触れたものを針に変える再構成メタモルフォシスの能力だ」


 その思案を見抜いてか、男は自らの能力を滔々と語りだした。

 解せない。己の能力ちからを開示することに何の意味がある? 能力の騙りか、あるいは二つ目の能力を隠す第二次超越者セカンドアウターか。


「お前の事はよく知ってるぜ、白樺加賀利。この品陶しなとう可夢偉かむい様に、お前が勝てる道理はねえよ」


 男は手にした針でこちらを指差し不敵に笑った。




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「やあやあ思ったよりひどい即死トラップでしたね。加賀利様焦ってついてきてないといいけど」


 一方の禍翅音は平然と佇んでいた。

 己をしている高次の自分を実体化する『禍翅音理論:人間原理アダルト・チルドレン』。反則そのものの超越能アウトレンジによって新たに現れた禍翅音は、己だったものの死など初めから無かったかのように平然としている。

 禍翅音の有する世界観ルールは不変。辰砂しんしゃ──赤色硫化水銀せきしょくりゅうかすいぎんが不老不死の妙薬として扱われていた逸話から、己の『見たものを辰砂しんしゃに変える能力』を『不変をつかさどる能力』まで拡大解釈した彼女は、不死身を体現する生の理から逸脱した超越者アウター。一時の死など意味は無い。

 後手に回ることは承知の上。紫宮禍翅音は自分を見つめる自分自身の視座を意識しながら周囲を伺い、果たして先の攻撃を行った空間の主を発見した。


「♪こ、い、す、る、ひ、と、は、ね、む、れ、な、い」


 白い寝間着に身を包んだ華奢な少女。頭髪は真っ白で瞳は真紅。白粉おしろいのような無色のかんばせは人形のようで、純白のブランケットを抱く姿はまるで物語のお姫様だった。

 廃工場には不釣り合いな月白げっぱくのベッドに腰掛ける少女の足元には、細やかな砂が広がっている。少女の足元からは砂時計のようにさらさらと砂粒が零れ続けている。

 少女はうつむき、かすれ声で歌う。視線の先はついさっき死んだ紫宮禍翅音の砂。虚ろな瞳はどこか遠い風景を眺めているようだった。


「♪こ、い、す、る、ひ、と、は、ね、む、れ、な、い……」


「はじめまして。零明れいめい久留美くるみ様ですね?」


 久留美くるみと呼ばれた少女ははっとした様子で顔を上げる。

 黒檀こくたんの色を纏った禍翅音と向かい合うその姿は、陰陽の白と黒のように対照的だった。


「あ、あ。生きて、いらした」


「ええ、立派に生きておりますよ。さてもさても久留美様、二、三に百をかけた回数ほどお聞きしたい事がありますので、少々お付き合い頂きますね」


「は、はい、はい、わかりました。いくらでも、いくつでも聞いてください。そして私と一緒にいてください」


「ん?」


「もう、に、二度と離れないで、私は一緒に居たい、です、禍翅音お姉様」


「は?」


 禍翅音は思わず素っ頓狂すっとんきょうな返事を返した。

 久留美はふらつきながら立ち上がると、ブランケットを引きずりながら歩き出した。

 砂を踏みしめて文字通りに目を白黒させている禍翅音に近づくと、彼女の頬へ手を伸ばす。


「私、私ずっと禍翅音お姉様にお会いしたかった、です。死ぬ前に一目だけ、一度だけ、そのお顔を拝見したかった。けれども、いま、その夢が叶いました。私、もう死んでもいい、けどやっぱりまだ嫌です、ここを動くのは嫌です。こ、ここが私の世界で、私の砂漠、貴女への愛のかたちを表す恒久こうきゅう無謬むびゅうで、安らかに眠るための、私の全てを死に絶えさせるための、わたしだけのばしょ」


