その拾参:激情は心中を静かに蝕む

「ふふふ馬鹿めまんまとかかったな白樺しらかばの娘め、このオレ粋鳴いきなり京櫻けいおう使役テイム能力『蠅の王ベルゼブブ』にかかれば貴様如き小娘赤子の手を捻るようなもの! さあその柔肌をうじに食われてじっくりと死に絶えるが良」


「『飛廉天飄風ひれんてんひょうふう』!!」


「ばかなっオレのハエ達が竜巻に飛ばされてぇーーーっ!!?」




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「ほほほ私の名は巻之まきの天海てんかい、貴女がいかに優れた風使いだろうと私の『彷徨う鎧ガルガンチュア』の前には適わない! 劣化も損傷もしない無敵の自立稼働鎧オートマトン、そよ風如きでどうにかできるものではなくっ」


「『颪鎌風天剣おろしかまかぜてんけん』!!」


「待って遠距離斬撃とか卑怯でぎゃーーーーーっ!!!」




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「ははは僕の、宗久慈そくじ大城たいじょうの潜入を見破るとは大した子だ! しかし再構成メタモルフォシスを凌ぎ透過ゴーストをも超越した僕の固有能力、『ザ・バニシング』の前にはその刀もなまくら同然! ふふふ、不可視にして非実体の敵を、刀や風で切り刻めると思わないこ」


「あっそう軽そうね『飛廉天飄風ひれんてんひょうふう』!!」


「ちょっと待って軽そうっていうイメージだけで吹き飛ばすとかそんなんアリかよふざけんウボァーーーーーー」




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「あーもうめんどくさい『伊勢津彦神風いせつひこのかみかぜ』!!」


「ぐはっばっばかな……この大寺だいじ江洲斗えすと邪視ゲイズ時間よ止まれ、汝は美しいフラウ・ファウスト』が見ていたのは……残像だった……くっ、しかしそれでも……なお……君は……美……しい」


「えい」グサ


「ギャーーーーーーーーーーーーー!!!」バタン


 禍津星マガツボシの刺客、えーとなんだっけ。ダイジは『光忠みつただ』の刀身に貫かれ気を失った。

 急所は外れているから死んではいないはず。あとは本人の気力にもよるだろうけれど。適当に捕虜にして情報を探ろう。

 血に濡れた刀を抜き取って残心。追撃や伏兵がいないことを確認して、小さく息を吐きながら納刀する。

 今日のお仕事終わり。シュークリーム買って帰ろ。




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 新宿区内のヘリポートを降りて車を40分間走らせ、トンネルの中に密かに作られた脇道を通って、辿り着いた無人駅からさらに貨物列車に揺られること20分。

 大変回りくどいルートを辿って到着した新宿地下の天津星アマツボシ本部は、彩度に乏しいモノトーンの色合いで覆われていた。


 数か月前、立花たちばな千津留ちづる倉増くらます飛尾樹ひびきに襲われた夜。天津星アマツボシの職員である重明しげあき華憮羅かぶら邂逅かいこうを果たして以来、加賀利わたし天津星アマツボシの正規隊員となって禍津星マガツボシの刺客や超越者アウター犯罪者と戦っている。

 家族の捜索、超越者アウターと一般人の融和、平穏無事に生きるための人生設計。その諸々を後回しにしながら、私は日夜迫る場当たり的な脅威への対応を続けているのだった。現状説明終わり。


「しんどい」


 意味もない言葉が口を突いて出る。幼少期にお父さんから護身術のいろはを叩きこまれた超越者アウターとはいえ、数か月前まで一学生だった私には十分なハードワークだ。

 自室に帰るや否やベッドに転がりこんで毛布を抱く。禍津星マガツボシの相手にへとへとで、参考書を開く元気もない。

 正規隊員となった私は、結局天津星アマツボシ本部付属の寮に引っ越した。その時あらかたの私物と一緒に自宅学習用の教科書も運び込んだが、そのほとんどは持て余したまま中身を確認してすらいない。

