その拾壱:無謬の決意は悪意を穿ち
すでに時刻は零時を回り、車通りもめっきり減った真夜中。
私達は24時間営業のファミレスに入り込んで、情報の交換と今後の方針について相談することにした。
スープとコーヒーだけを頼んで居座る私達を気にも留めず、店員は周囲の清掃を行っている。
もとより深夜のファミレスにやって来る住人なんて、終電を逃して一夜の宿を求める労働者か暇を持て余した学生たちだけ。
そんな世間の爪弾き者達を観察するほど、彼らは暇ではないし無遠慮でもない。
その他人行儀な距離感が、かえって今の私には心地よかった。
それとは対照的に、目の前に座っている相手はやたら親身な様子で接してくるのだが。
「なるほどなるほど。行方不明になってしまったお姉さんとお父さん──
目の前の女性──
明かりの下で見る彼女の姿はその背の高さも相まって一見大人びていたが、両手で持ち上げたカップから冷ましたコーヒーをちびちび
彼女は美人と形容して差し支えない容姿をしているものの、その挙動は意外に子供っぽい。
身振り手振りで感情を表し瞳の色をくるくると変えて思いの丈を伝える彼女は、目も眩む美人の横顔からは想像できないほどに情緒豊かだった。
一方でそのちぐはぐな態度が彼女の親しみやすさを
甘え上手とでも言うのだろうか。初見のミステリアスな佇まいと現在の可愛らしい仕草から繰り出されるギャップは、まさに相手を骨抜きにする小悪魔の仕草だった。なんつーか、あざとい。
「禍翅音さんって普段からそんな感じなんですか?」
「ああ、申し訳ありません、普段からこのような感じです。熱意が入ると頭と口が止まらない
「いいです」
「そうですか。ええ、事情はおよそ分かりました。でも、さすがに無茶が過ぎますよ。こんな夜中に出歩いて誰に会うつもりだったんです?」
「それは……誰かに」
本部が新宿の地下にあるという話は聞いていたので、そのあたりで張り込みでもしていれば顔見知りには出会えるだろう。そう考えていた矢先の
残暑の暑さや初秋の風に晒される間もなく目的を達成できたのは
何しろ私といえば未だ学生服に身を包んだままで、薄着も上着もろくすっぽ用意していない。
着替える時間も惜しいと即刻家を出た私は、最低限の下着と肌着以外は使いまわしの効く制服のみしか持っていないのだった。
さすがに短慮すぎたかもしれない。ちょっと反省しよう。よし、反省終わり。
それはさておいて、目の前の相手は信用ならない。
「結論から言えば、貴女の家族はお二人とも未だ行方知れずのままです。半年前のあの日、
「そう、ですか。じゃあ、二人が見つかるまで
「回りくどい言い方をしなくて結構ですよ♪」
「──禍翅音さんじゃなくて、
こちらが警戒を露わにすると、禍翅音は見え透いた泣き真似をして見せた。
その軽薄な仕草から、彼女の思考を読み取れない。
彼女が夜中を出歩いていた理由、私に接触を持ち掛けた理由、そして私に親身に接する理由。それらは全ては一向に
巡回任務をしていたから、行方不明になっていた白樺花芽智の親族だから、花芽智が消えたに責任は自分にもあるから──なんて説明はいくらでも付けることができる。
けれど、それはすべて取り繕った虚構に過ぎない。
そして、そう見抜かれることを予想しながらも、隠し通すような素振りすら見せようとしない──そんな侮りを、彼女の態度からは感じられるのだ。
「しくしく。信用の無さに私泣いてしまいます。断っておきますが、私はまだ事実しか言っていませんよ。お二人の安否が分からないのは本当ですし、個人的に貴女を心配しているのも本心です」
「それはどうも」
まだって何だよ。
私のそっけない返事を聞くと、禍翅音は息を吐いて背筋を伸ばした。右側で纏めたサイドテールの髪がはらりと揺れる。
