その拾:明日へと鞘走る風神少女

 今日も雨だった。

 空が泣き続けているかのように、ここ最近はずっと雨の日が続いている。

 『事態の収拾が見込まれるまで、極力外出は控えるように。』

 そんな非常事態宣言が出てから早一ヵ月。

 が何を示しているのかも不明なまま、の見込みは一向に訪れない。

 明日も平和が続く保証が無いことに、皆薄々と感づいていた。

 それでも普段通りの日常は淡々と続いている。

 淡々と、平坦に、とどこおりなく。

 誰もが心の底に怯えを抱きながらも、仮初かりそめの日常に身を置いていた。




-------------------------------------




「ねえかがりーん、私今日現国小テストだなんて聞いてないよー。いつ言われたっけ? 一昨昨日さきおととい休んでたとき? 連絡くれればよかったのに」


「先週ー。寝転がって先生の話聞いてなかったでしょ、黒板にも書いてたのに」


「マジかーやだなー。範囲教えて、休み時間に叩き込むから」


 平常心。平常心。

 心の中でそう唱えながら、不安や懸念を頭の中から叩き出していく。

 ここは学校で、自分は学生で、今は中間試験の二週間前。

 もうあと四か月もすれば受験シーズン真っ盛りで、私はいい加減志望校を決めなきゃいけないころ。

 夏休みもとっくに終わってしまったし、いい加減気を引き締めて勉強しないと。

 そういう“立ち位置”にいる事を自覚して、人間社会に溶け込んでいく。


白樺しらかば加賀利かがりさーん、進路相談で職員室までお願いしまーす」


「あ、はいっ」


 家の事情とか厄介な体質とか、個人的な秘密はみんな抱えている。

 誰もがそれを乗り越えて、人前には出さないようにしてる。

 それと同じことをするだけ。周りのみんなに合わせていくだけ。

 世間体が崩れない程度に規律と遊びのバランスを取って、泣きたい時は一人だけで泣く。

 きっとみんなそうして生きている。

 だから私には何の心配もない。


「そういや賀利かがりって文化祭出る? もう受験期だし私は後輩に任せて引退かなって思ってるんだけど」


「ん~そうしないとヤバいかもだけど、やっぱ一大イベントだし? それに先輩にはお世話になったから、私も演劇部の文化は次いでいかなきゃ! って感じ」


「まじめ~」


「え~文化祭でもちゃんと勉強してる方が真面目じゃん?」


「それもそっか~」


 明るく社交的な自分を演じようと思えば、全く違和感のないまま演じられる。

 だってひと月前までずっと同じように過ごしてきたんだから、

 今更なにか引っかかったり変に意識しすぎる必要はないはず。

 あるとすれば、自分の心境の変化だけ。

 だから、この仄暗ほのぐらい気持ちは全部気のせい。

 息の詰まるような閉塞へいそく感も、私が勝手に思ってるだけ。

 不安に流されそうになっちゃってるだけだから。


「つーか、未成年の夜間外出禁止って何時の時代の法律よ。マジ最近うざくない? ポリの巡回……ねえかがりん聞いてる?」


「え? あーこないだ大宮おおみやの駅前で見張りっぽいの見た~。塾帰りなのにしつこく帰れ帰れって、言われなくても帰るってばさ」


「は~超能力者? とか言われても何も実感ないわ~。でも超能力者の彼氏いる子とかちょっと憧れちゃうかも~」


「彼氏がいる子? 彼氏じゃなくて?」


「だって、いざってとき守ってもらえそうで羨ましいじゃん? かがりんそういうロマンない?」


「うーん私は優しい人のほうがいいかなー」


「かがりんそれ変な男に引っかからないように注意したほうがいいよマジで~」


 現世うつしよ超越者アウター排斥はいせきする風潮に染まっても。

 神愚羅おとうさんと花芽智おねえちゃんが行方知れずのまま一ヵ月が経ったって。

 天津星アマツボシからの支援を打ち切って、自分だけで過ごすことを決めたから。

 全部をみんなに隠し通して平気な顔をしていることくらい。

 白樺しらかば加賀利かがりは、大丈夫です。




-------------------------------------




 事の起こりは一か月前。

 『マガツボシ』と名乗る集団が、国家主導の秘密組織『天津星アマツボシ』と超越者アウターの存在を世界中に暴露したその日、東京の空は黒檀こくたんの雲で覆われ、金銀色鮮やかな雷の龍が降臨した。

