その拾̪肆:渦巻いた疑念は断編残簡
「まあまあまあまあ、
ぶん殴ってやろうかという気持ちをすんでのところで堪えた。
会議室へ向かう
個人的には心休まらぬ接触だが本人には罪は無い。無関係な場面での第一印象が最悪だったからって、偏見でものを見ないようにしないと。
そんな気概が一瞬で崩れ落ちそうな一言だった。っていうか本人までこういうノリなの? 偽物よりタチ悪くない?
「うふふふふえへへへへ。もとい、ああ、もとい、あー。お姉様のことは非常に残念でした。けれど私達も花芽智様の生存は諦めていません。
「いやそんなきらきらした笑顔で言われても」
「えー? そうですー?」
彼女の目は
彼女はしきりに口内でもごもごと言葉にならない単語を紡ぎながら、エレベーターが下る間中、私の背中をじいっと見つめている。
落ち着かない。
数か月の間本部と寮とを行ったり来たりする生活を送っていたが、彼女の姿を見たのは今回が初めてだった。本部玄関から現れたのを見ると、つい最近本部へ戻ってきたところのだろうか?
その旨を訪ねると、彼女は表情を一切変えずにいらえを返した。
無表情の微笑み。それは一種の拒絶を表すポーカーフェイスだ。
「ちょっと野暮用でしばらく出かけていたんです。丁度
「ええ、まあ。
「ははあなるほど華憮羅様ですかなるほどですねえふむふむほうほう」
何に納得したのか、彼女はしきりに頷きながら黙りこくってしまった。相変わらず意味のわからない言葉の羅列が聞こえる。
チンピラ味のおじさま
見渡せばいかにも秘密基地らしい多様な隔壁。一方で武骨さや潔癖さを感じさせないベージュカラーのタイル。
変わっているところといえば、エレベーターの階数表示に
各所の地図が表すフロアはいずれも
最下層であるB15Fには螺旋階段に囲われるようにして
「人、減りましたねえ」
禍翅音が独り
先ほどポーカーフェイスという例えを用いたのはやや間違いだったかもしれない。
目まぐるしく変化する彼女の瞳は、何より
「やっぱりそうなんですか?」
「ええ。一年前くらいはこんなところでも子供達と保育士さんが走り回っていたものですよ」
今の
本来はもっと多くの職員が
もしも今この本部に急襲をかけられればひとたまりもないだろう──そう思ったところで、
彼らは、とっくの昔に
そうでなければ先の電波ジャックによる
それとも、彼らの標的は
となれば、現段階で思い当たる標的は一つしかない。
つまり──私か?
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「今日で二か月ほどだね。君が来てから、途端に
眼前の男は顔を机へ向けたまま静かに告げた。
狭苦しい会議室で私を出迎えたのは、貧相な肉付きをした初老の男。彼は
彼は片手で何事かをメモ帳に書き記しながらこちらと会話を続けている。非常に忙しないが、それだけ切羽詰まっているということだろう。
禍翅音は私の後ろにじっと陣取ったままだ。自分の本題は後にするつもりだろうか。
「思い当たったんですけど、彼らの狙いはもしかして私なんでしょうか」
「自意識過剰だな──と冗談を言ってもられないか。これまでの捕虜達から情報を聞き出したところ、彼らは皆一様に君の確保を第一目標として動いていたからね。君の、今後の身の振り方を考える必要がある」
「確保? 私の?」
それは初耳だ。連中はいつも対話の余地なく襲い掛かって来るものだから、完全に殺すか無力化するかの意気で来ているものと思っていた。
とはいえ、目的が明確に私にあると分かったのは少しほっとした。私だけやたらエンカウント率がやたら高かったことに、一応の理由はあったらしい。
そりゃそうだいくらなんでもあんな数を一人で相手するとか露骨に狙われてなきゃ無茶があるよな。何だったんだよあのイキナリだのダイジだのいう奴ら。自意識過剰にもなるわ。
「しかし、何故確保なんでしょう? 父──白樺神愚羅は確かに彼らにとっての仇敵でしょうし、娘の私にも矛先が行くのはまあ……分からなくもないですけど。理不尽ですけど。何故わざわざ確保に?」
「情けないことだが検討も付かない。総帥の娘である君を引き込めば世間的な大義名分を得れるとでも考えたか、それとも白樺の家系に拘りでもあるのか? そこまでは聞き出すことはできなかった。そもそもだが、捕虜にできたのはいずれも下っ端のみでね。彼らは指令に従っただけで、
「えー、構成員が組織方針も知らないんですか? 何でそんなんで成り立ってるんでしょう」
「“
倉光は虚空を仰いだ。その間も左手は文字を記し続けている。文字は記した片端から消えていっているが、これは彼の超越能に関係しているものだろう。
拠り所、か。
そういえばあの
確か一緒に世の中の理不尽に抗ってくれる仲間が欲しい、とか言っていたような気がする。それが彼女個人の思想なのか
仮に後者だとすれば、
──ちょっと待って。これ、
「
不意に禍翅音が発言する。
その瞳は
「神愚羅様や花芽智様の所在については、彼らの方が詳しいのかもしれませんね」
「……それは」
そうかもしれないけど。
でも、何故急にそんな話を?