 私がまったく開かないものだから、その手の参考書は今や闖入者ちんにゅうしゃたちの恰好の玩具になっているくらいだ。


「かがりおねーちゃん、この漢字なんて読むの?」


「んー? うわそれ古文じゃん。そんなの私でも読めないよう」


「へー。難しいんだねー」


「ばっかだなあ。漢字辞典引けばすぐわかるじゃん」


「いやきついのは漢字の読みじゃなくてさー」


 そう、私の部屋は子供たちの遊び場になっている。

 彼らは天津星アマツボシが保護した子供たちである。そのほとんどは幼くして覚醒した超越者アウターであり、数少ない例外もその兄弟姉妹で占められていた。

 何らかの事故によって親を失ったか、あるいはその奇妙な力を由来として勘当かんどうされたか。天津星アマツボシ超越者アウターを有する家庭に極力支援を続けているが、それでも得体の知れぬ超越者アウターの子供を拒絶する親は絶えない。

 かくして天津星アマツボシは未成年の超越者アウターのための保護施設を天津星アマツボシ本部内で運営するに至った。

 養育者からさじを投げられた子供たちの、そこは小さな揺り籠だった。


 天津星アマツボシが政府直属の組織である以上保護児童たちにも義務教育は施されているが、慢性的な人手不足である天津星アマツボシは子供たちに構っていられるだけの余裕がない。

 派遣教師がいない休日や放課後などは、彼らは自然と歳の近い私のもとへと集まってくるのだった。おかげで私は心休まる暇がない。

 とはいえ、おかげで余計なことを考える暇もないのは有難かったが。


「かがりは今日も禍津星マガツボシと戦ったんだろ? すげーじゃんマジそんけーだわー。俺も外出許可が出ればすぐ連中をブッ倒してやるのになー。俺の『ボルケイノ・イグニッション』でどんな奴も真っ黒こげだから。かがりのフーハク術にも負けやしねー」


「無理言うなよ。私だって相当無茶して頑張ってんだから。大人しくその能力の制御でも学んで……ん? ボルケイノ……何? あれ先週まではファイヤー・フィストじゃなかった?」


「改名したんだよ! いいだろ、ボルケイノ・イグニッション!」


「こいつ一昨日タケルの奴に『ファイヤーとかださくね?』って言われたこと気にしてるんだぜ」


「余計なこと言うんじゃねーよ!!」


「あーこら喧嘩するなら廊下でやって。やめて私のベッドに飛び込まないで」


「かがりちゃんこのコーラ飲んでいい?」


「いいけど寝っ転がりながら飲むのやめてね。こぼれるから」


「おねーちゃんこれなーに?」


「それ真剣だから触らないでねマジで斬れるから、やめろ外でやれ喧嘩!」


 これ特別手当とか出ないかなあ。そんな逃避をしながら喧嘩中の少年二人を仲裁していると、突然二人の身体が抱えられ宙に浮く。

 目線を上げると、四角形の銀縁眼鏡をかけたガタイの良い男が立っていた。今日のスーツはピンク色。彼はいつも毎朝のラッキーカラー占いに準じた色のスーツを着込んでいる。


「おうガキ共~~~今日も威勢が良いなァ!!」


「あっかぶらてめー邪魔すんじゃねーよ!」


「かぶら先生こいつが悪いんですこいつが」


 重明華憮羅は少年二人を小脇に抱えて「わははこちょばゆいわい」と二人のパンチを事も無げに受け止めている。元気そうで何より。

 本部勤務である彼は、暇なときはむしろ積極的に子供たちに絡んでいる。良くも悪くもガキ大将みたいな人なので子供ウケも良いようだ。私より忙しいようで、あまりその機会は多くないが。