 雷は新横浜あたりの高速道路を丸ごと吹き飛ばして関東地方の交通便を麻痺させ、そのままふらりと消えてしまった。

 メディアは蜃気楼だ異常気象だなどと適当な言葉で取り繕っているが、実際にそれを目の当たりにした者がそんな戯言を信じる訳はない。

 あれは紛れもなく超越者アウターという怪物による人災なのだ。


 それきり『マガツボシ』からの声明は途絶え、代わりに噴出したのは疑心と義憤だった。

 恐るべき超人・超越者アウターの存在が明らかに成ったことと、その存在を政府がこれまでひた隠しにしていたこと。

 二つが疑念が渦巻いて世論は荒れ、人心と道徳は荒廃していった。

 人類は自らが薄氷の上に立っているのだと否応なしに自覚させられたのだ。

 それを考えれば、現状の平穏はよくよく幸運だと言えるだろう。


 そう。現在の日本はとりあえずの平穏を取り戻していた。

 事なかれ主義の極致と言うべきか、平和ボケの結末と言うべきか。

 関東周辺では混乱が続いているものの、おおむね表面上以前と変わらぬ日常が続いている。

 違うところと言えば、社会を覆っている自粛じしゅくムードと、普段より活発なSNSの陰謀論、日経株価の極端な上下。

 それと、未知の存在……超越者アウターに対する排斥運動が、街中のあちこちで見受けられるようになったことだった。

 私がその厭世えんせい観に溢れた空気を体感するのはおおよそ二度目。

 一度目は9年前の大震災。その頃の私はまだ小学生だったが、大事が起きた実感だけは覚えている。

 今のこの状況も、子供たちにとっては遠い異郷の地の出来事のように思えるのだろうか。

 その無垢さを羨ましいと思ってしまう自分を、ひどくいやしく感じた。




-------------------------------------




「じゃーねーかがりん~明日日直だっけ? がんば~」


「早起きだるいな~……代わってって言ったら代わってくれ……いや冗談だってば~。はーいまた明日ー」


 校門を出ると、途端に世界が色せて見えた。

 今朝の土砂降りから半日経っても、外は相変わらずの雨模様。

 学校という舞台から解き放たれると、不意に足取りが覚束なくに感じる。

 人形師から放り捨てられて一人っきりのあやつり人形みたい。

 人間ある程度の束縛はあった方が過ごしやすいとは言うけれど、果たして私のそれは健全なのだろうか。


 一人暮らしを始めてから3年、こんなに寂しいと思ったことは無かった。

 間の悪い事に受験期に入っちゃったから、仲の良い友達もみんなお勉強。

 マンションのお隣さんたちは、一ヵ月前からみんな遠くへ引っ越していった。

 天津星アマツボシ超越者アウター保護なんて名目で連絡に来たけど、それも大きなお世話だって断ってしまった。

 最後に聞いた話によれば、お父さんとお姉ちゃんの居所は未だ以って不明だそう。

 ふと気付けば頼る先は一つも無いまま、不安ばかりが募っていく。

 いやだなあ。そうやって悲観に暮れる自分が本当にいやだ。


 当初の混乱が落ち着いてきた今、日に日に超越者アウターへの風当たりは強くなっている。

 政府は事実の表明と国内の対応に追われるばかりで、安寧あんねいの未来なんて保障してはくれない。

 今や一寸先は闇だった。明日の安全など誰も分からない。

 私はそれを自覚するのが怖いのだ。

 きっと私は、安心できる逃げ場所が欲しいんだろう。

 誰だってそうだろう、と納得しようとする自分と、家族の無事も確かめないままで、と己を責め苛む自分がいる。

 何よりも、“家族から逃げ出した”という自責の念が自分自身を追い詰めていた。

 たとえそれが手前勝手な自己嫌悪なのだとしても。

 白樺しらかばの名は、重く背中に圧し掛かっていた。




 私とお姉ちゃんは、ほとんど同時期に──中学一年生の頃に超越者アウターに覚醒した。

 それまで疎遠気味だったお父さんが、そうと知った途端に目の色を変えて迫ってきたのを覚えている。