「
「できるといいけどね。彼らの居場所も分からないし、彼らの相手をできる逸材が今の
「あら、逸材なら此処に居るじゃないですか」
倉光のもっともな懸念もどこ吹く風。禍翅音は至極当然と言った様子で
もしかして逸材って
「
ああそう。
「で、居場所の方ですけど、本日報告に上がった要件はまさにそれでしてー。
「ちょっと待て、それは本当か?」
「それは勿論、
心底驚いた様子で身を乗り出す倉光に、無言の微笑みを向ける禍翅音。その懐から取り出した小瓶には、メモ用紙が一枚入っていた。
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後日。
禍翅音の所有した情報の真偽を確かめるべく、私と禍翅音は用紙に記された場所──
間の悪いことに華憮羅は
戦力に不安はあるが、情報は劣化するものだ。標的の算段があるうちに、事実関係だけでも確かめなければ。
「兵は神速を貴ぶ──」
ふと、父の口癖が口を突いて出る。
父は常に何かに追われているように忙しなく、
私達に対しても同様で、私とお姉ちゃんは常に二人きりで暇をつぶしたり勉強する術を探していたものだ。
──思い返したらだんだん腹が立ってきた。あの人のエピソード
「ああ、神愚羅様の座右の銘ですね。時たま月報に記されていましたよ」
「私達……私と姉が子供の頃から、父はいつもそれを口にしていました」
「変わらないお方ですねえ」
楽し気に喉を鳴らして笑う禍翅音の横顔は、曇天の空の下でも変わらず眩しい。何しろ瞳が物理的に光っている。
アンニュイな佇まいの微笑み。
けれど、感情の度合いには予想がついてもその裏までは測ることはできない。
聞けば禍翅音がもたらした情報は、彼女の個人的な繋がり──
そんな人材が
一体それは誰なのかと私は当然彼女に問い詰めてみせたが、返ってきた答えは一つだけだった。
「禁足事項です★」
何の禁足だよ。
その時の瞳は
彼女には未だ謎が多い。
倉光は出所を聞いたきりそれ以降の追求を止めてしまったし、華憮羅に聞いても芳しい答えは返ってこなかった。
ただの趣味が悪くて目の光ってる
実は周囲の人間の認識を都合よく操る
「ここがあの女のハウスですね」
思案にふけっていると、ふと禍翅音が足を止めた。
暗い灰色の雲の下で見るとその不気味さは一層増して見えたが、目を凝らすと窓枠の隙間から微かな
「何者か居る……のは確かみたいですね」
「そうですね。加賀利様、知ってますか? こういう時相手の土壌にただ突っ込むのは悪手です。では如何すればいいでしょう」
「建物ごとぶっ壊した後で
「……以前花芽智様から同じ答えが返ってきたことを思い出しました」
禍翅音は声のトーンを一段階低くして答えた。眼を見なくても呆れられているのがわかる。そんなにおかしいこと言ったかな。相手は
禍翅音の瞳は
「白樺家って頭蛮族しかいないんですか? 確かに神愚羅様は子育てとか上手そうじゃありませんでしたけど」
「悪かったな蛮族で!」
「もし中にいるのが一般人の浮浪者だったらどうするつもりなんですかそれ。正解は『ものすごく準備して突っ込む』です。私がものすごく準備して突っ込みますので、加賀利様は暫く様子を見て助力が要りそうだと判断したらついてきてくださいな」
「
釈然としない。思ったことをそのまま口に出してしまうくらいに。
数日話してみて良く分かった。この人は相当な気分屋だ。その時その時のやる気や状況で露骨に対応が変わっていく。今回は面白くない答えを踏んでしまったらしい。
禍翅音は己の両腕を目の前に持っていくと、仄かな