「加賀利お嬢ちゃんも面倒見が良いなァマジで! こいつらと延々絡んでて疲れねえか?」


「超疲れてるのでバトンタッチしてくれると有難いです」


「任せろい。華憮羅様はまだまだ元気100倍アンパンマンだぜ~~~! んでまぁお疲れの所悪ぃんだが、倉光くらみつさんからちょいと相談があるらしくてな。会議室ん方まで顔を出しに行ってくれねえか」


「今からですか? 珍しいですね。もう夕方になるのに」


「そこそこ火急の要件ぽくてな。ガキ共のお守はオレがやっとくからよ」


「じゃあお願いします。ついでに私の部屋から移動してくれると大助かりです」


 ぼやきながら荷物を纏めてエレベーターへ向かう。本部の主要施設はここより更に下、会議室は地下15F。なんとも難儀な構造だ。

 背後からは子供たちの嬌声と華憮羅の笑い声が響く。訓練室で豆まきの予行演習をするらしい。そういえばもう2020年だったな、と今更のように思い出す。天津星アマツボシに関わり始めてから、日付をあまり気にしなくなってしまった。

 彼らの演習は単なる遊びの延長だが、超越者アウターの子供たちにとって先輩との交流は必須科目だ。力の制御だとか適度な他人との付き合い方だとか、そういう当たり前の事を学ぶ良い機会になるのだろう。


 ──そうやって大人から教えを乞える彼らを、羨ましいと、妬ましいさえと思うことがある。

 ひどく卑しい逆恨みだ。けれど、彼らにとっての華憮羅のように屈託なく甘えられる大人は、私にはいなかった。

 親に愛されず否定された子供は死ぬしかない。そんな論理は今や遠い過去のもの。社会福祉は人々の生活を保障する世紀の発明だ。

 けれど、死を免れた子供は、親から愛を受け取れなかった子供は、誰から人を愛することを学ぶのだろうか?

 父の事を未だに恨んでいる。父は私達姉妹に自分の理想を押し付けるばかりだった。そこに在ったのは打算と支配、それと少しの期待だけ。

 私は今更その過去を糾弾するつもりはない。そんなことをしても無意味だからだ。独り立ちしてそれなりに幸せな学生生活を送ってきた今、わざわざ昔の家族関係に思考を割くのも馬鹿らしい。

 けど、姉は──お姉ちゃんは──花芽智かがちは、一体どうだったのだろう?

 父の期待に応えるために己が身を投げうった彼女の生涯は、果たして充実していたのだろうか?

 どこにいるかも分からない姉に想いを寄せる。最近、とみに彼女が愛おしい。

 馬鹿らしいと自分でも思う。これは愛でも何でもない、ただの依存だ。“姉離れ”ができていない子供のままの思考。

 話す相手は居るのだろうか。膝を抱えて泣いてはいないか。既にこの世に居ないなんて最悪を無意識に排除して、彼女の無事を祈り続ける。

 無事に暮らしているならそれでいい。私の心配が杞憂きゆうなら良い。人並みに幸せに暮らしてくれれば、それで私の不安は晴れる。

 けど、人並みの幸せってなんだろう?


 人並みの幸せというものが判らない。結婚して子供を作って家庭を持つなんて有り触れた展望も、私にとっては幻のよう。

 自覚はある。私は『家族』に夢を見ているのだ。それは、自分の家庭環境がこころよいもので無かったが故の裏返しだろうか。

 けれど、それはあくまで夢でしかない。だって所詮幻は幻。私は人に恋心を抱く事はできない。

 当たり前だ。だって私は、超越者いたんしゃは他人と共存なんてできないんだから──


 ──本当に?