アンニュイな表情はうっかりすると恋に落ちてしまいそうなほどに比率が整っている。一瞬だけ窓の外を見たその瞳は、
「今の
「で、しょうね」
至極当然ながら。
最近のメディアは
今まで
ネット上でも陰謀論が絶えず巻き起こり、過去の未解決事件および災害の犯人に
そもそも、
「人手は到底足りません。とはいえ、民間からの志願者をこれ幸いと受け入れられるだけの余裕もありません。適性検査だのメンタルチェックだの面倒な手続きは多々必要になりますし、教育や研修の機会を作ることも難しい状態です。素人同然の命を預かることなんて到底できないくらいに切羽詰まっている……と言えば、
「……それはほんとに面倒ですね」
「ええ。面倒はありますし、何より現状で
「そんな大袈裟な」
「大袈裟が起こり得るんですー。常に新宿に張り込みしてる暇人とか平気でいますからね現代。私も顔写真が出回ってプライバシーを赤裸々に暴かれた挙句出会い系サイトにさらっと登録されてたりLINEになりきりチャH垢とかができてたりしました。いつの間にか成り済ましネットアイドルとかまで出てきてたし、それが何やら新機軸で人気を博して私×成り済まし私の疑似同一PC本とかまで企画されてるとこまであったりしてああああ虫唾が走る」
「ご、ご愁傷様です」
世の中には変な人がいるんだなあ。そんなありきたりな感想しか言えない自分をちょっと冷血かもと思う。実際、道徳の授業で受けさせられたネットマナー講習の実例を目の当たりにしてもあまり現実感がないのだけど。後半何言ってるかさっぱり分からないし。
禍翅音はひとしきり喚き終えると、両の肘をテーブルに乗せ、左右の手で作った橋に
丁度私と目線が平行になる位置。それは対話の姿勢か、或いは。
「というわけで
「その程度は承知の上です。既に学校に休暇連絡をしてしまった後ですし。世間体がどうかは知りませんけど、私は今何よりも花芽智と、お父さんの実状を明らかにしたい」
「ああ、
「そんな
「起こり得ますよ。それが自分に害なす存在であれば、誰もが排除したがるものです。
「…………」
「自ら素性を暴露した
「怒りますよ」
「どうぞ。私情は至上、なれども無常は無情。人は簡単に折れるものです。現代は我々にとって逆風です。国家権力ですら勢威を失いかけている状態では、貴女の蛮勇は自殺にも等しい。それは神愚羅様や花芽智様の思う所ではないはずです。それに、私にとってもお二人は因縁浅からぬ方々でした。その家族である貴女には、できれば平穏な日々を暮らして欲しい」
──やはり。どこかひっかかる。
まるで私と
私の気勢を削ぐためだけに説教をしているような。
どうして、どこからこんな流れになっている?
母が子を諭すような口調で彼女は話続けている。その内容はどこまでいっても真摯な助言、そして大人が語る残酷な現実だ。
けれど、この忠告を字面通り飲み込むのは危険だと直感が囁いている。
知られたくないような秘密を曝け出すことで同情と共感を誘い、尤もらしい事実と正論を並べ立ててそれとなく思考を誘導する──これは詐欺の常套句ではないか。
親切心や老婆心から来る通告ではない。何かしらの裏がある、気がする。
頭が痛くなってきた。
彼女がコーヒーを啜る音さえ耳に障る。
私の視線はずっと手元を映しているはずなのに、何故か不定期に揺れている。
相手がこちらを言いくるめようとしている意図はわかる。しかしその真意を探ることができない。
元来頭を使うのは性分ではない。思惑を巡らせる根拠にも乏しい。彼女の言動全てに裏があるようにすら思えてくる。
今はただ一つ。
彼女の言動に身を委ねるのは危険だ、という予感だけがあった。
父と姉の生を
ならば、今の私は。
彼女を決して赦してはならない。