 軍国主義に染まっていたお父さんは、私達にはあまり構ってくれなかった。

 子供が二人とも娘だと知ったとき、お父さんはひどく落胆したと聞いている。強く逞しい男の子が欲しかったのだと。

 だから、超越者アウターという人外の力を得た私達を前にして、お父さんは簡単に掌を返したのだ。

 嫌悪に暮れる私とは違って、お姉ちゃんは感極まったようにお父さんの手を取った。

 お姉ちゃんはお父さんに振り向いてほしくて、武術と名の付くものなら何にでも手を出していた。きっとその時も、お父さんの願いに応えようとしていたのだろう。

 私はその光景を直視することができなかった。

 媚びるように家族愛を囁く二人を、家族だと思いたくなかった。

 だから私はお父さんの手を跳ね除けて、早々に一人暮らしを始めた。

 国家に仕える戦士として奮戦する二人を尻目に、私は一人だけなごやかな俗世へと逃げたのだ。




 ひと月前のあの雷は、たぶん神愚羅おとうさんのものだろう。

 『マガツボシ』っていう奴らと戦って、その後何事かあったんだ。

 お父さんのことはそんなに好きではなかったけれど、それでも行方が知れないと聞いた時には心臓に針を突き立てられた気分がした。

 もしあの時私が二人を受け入れて、一緒に悪者と戦っていたら、二人は今でも元気でいてくれたのだろうか。

 意味のない仮定が一ヵ月前からくるくる私の中を渦巻いている。

 何故今になってこんなことを考え始めてしまったのだろう。

 自分なりに贖罪しょくざいを求めているのかも、なんて可能性に思い至って、とても気持ち悪くなった。

 そんなことを考えたって、もう許しを乞う意味なんかどこにも無いのに。


「……はあ。お姉ちゃん、元気にやってるかなあ」


 能天気な妹を演じるように、家族の安否を心配してみせた。

 行方不明なんて不吉な文字列を忘れて、無事を信じてみていれば、いつかひょっこり顔を見せてくれるのではないか。

 そんな根拠のない希望に縋るようにして。

 知る限りの現実から、目を背けていた。

 もう色々と我慢して日々を過ごすのにも疲れていたから。




-------------------------------------




 だからこれは、そんな自分への罰なのかもしれない、と一瞬だけ思った。

 沈んだ気分でひずんだ思考に至っていた私は、背後から迫る人影に気付かなくて。

 雨の日の誰もいない公園のそば。人知れず狼藉ろうぜきを働くにはうってつけの場所。

 うつむいて歩いていた私の傘を、突然レインコートの腕に掴まれる。

 吃驚びっくりして顔を上げた私の目を、太陽色の瞳が見つめていた。


「白樺、花芽智か?」


「えっ、」


 なんでお姉ちゃんの名前を。そう口に出そうとした瞬間、目の前が真っ白に光った。

 眩しいと思って目をつむった次の瞬間、額をげんこつで殴られたような衝撃が走って──

 私は濡れたアスファルトに倒れ伏していた。

 目がよく見えない。耳鳴りが酷い。焦げついた臭いが鼻にこびり付く。口の中がじゃりじゃりして気持ち悪い。

 うつ伏せに倒れる私の背中で、男の人の笑い声が響いていた。


「はっ、はははっ、ざまあ見ろこの野郎!! 兄貴をばらばらにしやがって、当然の報いだこのクソアマがぁぁっ」


 身に覚えのない話。

 断片的に聞こえる音の記号から、慟哭どうこくの色を感じ取れた。

 誰か大切な人を失ったようなしわがれた泣き笑い。そんな風に感じたのは、まさに私がそのような境遇に居たからだろうか。


「やったよ兄貴、俺は、『エンジェル・フレア』はちゃんと然るべき復讐を遂げたんだあっ」


 意味のわからない男の叫び声が頭の中で響いている。

 私はお姉ちゃんと取り違えられて、復讐の糧にされたのだろうか。

 確かに瓜二うりふたつの双子の姉妹だ。ぱっと見で顔を間違えられるのも無理はないだろうが。

 ああ、やっぱりお姉ちゃんはそういう死ぬだの殺すだのの物騒な場所で生きてたんだなあ、と呑気なことを考える。