「うげえ」


 意味不明な文脈を築く久留美くるみを前に、禍翅音は端整な顔を歪めて後ずさった。

 その目には星空の瞬きは無く、ブラックホールのような無の漆黒色ジェットブラックを映している。


「あ、す、すみません、気持ち悪いですよね、こんな、こんな娘なんて、でも私これしか知らないから、だから……」


 失意に沈む久留美の身体から砂が零れ落ちていく。

 さらさらと垂れ落ちる砂粒は廃工場のひび割れた床の上を転がり、積もり積もって無数の山をかたどっていく。


「でも、だから、私傷つけずには居られないから、か、禍翅音お姉様、その、すみません、だけど、私と一緒に眠ってくれるなら、それで」


「嫌ですよ」


 端的な拒絶。

 愕然として目を見開く久留美のまなこに、濃紫色ディープパープルに光る禍翅音の瞳が移りこんでいた。


「貴女の事情なんて知りません。私、理由わけもなく自分に矢印を向けられるのは嫌いなんです。気持ち悪くって」


 禍翅音は自分だったものの砂の上で、久留美の願いをつれなく否定した。

 そこに介在する意思は極めて簡単で原始的な、相手を害するという意志だった。


「ですので、私は無造作に貴女の望みを踏みにじります」


「だ、だったら、貴女の気が変わってくれるまで、私は貴女を傷つけます」


「変わりませんよ」


 切実な様子で懇願こんがんする久留美に、禍翅音は否を叩き付け続ける。

 何故なら彼女は紫宮禍翅音であるからだ。その他に理由など存在しない。

 禍翅音の世界観ルールは絶対不変。己を変えることは能わず、他者の変化のみを求めるエゴイズムの権化。

 銀朱ぎんしゅの腕を掲げて己の矜持きょうじを語る禍翅音の口元からは、普段の笑みは消え失せていた。


「折れるのは私では無く貴女。絶望に身をよじるのも貴女。恒久こうきゅう無謬むびゅうを安寧と言うなら、一人寂しくさっさとお眠り」






-----------------------------------------






華「……」

可「……」

華「男二人でYES/NO枕を挟んでベッドに座り込んでいる姿はどうだい」

可「良くはないすね」

華「なにが悲しゅうてお前なんぞと寝室に入り込まねばならんのか納得いかねえ華憮羅ダイナマイトキック!」

可「知らねえよ禍翅音の野郎に聞いて下さあぶなっ寝室で暴れないでください危な痛え!!」



~しばらくお待ちください~



可「とーいうわけであとがきスバルの時間ですー。……なんで俺本編に出たのにこんなとこにいんの」

華「禍翅音のじょーちゃんも本編に出てて平然とこっちでくっちゃべってたしどうにでもなるんだろ。オレはどうにでもなる。なぜなら華憮羅だからだ」

可「そのフレーズ気に入ったんですか? というか禍翅音も似たようなの使ってるな今回。自己中な奴ってやっぱ大体思考が同じになんのかなあ」

華「お前とオレとは全然違うだろが」

可「そりゃ俺は他人に気配りのできるめっちゃイイ男ですからね」

華「お前がそーいうことぬかすのは五十年早いわっ。イイ男っぷりを見せたいなら単独花芽智おじょーちゃんを助けに行く気概でも見せんかい」

可「してるかもしれないじゃないすかまだ描写されてないだけで!」

華「そーかあ? 今回のお前完全に悪役の登場の仕方だったぞ」

可「禍翅音の奴なんか毎回悪役っぽい登場してんじゃねーかよ! この小説そういう悪そうとか良さそうとかいう印象がなんのアテにもならねーの!」

華「オレは紛れもなく善玉だがあ!?」

可「アンタの最初の出番後輩いびりしてたとこだったでしょーが!!」

華「だ~~~れも覚えてねえよそんなこと細かいこと気にするやつだな~~~いずれハゲるぞお前」

可「ハゲねーーーし何ふざけたこと言ってんのこの人は!?」

華「いいか可夢偉。いい男はハゲでもカッコよく見えるもんだ。お前もそういう男を目指しな」

可「ハゲること前提にしないでくれます!? ほらこの有様だよこの人が出てくるとあとがきが完全に漫才の場になって空気おかしくなるんだよ!」

華「毎回夫婦漫才してるお前に言えたことじゃねえだろーがよお!」

可「ふーーーふじゃねーーーーーなんで俺と禍翅音がそういう扱いになんの!? 納得いかねえ!!」

華「お前ヘタレなりにプレイボーイに精を出すのはいいけど本命はどっちかに絞っとけよな。後が怖いぞ」

可「なんでそーいう無意味な心配されないといけないのかな!? 俺のイメージ壊してんの主にあんたらなんだからなあんたら! 本来はもっとこうイカしたトリックスターっぽいキャラなんだよ俺は!!」

華「そーゆうのは敵にスパイとして紛れ込むくらいやってから言えよ~~~」

可「だから今回の悪役っぽい登場はそういうフラグなんだろ!? 意味もなく俺が女子に針投げるわけないじゃん、可夢偉さんも紳士だからね!?」

華「作者の人多分この先の展開なんも考えてないと思うぜ」

可「作者の人とかゆーな!!!」

華「なんだとてめーこのやろう華憮羅サニーパンチ!!」

可「返答に窮したら暴力に走るのやめろジャイアンかおの痛ッ待ってマジで痛い!!」

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