そうだ。これは、この形は、私なりの闘争だ。
「禍翅音さんは。今をやり過ごして待ち続ければ、私達が当たり前に暮らせる時代が来ると思っているんですか?」
出し抜けに声を張る。
唐突な大声に驚いた店員がこちらを見るが、すぐに目を逸らして奥へと引っ込んだ。
目の前に座っている禍翅音は、
「貴女の言い分では、私に──
「では──どうすればよいのでしょう? 我々は無実だとでも、また電波に乗せて訴えますか?」
「それを語るのは
禍翅音の目が驚愕に見開く。
その瞳は、光のない黒曜の色をしていた。
腰元の刀『
「歪められたレッテルが人を貶めるのなら、正当な評価と承認こそがそれに対抗する術であるはずです。問うべきは形の無い
「主観ではなく客観的な事実のみで
「そのための
「如何やって?」
「無論、
確信を得た。
それはこの二十年、父が、姉が、そして遍く全ての
万人が夢見る平和への道は、きっと単純な願いでできていた。
けれどその終端は限りなく遠く、目を凝らしても遥か彼方にしか見えない。
だからそれは不可侵で不可能で、誰もが諦めざるを得なかった道程にほかならず。
そんな夢物語が叶うだなんて、誰も信じていなかったのだ。
今は、まだ。
だから、私は。
「ばかばかしい」
絞り出すようにか細い声。
それが聞こえた瞬間、世界の形が揺らぎだした。テーブルが波打ち、椅子が飛び跳ね、照明が夜空の色を映し出す。
レストランの様相は曖昧になり、無機質な電灯の明かりと月の微笑みが私の頬を照らしだす。
紫宮禍翅音の顔が崩れ、恐怖と嘲笑の形に歪んでいく。その瞳は漆黒のままこちらを睨み続けていた。
「ああ、
「馬鹿で結構! そうやって他人をずっと馬鹿にし続けてるくらいならその方がマシよ!」
きっ、と音が響きそうなほどに鋭い目じりが私を指す。
憎悪に塗れた瞳。左右に吊り上がった口、その隙間から見えるは生え揃った牙。
怒りという単語を擬人化すればそれはきっとこんな顔をしているのだろうというような憤怒の形相。
恥も外聞もかなぐり捨て、ただ怒るためだけに怒る。そんな意志が眼前の人型からは迸っていた。
「憐れむな、私を見るな、手を差し出すな! いずれ貴女もその手を折られ、足蹴にされる時が来るのよ!」
「だからどうした! 私はそんなことで踏みとどまってる暇なんてないの!」
「ああああもう嫌もう耐えられない、そんな無意味な虚勢を張って! 気持ち悪いわ気色悪いわ、貴女なんて野垂れ死んじゃえばいいのに!!」
「お前は
『
目の前の紫宮禍翅音は胴を分断され、絶叫と共に血を噴き出した。
けれどその血が私を濡らすことはなく、未だ定まらぬままの地面へ吸い込まれていく。
地を踏みしめて目を凝らす。再度刀を振り払うと、まぼろしは
レストランの様相も、紫宮禍翅音も、今では残滓すら残っていない。
私の周囲を取り囲むのは、吹き荒ぶ風と輝く街並み。
見知らぬうちにどこかマンションの屋上へと立っていた私は、刀を脇に構えて敵を見据えた。
ミニスカートの
胸元の顔写真付き名刺には『
彼女、
「変てこな
「うるさいうるさいっ、あんたなんか私たちの苦労の十分の一も知らないくせに!」
「知らないわよ当たり前でしょ貴女が教えてくれないんだから」
「そーいうデリカシーないとこがムカつくのよあんたら一族はああああっ!!」
それが闘いの幕開けとなった。
千津留は、どこからか取り出した
すかさず身を
「『
脇に構えたままの刀から、
無音無動作で現れる
面食らった千津留は両手に構えた
雌雄は決した。実践ではこちらに分がある。至近距離まで近づいた私は、怯えの色を魅せる千津留目掛けて刀を振り下ろし袈裟斬りに挑んだ。
その時、腹に衝撃が走った。
前触れの無い攻撃。失態だった、眼前の相手ばかりに気を配って他の可能性を考慮していない!