 遠ざかっていく笑い声。一度もつれて倒れこんだ足と爆発をまともに受けた腕は、動かすのも億劫おっくうなくらい重たかった。

 降り注ぐ雨粒を背中で感じながら、なげやりな思考になっている自分に気付く。

 いい加減もう色々なことに疲れ果てた。家族の居ない天涯孤独てんがいこどくの身で、要らない力に怯えて過ごして。

 明日には友達にも石を投げられるかもだなんて、解決のしようがない杞憂きゆうに沈んで。

 もういっそ、何もかもを投げ出して楽になってしまえればいいのに、なんて。

 このまま地面に倒れこんでいれば、家族の待つところに行けるかな、なんて。

 ずきずきと痛み微睡まどろむ頭で、そんな取り留めのないことを考えていた。






 いや、やっぱないわ。

 いい加減もう我慢の限界。

 そんな無念の抱いたままで死ななきゃならないなんてまっぴら。

 ただ平穏無事に生きていきたいだけなのに、なんで余計な心配抱えなきゃいけないんだろ。

 あまつさえ人違いで殺されるとか本当ありえないし。

 ああ、もううんざり。どこまで行っても私の邪魔をするのね、あの二人って。

 お姉ちゃんのことは大好きだしお父さんも死ぬほど嫌いってわけじゃないけど、家族なんかに自分の人生を曲げられるのとか死んでもイヤ。

 だから一人で飛び出してきたのに、こんな形で私の安寧をおびやかすなんて。

 愚図で頑固で独りよがりで要領が悪くて辛気臭くて不器用で迷惑な奴ら。

 勝手に行方不明になって心配なんかかけて、本当にどうしようもないんだから。

 決めた。

 変に想像して不安になるより、事実を確かめたほうが気分が楽。

 さっさと二人の安否を確認して後顧こうこうれいを断っていつもの気楽な生活に戻る。

 私は何の憂慮ゆうりょもいらない普通の人生が欲しいだけなんだから。




-------------------------------------




「ちょっと貴方、聞きたいことがあるんだけど」


 ──白樺しらかば加賀利かがりはふらりと立ち上がって、去りゆく男の背中に問いかけた。

 男は仰天ぎょうてんした様子で振り返る。濡れそぼった少女の見目麗しいかんばせには、傷跡はまったく残っていないのだ!

 瞳から“着弾すると爆発する熱線”を発射する超越能アウトレンジ、『エンジェル・フレア』。

 至近距離で直撃すれば即ち死。良くて身体中に大火傷を残す高熱の視線。超越者アウター相手であろうとその威力は健在である。

 直撃し倒れ伏したはずの女子おなごが、平然とした顔で立ち上がれる筈がないのだ!


「な、なんで生きてんだ、俺の『エンジェル・フレア』を喰らって」


「勝手に勘違いして驚かないでよ。そもそも私は花芽智じゃなくて、その妹の白樺加賀利。残念だったわね。人違いで」


 加賀利は通学鞄から愛用の獲物を取り出した。

 藤色の鞘に収まった刃渡り80cmの太刀たち、銘を『光忠みつただ』。女の一人暮らしは物騒だからと出奔しゅっぽんの際に押し付けられた、加賀利と家族を繋ぐ唯一の物品。

 年端もいかぬ女子に預ける護身具としてはいささ大袈裟おおげさな、紛うことなき真剣である。


「で、花芽智を探してるってことはあいつの生死くらいは知ってるわけ? 生きてるの、どうなの? それだけ分かればいいんだけど」


「し、知るか! そこ歩いてるお前を見かけて、そしたらあいつにやられた事思い出して……だから知らねえよ! お前がその花芽智じゃねえんなら!」


「あっそ」


 加賀利はならば用済みと言わんばかりに吐き捨て、『光忠みつただ』を鞘から抜き取った。灰白色かいはいしょくの刃が雨の中できらりと光る。

 膝を軽く曲げて姿勢を落とし、柄を握る拳を腰元に。すらりと伸びた刀身は背後へ流し、切っ先を地面へ僅かに傾かせた。

 左足を前に出し身体を捻ったその姿は、己が身体にて刀身を隠し切先を悟らせぬ脇構えの型。

 しかし一方で槍のように鋭い異形の前傾姿勢は、奇しくも父神愚羅かぐらの用いる居合の型に酷似していた!