ただそれだけの動作で彼女の腕は
「『禍翅音理論:
彼女の瞳は
実際目の当たりにしたそれは、けれどそんな悪評とは程遠い神秘の
「じゃ、行ってきますね」
あ、ものすごい準備これで終わりですか。
禍翅音はロングスカートを捲り上げてクラウチングスタートの体勢を取ると、そのまま地を蹴って勢いよく突撃した。
直後、その身体はざらりと崩れ、砂の山となった。
「っ禍翅音さん!?」
私の目の前に30cmほどの
「そこで止まんな」
警告を無視して振り向く。
男の声。下手人は一人。青いパーカーを纏ったラフな格好の茶髪の青年。
その手には無数の針が握られており、その瞳は無感情にこちらを睨んでいる。
「
『
手にした針の多さは
「『ピン・ピック・ピストル・バルブ』。手で触れたものを針に変える
その思案を見抜いてか、男は自らの能力を滔々と語りだした。
解せない。己の
「お前の事はよく知ってるぜ、白樺加賀利。この
男は手にした針でこちらを指差し不敵に笑った。
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「やあやあ思ったよりひどい即死トラップでしたね。加賀利様焦ってついてきてないといいけど」
一方の禍翅音は平然と佇んでいた。
己を客観視している高次の自分を実体化する『禍翅音理論:
禍翅音の有する
後手に回ることは承知の上。紫宮禍翅音は自分を見つめる自分自身の視座を意識しながら周囲を伺い、果たして先の攻撃を行った空間の主を発見した。
「♪こ、い、す、る、ひ、と、は、ね、む、れ、な、い」
白い寝間着に身を包んだ華奢な少女。頭髪は真っ白で瞳は真紅。
廃工場には不釣り合いな
少女は
「♪こ、い、す、る、ひ、と、は、ね、む、れ、な、い……」
「はじめまして。
「あ、あ。生きて、いらした」
「ええ、立派に生きておりますよ。さてもさても久留美様、二、三に百をかけた回数ほどお聞きしたい事がありますので、少々お付き合い頂きますね」
「は、はい、はい、わかりました。いくらでも、いくつでも聞いてください。そして私と一緒にいてください」
「ん?」
「もう、に、二度と離れないで、私は一緒に居たい、です、禍翅音お姉様」
「は?」
禍翅音は思わず
久留美はふらつきながら立ち上がると、ブランケットを引きずりながら歩き出した。
砂を踏みしめて文字通りに目を白黒させている禍翅音に近づくと、彼女の頬へ手を伸ばす。
「私、私ずっと禍翅音お姉様にお会いしたかった、です。死ぬ前に一目だけ、一度だけ、そのお顔を拝見したかった。けれども、いま、その夢が叶いました。私、もう死んでもいい、けどやっぱりまだ嫌です、ここを動くのは嫌です。こ、ここが私の世界で、私の砂漠、貴女への愛のかたちを表す
「うげえ」
意味不明な文脈を築く
その目には星空の瞬きは無く、ブラックホールのような無の
「あ、す、すみません、気持ち悪いですよね、こんな、こんな娘なんて、でも私これしか知らないから、だから……」
失意に沈む久留美の身体から砂が零れ落ちていく。
さらさらと垂れ落ちる砂粒は廃工場のひび割れた床の上を転がり、積もり積もって無数の山を
「でも、だから、私傷つけずには居られないから、か、禍翅音お姉様、その、すみません、だけど、私と一緒に眠ってくれるなら、それで」
「嫌ですよ」
端的な拒絶。
愕然として目を見開く久留美の
「貴女の事情なんて知りません。私、
禍翅音は自分だったものの砂の上で、久留美の願いをつれなく否定した。
そこに介在する意思は極めて簡単で原始的な、相手を害するという意志だった。