頭を丸めて腹のあたりを見ると、私の腹を貫いている何者かの姿が目に映る。
手刀が私の腹──
だめだ。まずい。
「ぐ──『
手にした刀から暴風を発して宙を舞う。
強引に解き放った傷跡からは鮮血が流れるが、なんとか離脱には成功したようだ。
精彩を欠いた風の勢いによって、私はフェンスに強かに打ち付けられた。傷口が開く感覚がした。痛い。本当に痛い。抑えた手が異様に暖かい血の感触に包まれる。気分が悪い。
痛みをこらえて視線を起こす。何処からか現れた第三者は少しの間私を見ていたが、すぐに背を向けて千津留の方へ歩きだした。
白いYシャツと黒いズボンを履いたクールビズなスーツ姿の男だった。人の良さそうな穏やかな風貌をだが、その瞳は黒く濁っている。千津留の黒曜の瞳よりなお深い、奈落のような暗黒の瞳。寒気がした。彼は内心に一体何を抱えているのだろう。
「だめだよ、千津留さん。君は殴る蹴るは苦手なんだから、ピンチになったらすぐ僕に任せて。君を守ってあげられるのは僕だけなんだ」
「
「嫌だよ。君が怪我でもしたら僕は悲しくて眠れもしない」
私を放って痴話喧嘩を始めている……ように見える二人を他所に、現状を確かめる。
幸いにも傷口は浅い。多少目の前がぼやけて見えるが、しっかりものは考えられるし立ち上がることもできる。手刀の攻撃は致命傷に至らなかったようだ。それより、フェンスにぶつかった衝撃で血を多く流してしまった方が良くない、気がする。
刀を握る手に力を込める。突然現れた男、
そうと考えている間に、飛尾樹がくるりとこちらに向き直った。時間切れだ。
「まさか君みたいな子供が千津留さんを傷つけるなんて。悲しいよ。子供を手にかけるのはいつだって悲しい。でも僕は千津留さんのために力を振るうよ。千津留さんに降りかかる火の粉は、僕が全部払ってあげる」
何こいつキモい。
千津留と似た色合いの茶髪を撫で上げて歩き出す
もう一度あれを喰らったらまずい。根拠はないが、彼の腕はそう思えるだけの不穏な気配を纏っていた。
「ヒビキさん、とか言いましたっけ。貴方たちどういう関係で、どういう立ち位置なんです? やっぱり
「言わないよ。というか言う意味ある? 君は明日の朝日を見る前に死ぬんだから」
「あっそう!」
姿勢を落とし、
間に合わせの一手を実行い映そうとした瞬間、不意に身体が揺らぐ。踏み込んだはずの脚が
その発想に至って間もなく、
思考を巡らせる。再度の
「『グリズリー・テンプル』ァ!!!」
そう悲壮な覚悟を決めた瞬間に、その拳は現れた。
空から降りてきた巨大な拳は、
我が目を疑う。見ると、千津留もまた目を見開き驚いていた。腹の傷がじくじくと痛む。夢ではない。
突然の乱入者──手? は暫くその場に留まっていたが、やがて撃ち抜いた穴だけを残してゆらりと消える。
その直後に、上空から響いてくる声。覇気を保った男の大きな声だった。
「いやいやはやはや! 先の演説は響いたぜェーーー……一言一句まで、ばっちり聞き届けたぜ。そうだ、それでいい。“オレ”たちぁそれでイイ!!」
貯水槽の上に何者かが立っていた。
その男はひとっ飛びで私の前まで降り立つと、ギザギザの歯を見せびらかすように獰猛な笑みを見せた。
「……どちらさまです?」
紫色の派手なスーツと四肢柄のネクタイを身に着けた、いかにも成り上がりのチンピラ然とした恰好。
「なァに、通りすがりの──イカしたオニイサンよゥ!!」
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禍「偽物です! 偽物です! 肖像権の侵害です! むきー! です!」
可「むきーじゃねえようるせえな。はいあとがきスバルのコーナーです」
禍「いつまであとがきコーナーに居座ってるんですか? そろそろ脱出して本編に出ようという気概がない?」
可「いいじゃん別に。楽なんだよ注釈の世界から好き勝手言うの」
禍「言う事二転三転してません?」
可「いいじゃん別に。楽なんだよ整合性とかなんも考えないで適当話すの」
禍「生き方が適当すぎません? いくら本編で出番がないからって」
可「お前もないじゃん。ないよな? あの偽物実は本当の紫宮禍翅音でしたみたいなことなったら笑うぞ」
禍「ありませんよそんなこと。私あんな社会派な話しませんもの」
可「そうなんだおじさん」
禍「しくしく。信用がないので悲しくて泣いてしまいます」
可「だってお前何でも出来そうだもん……増えるし……」
禍「何でもはできませんよ。できることだけ」
可「いつにも増して言葉選びが適当すぎるだろ、何でこんなことになってんの?」
禍「適当に書いたら疲れちゃったのでこちらでは完全に気を抜くことにしました。二部?っぽい展開になったことでなぜなにスバルのコーナーもまた何かできそうですけど、まあ今回はおやすみです」
可「怠惰だなあ」
禍「ちなみに現状ですけど、私の偽物が喋ったことはまあ誇張こそあれ概ね事実ですよ。世紀末ですねえ」
可「いやー割と平和じゃない? デビルマンとか考えると」
禍「創作物の描写を現状と比較するのは不毛ですよ!」
可「ええ……お前がそれ言う……?」
禍「私は二次元と三次元の区別がばっちりついてますから」
可「ええ……お前がそれ言う……?」
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