「『天満流てんまんりゅう風伯術ふうはくじゅつ』──」


「くそっ!!」


 男は瞳を光らせ、『エンジェル・フレア』の光線を発射!

 触れたものを爆発させる太陽色の光線はしかし、男の瞳ではなく加賀利の眼下に位置する水溜まりから放たれていた!

 瞳から光線を発射する能力『エンジェル・フレア』、しかし光線は己自身の瞳に限らず鏡や水面に映った瞳からでも発射できる!

 死角からの不意打ち! 眼前の男を見据えた加賀利にこの攻撃を察知する事はできない!

 しかし眼下の光を前にして加賀利は決してたじろぐ事無く、刀の柄をしかと握り締めた!


「『飛廉天飄風ひれんてんひょうふう』ッ!」


 瞬間、暴風が吹き荒れる!

 刀身より発する風圧は竜巻の如く荒れ狂い、周囲の雨粒を吹き飛ばした!

 加賀利の背面よりほとばしる噴流は、推進力と化しその背を後押しする! 地を強く蹴り宙を舞うと、ものの一跳びで男との間合い三畳は縮まった!

 水溜まりより放たれた光線は空振り! 勢いのままに飛び掛かった加賀利は腰元の刀を横一文字に薙ぎ払い男の右足のけんをすぱりと断つ!

 加賀利はそのまま地面に着地し滑るように足先を躍らせる! 雨に濡れた路面上に転がり込んだにも関わらず、彼女は姿勢を崩すことなくくるりと向き直り男の次なる攻撃へと備えた!


「てめえっ!!」


 足元を抑え苦痛に呻きながらも、男は振り向き瞳から熱線を発射!

 加賀利はそれを意にも介さず飛び越え、再度男へ接近! 四肢を切り付け戦意を削ぐ事で降伏をうながさんとする!

 果たして今度は左腿ももの肉を一寸削がれた男であったが、すれ違いざま加賀利の髪を絡め取って強引に引き寄せた!


「痛っあ痛痛、ちょっとやめてマジ最低デリカシーとかないわけっ!?」


 加賀利の長い黒髪は男に固く握り締められている!

 目にも止まらぬ速度で宙を舞う加賀利を前に、男は人の尊厳をかなぐり捨てた暴虐の行動に走ったのだ!

 加賀利は怖気おぞけと怒りに身を任せ髪を掴む腕を串刺すが、男はしつこく執着してその手を離さない!

 男の目は狂気に染まっていた! 闘いの高揚と花芽智への復讐、兄を失った喪失の悲嘆がないぜとなって彼の精神は泥のように濁っている!


「やってくれたなこのアマ! あいつらといいお前といい生意気なんだよ、きょうだいの死ぬって意味を教えてやる!」


「何言ってんのか分からないんだけど! いいから離してよっちょっとほんと痛いんだけど!」


 男の瞳が光る! 退避のできぬ加賀利を己が視線にて射抜かんとする追撃の『エンジェル・フレア』だ!

 もはや一刻の猶予もないと判断した加賀利は、眉間みけんしわを寄せながらも刀身で男の掌を貫き再度異能を行使した!


「あーもう気持ち悪い──『颪鎌風おろしかまかぜ』!」


 男の掌を貫いた刀が発光し、微動だにせぬまま鎌鼬かまいたちはしる!

 無音無動作の刀身から発せられる鎌鼬かまいたちは、男の指と加賀利の長髪を斬り落とし両者を分断!

 乱雑なセミショートと化した髪をひるがえし、加賀利はすんでの所で熱線をかわす!