「ですので、私は無造作に貴女の望みを踏み
「だ、だったら、貴女の気が変わってくれるまで、私は貴女を傷つけます」
「変わりませんよ」
切実な様子で
何故なら彼女は紫宮禍翅音であるからだ。その他に理由など存在しない。
禍翅音の
「折れるのは私では無く貴女。絶望に身を
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華「……」
可「……」
華「男二人でYES/NO枕を挟んでベッドに座り込んでいる姿はどうだい」
可「良くはないすね」
華「なにが悲しゅうてお前なんぞと寝室に入り込まねばならんのか納得いかねえ華憮羅ダイナマイトキック!」
可「知らねえよ禍翅音の野郎に聞いて下さあぶなっ寝室で暴れないでください危な痛え!!」
~しばらくお待ちください~
可「とーいうわけであとがきスバルの時間ですー。……なんで俺本編に出たのにこんなとこにいんの」
華「禍翅音のじょーちゃんも本編に出てて平然とこっちでくっちゃべってたしどうにでもなるんだろ。オレはどうにでもなる。なぜなら華憮羅だからだ」
可「そのフレーズ気に入ったんですか? というか禍翅音も似たようなの使ってるな今回。自己中な奴ってやっぱ大体思考が同じになんのかなあ」
華「お前とオレとは全然違うだろが」
可「そりゃ俺は他人に気配りのできるめっちゃイイ男ですからね」
華「お前がそーいうことぬかすのは五十年早いわっ。イイ男っぷりを見せたいなら単独花芽智おじょーちゃんを助けに行く気概でも見せんかい」
可「してるかもしれないじゃないすかまだ描写されてないだけで!」
華「そーかあ? 今回のお前完全に悪役の登場の仕方だったぞ」
可「禍翅音の奴なんか毎回悪役っぽい登場してんじゃねーかよ! この小説そういう悪そうとか良さそうとかいう印象がなんのアテにもならねーの!」
華「オレは紛れもなく善玉だがあ!?」
可「アンタの最初の出番後輩いびりしてたとこだったでしょーが!!」
華「だ~~~れも覚えてねえよそんなこと細かいこと気にするやつだな~~~いずれハゲるぞお前」
可「ハゲねーーーし何ふざけたこと言ってんのこの人は!?」
華「いいか可夢偉。いい男はハゲでもカッコよく見えるもんだ。お前もそういう男を目指しな」
可「ハゲること前提にしないでくれます!? ほらこの有様だよこの人が出てくるとあとがきが完全に漫才の場になって空気おかしくなるんだよ!」
華「毎回夫婦漫才してるお前に言えたことじゃねえだろーがよお!」
可「ふーーーふじゃねーーーーーなんで俺と禍翅音がそういう扱いになんの!? 納得いかねえ!!」
華「お前ヘタレなりにプレイボーイに精を出すのはいいけど本命はどっちかに絞っとけよな。後が怖いぞ」
可「なんでそーいう無意味な心配されないといけないのかな!? 俺のイメージ壊してんの主にあんたらなんだからなあんたら! 本来はもっとこうイカしたトリックスターっぽいキャラなんだよ俺は!!」
華「そーゆうのは敵にスパイとして紛れ込むくらいやってから言えよ~~~」
可「だから今回の悪役っぽい登場はそういうフラグなんだろ!? 意味もなく俺が女子に針投げるわけないじゃん、可夢偉さんも紳士だからね!?」
華「作者の人多分この先の展開なんも考えてないと思うぜ」
可「作者の人とかゆーな!!!」
華「なんだとてめーこのやろう華憮羅サニーパンチ!!」
可「返答に窮したら暴力に走るのやめろジャイアンかおの痛ッ待ってマジで痛い!!」
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