 不意に、そう問いかけられたような気がして顔を起こす。

 エレベーターがB10Fで止まっていた。外と本部とを繋ぐ玄関の階層。

 扉に目を向けると、そこに立っていたのは見覚えのある、けれど初対面の女性。

 つややかに光る黒髪。陶器のように白い肌。見る者全てを虜にする美しいかんばせには、紅色スカーレットに輝く星空の瞳。


「あら、ごきげんよう。白樺加賀利様」


 紫宮しのみや禍翅音かばね

 改めて、私は彼女との邂逅かいこうを果たした。






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禍「あっうーいねいね。というわけで今回は早めにこんにちは。あとがきスバルの時間ですよ~~~」

可「オレそろそろ本編よりもこっちでの出番の方が多くなるんじゃないの? どうも品陶可夢偉しなとうかむいです」

禍「ふふふ。今回の出番は私が先んじましたね。まあ私の出番はどうでもいいんですけど、出番がなくって身悶えする可夢偉様を見るのもそれはそれで楽しいのでワクワクしながら暴れさせてもらいますね! ワクワク。遊んでワクワク作ってワクワク」

可「いやそろそろ俺はどうでもいいよそういうの。まさかの死者扱いでも動じない準備はできてるから」

禍「こんな場末で死の覚悟決められても。だって死んだら終わりですよ! なんか急に恋愛フラグを立て始めた加賀利様と花芽智様の両方に揺られて超時空要塞マクロス的な三角関係の中で右往左往する仕事がまだ残ってるのにっ」

可「しねえよ!? お前人を何だと思ってるの? そもそも妹ちゃんとは顔を合わせてすらいねえぞ」

禍「それどっかで劇的な出会いしちゃうフラグじゃないですかーやだなー。愛しの人(花芽智様)を失った傷のなめ合いカップルになっても私は一向に困りませんし、いい加減タメ期間も飽きたので早いとこ登場してくれないと……」

可「妹と!? 恋しよ!? しねーよっ!!」

禍「想い人の妹がこんなに可愛い訳がないっ」

可「クズじゃん!!」

禍「でも今どき甲斐性のある主人公は姉妹丼を容易く手にするくらいの実績が必要ですよ! どちらもファイト!」

可「お前マジで俺を何だと思ってるの? 俺にそんな甲斐性があるように見える?」

禍「言ってて悲しくなりません? しかも女子の目の前で……」

可「急に女子とか言うな。俺はお前のことを地球外生命体くらいの思いで見てるんだぞ」

禍「とつぜんラノベ主人公めいた意味不明の例えを使わないでください興奮します」

可「するの!?」

禍「だってライトノベル時空になったら、夏のギャグ短編とかOVA特典とかそういうのがすぐ手の届く場所にありますでしょう? 私そういう毒にも薬にもならないところから無理矢理カップリング要素の根拠を見出して固定カプ厨のコミュニティに投げ込んで自己崩壊していく様を観察するのとかも大好きで……」

可「最近ただの性格の悪い奴になってない?」

禍「私はただの性格の悪い奴ですよ?」

可「開き直……いやもういいや」

禍「諦めてはだめです! そこで諦めるから甲斐性無しになって白樺姉妹のお二人に詰め寄られてnice boat.されるような未来になってしまうんですよ! あれ? そっちの方がいいかも。すみませんやっぱ可夢偉様はヘタレのままでいてください」

可「妄想を確定事項のように語るのやめてくれ。疲れる」

禍「ところでそろそろいい加減このコーナーもマンネリだと思うんですけど、次回くらいにはコテ入れと称して加賀利様が来るんでしょうか。その時が楽しみですね」

可「急に話題転換して話纏めた感じ出すのやめない!? マジついていくのに疲れるんだよそーいうの!!」

禍「次回来る人のためにあとがきコーナーにも良い感じのムードを用意しておかなきゃですね! YesNo枕とかどーでしょう」

可「お前そういうあからさまな前振りやると後々ギャグになるからな。絶対華憮羅先輩と俺みたいなキャスティングになるからな」

禍「それはそれで困りませんので大丈夫です」

可「こいつ……無敵か……」

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