 男は掴んだ髪を振り払って再度加賀利の身に腕を伸ばすが、瞬きの間に少女加賀利は消失!

 直後、頭上から鳴り響く風の轟音! 加賀利は刀を握り締め再度の跳躍を行っていた!

 この一太刀で勝負を決めんと、男の上空より唐竹からたけ割りの型で『光忠みつただ』を振り下ろす!

 しかし宙空において人間に逃げ場はなし! 顔を持ち上げた男は、天より来る加賀利へ向けて熱線を発射した!


「馬鹿ね、“流れ”は今こっちに来てるんだから──『飛廉天飄風ひれんてんひょうふう』、も一回!」


 加賀利が両の腕を持ち上げたことで空を指し示した刀より再び暴風!

 天へ向け放たれる風圧の反動により、加賀利の体躯たいくは急加速で落下! 迫る熱線とすれ違い、男の右肩を一刀の下に切り裂いた!

 さらに下段からの切り上げによって男の左肩を切断、両の腕がだらりと下がって男の四肢は機能を失う!

 苦悶に顔を歪ませる男の放った苦し紛れの熱線は、姿勢を低く落としかがんだ加賀利の身体にかすりもしない!

 続く足払いによって男は仰向けに転倒! 加賀利は即座に馬乗りとなって、刀を男の心臓直上へと持ち上げた!

 両肩、左腿、右足の腱を切り落とされた男に横たわった肉体を起き上がらせる術は無し! もはや決着は付いたも同然である!

 加賀利の褐色の瞳は男の瞳を油断なく見下ろし、自爆覚悟の攻撃に備えた! 追い込まれた人間が陥る破れかぶれの神風かみかぜ精神を加賀利はよくよく理解しているのだ!


「で、どーしてほしい? 超越者アウター専用の留置所ってのがあるんでしょ、そういう所に送り届けてほしい?」


「死、んでも、ごめんだッ!」


 直後、二者の間に熱線が放たれた! 予測通り己を巻き込む事さえ躊躇ためらわずに男は熱線を発したが、とっさに姿勢を起こし加賀利は攻撃を回避!

 しかし、続く第二射によって加賀利は完全に意表を突かれる! その発射元は、なんと白樺加賀利の瞳!

 男は“加賀利の瞳に映った己の眼”より熱線を発射することで、加賀利の目をくらましたのだ!


「っばっ、前っ……貴方正気っ、ぐっ!?」


 己が瞳から放たれた太陽色の光線に視界を遮られコンマ数秒の間方向を見失うかがち!

 熱線は傍の地面に着弾し、爆発の風圧によって二人は地面をゴロゴロと転がる!

 男はその隙を付いて加賀利の細い体躯へ肩をいからせ突貫、勢いのまま押し倒した!

 刀術の心得は有れど体術へ比重を置いていない加賀利、息触れ合う距離感の肉弾戦においては白樺花芽智には到底及ばぬ! 同条件の大の男が持つ重量ウェイトに腕力で勝るすべ無し!

 体当たりの衝撃で刀を取り落としてしまった加賀利は、ここに至って絶対絶命の危機へ陥った!


「どけっ、この変態!」


「そうはいくか、俺ぁ兄貴に救われたんだよ! 大人しく捕まるくらいなら華々しく散ってやらぁ!!」


 先とは上下の逆転した馬乗りの体勢へと相成った二人、男は眼下の加賀利を見下ろして再度瞳を発光させる!

 男は確実に相手を仕留められる機会を狙い、まさしく破れかぶれの攻撃へと転じたのだ!

 尋常ならざる狂気の発想! 男は肉親を喪失したことで正気のタガを掛け違えてしまったのか!?

 かくして『エンジェル・フレア』の熱線は放たれ、二人は爆発に包まれる! 両者の身体を覆い尽くす規模の爆発、その圧倒的熱量の中心に立てば全身に火傷を負い無残な肌を晒すこと必至!

 超越者二人による街中での戦いは、双方相打ち致命傷にて終わりを迎えたのだろうか!?


 否!


「……ああ。しんど」


 爆発の晴れた後に一人立ち上がる影在り! その姿は見紛う事無き白樺加賀利である!

 ねずみの恰好で他所事に気をそらす加賀利の身には、傷どころか焦げ跡一つとして存在しない!

 彼女は爆発の寸前、一切の物質をすり抜ける疾風はやての如き一条の風と成って拘束から逃れていたのだ!

 加賀利が起こす神速の透過ゴースト超高速移動ソニックムーブは残像を発し、圧力を伴う風勢は質量を持った実体と化す!

 後に残るは確かな形を持った空蝉うつせみ。即ちこれ分け身の妙技──


「これぞ天満流風伯術てんまんりゅうふうはくじゅつ

        ──伊 勢 津 彦 神 風いせつひこのかみかぜ──

 なんてね」


 最早その言葉を聞く者もいない雨の中で、加賀利はそう呟いた。

 人の形をした黒炭に背を向け、加賀利は降りしきる雨の中悠々とその場を去っていった。




-----------------------------------




「そうと決まれば思い立ったが吉日、さっさとやることやんないと。『兵は神速を貴ぶ』ってお父さんなら言いそうね」


 思い立った加賀利の行動は迅速だった。

 北朝霞きたあさかの自宅に帰りシャワーを済ませた後には、即座に学校へ怪我の治療による長期休暇の連絡を入れ(事実不審者に襲われたのだから嘘はあんまり言っていない)、大家には暫く留守にする旨を伝え、早々に荷造りを始めていた。

 行方不明と伝えられる家族二人の安否を確認するべく、天津星アマツボシに取り入って実状を掴む。

 己から保護を断っておいてムシの良い話だと加賀利自身も思っているが、天津星アマツボシ総帥白樺神愚羅の実の娘という立場を行使すれば多少の無茶は効くだろうと楽観的に事を構えていた。

 つまるところが無計画ノープランである。

 幼い頃より衝動的な行動に出ることが多かった加賀利は、こうと決めたら己を曲げぬ猪武者いのししむしゃの如き娘であった。

 二十歳も間近となり多少は落ち着いたかに思えた彼女だが、こと此処ここに至って幼少期の悪癖が再発したと言える。

 姉・花芽智はそんな妹に手を焼き続け正直扱いかねていたのだが、本人はついぞ自覚を得ることは無かった!


「着替え、財布、携帯、お化粧品、それから鍵と免許証と……爪切りよし。くしと歯ブラシ、タオルよし。わかもとよし。ドライヤー……はいいか。ああ、あと充電器……パスポート? いるかな。いいやいれとこ。よし。オッケー、私完璧、えらい。それじゃあっ」


 加賀利は修学旅行におもむかんとする学生の如く大きなバッグの準備を終えると、それを難なく背負い自宅のドアを開けた。

 雨は止んだが未だ曇り空の残る夜中の22時。自然の明りは雲越しの月が微かに透けて見える程度で、一番星さえも空の彼方にその身を隠していた。

 加賀利はマンションの2階から飛び降ち、住宅街の屋根を駆け抜ける。

 地を歩くことさえも横着した加賀利の旅路は、果たして埼玉と東京の県境を丁度越えるかという辺りで早々に停止した。

 目の前には暗闇の中でも一際輝く濃紺色ネイビーブルーの星空。

 夜空の中にもう一つ夜空が浮かんでいるかのようなその明かりは、ぱちぱちと瞬くと目を丸くして遭遇者を見定めた。


「あらあらあらあらあら。まあまあまあまあまあ」


 夜空の瞳を湛えた人影は電柱の上を飛び交いながら加賀利の元へ降り立った。

 加賀利は相手を超越者アウターと察し、腰にぶら下げた『光忠みつただ』を鞘より素早く抜き取らんとして、


「お久しぶりですわ、花芽智様! 随分と姿を見かけないから、私大変心配していました」


「花芽智じゃないっ!」


 盛大に脱力した。

 何しろ夜の遭遇である。街路灯が周囲を照らしているとはいえ、相手の顔を認識するのは難しい。

 もとより加賀利は姉・花芽智と瓜二つの美貌を持っていた。親戚・縁者でもなければ見間違えるのも已む無しなのだが、それはそれとして加賀利の心境は大変複雑であった。


「えっ、あれ? あっ、本当だ香水の臭い!? 花芽智様じゃない!?」


「ええっ、おね、花芽智はそういうケアもしてないわけ?」


 加賀利は呆れた表情のまま眼前の人影──黒の長髪をサイドテールに纏めた女の様子を伺った。

 眼前の女は文字通りに目を白黒と輝かせながら加賀利をしげしげと眺めている。

 得体の知れぬ女である。花芽智を知っていてなおかつ超越者アウターともなれば、天津星アマツボシの関係者か、あるいは『マガツボシ』の構成員であろう。

 気を緩めてはいけない。たとえ相手がこちらに背を向け、口元を抑え上ずった声色で何事か静止を懇願こんがんしていようとも。


「…………ふうう。大変失礼いたしました。ではきっと貴女は花芽智様の妹様ですね? お噂はかねがね……そんなに聞いてはいないけど。かねがね」


「それは、どうも」


 噂の内容が気にならない事も無かったが、藪をつついて蛇を出すのもしゃくである。

 加賀利は短い返答に留め、相手からの言葉を待つことにした。

 その思惑を察したのか女はすっくと背を伸ばし、スカートの両端を指で摘んで軽い会釈の姿勢を取った。


「ああ、それでは改めまして。私は貴女の姉上様の大親友にして恋のキューピッド。再構成メタモルフォシスを得手とする邪視者ゲイザー紫宮しのみや禍翅音かばねと申します」


 気の抜けるような自己紹介を終えると、女──禍翅音は上目遣いで加賀利を見つめる

 それは果たして好意の表れであっただろうか。月明りに照らされた屋根の上、二人の超越者アウターは不格好な邂逅を果たした。

 禍翅音の瞳の中には星が煌めき、紅紫色マゼンダの光を爛々と輝かせていた。






--------------------------------------------------------------






「二部的な始まりしちゃいましたけど!?」

「しちまったな。いやー世の中どうなるかわかんねえなあおい」

「げえっ華撫羅先輩!!」

「げえっとはいい度胸じゃねーかこの野郎。オラッ先輩を敬う気持ちパワーを出せっ」

「何すかそのパワー知りませんよそのパワー! つーか俺のおまけコーナー出演率高すぎません!? 過労死するわオレ」

「仕方ねーだろ。かばねじょーちゃんとかがりじょーちゃんは今大事なとこだろ? かがちじょーちゃんは行方不明扱いだろ? シリアスブレイクしない程度にここで暴れられる奴っつーと今オレらしかいねーのっ」

「シリアスもくそもあるか、禍翅音の奴がなんか喋った時点で全部コントになるだろ!!」

「華撫羅チョップ!!」

「痛え!!」

「華撫羅チョップはパンチ力だ! てめえ女の子にそういう根拠の無ェ悪口言っちゃあならねえって教えただろうが~~~もう忘れたかこのクソコンチキ野郎ッ」

「痛い痛い痛いなんでチョークスリーパーかけながら説教すんのこの人!? 技かけられてる側が実況解説する側に回るのすげー疲れるんですけど!!」

「その苦しみがオレの怒りと八つ当たりだッッ!!」

「何言ってるかミリも分からねえよ!!??」


~閑話休題(それはさておき)~


「俺らも行方不明になってる可能性とかバチクソありますからね。あのワケわからん激突の中にいたんだし、それこそ死んでてもなんもおかしくねーって」

「馬鹿言えこの馬鹿可夢偉。略してバカムイ。ちゃんと逃走途中っぽい描写入ってただろうが、どうにでもなるわ。そもそも俺たちが死んでたらかばねじょーちゃんも死んでるだろ、頭使え可夢偉。頭つカムイ」

「人の名前で遊ぶのやめろ。アイツはなんか変なことして増えたり完全回復したり無敵に成ったり何でもできるじゃん。あいつを普通のか弱い女の子に数えるのだいぶノーカンでしょ」

「だからお前はモテねーんだよ!」

「関係ないだろ言いがかりだろ!?」

「つーか俺達がここで駄弁ってる時点でほぼ生存確定だろ? オメーこんなとこで喋ってるやつが死んでたら逆にヤベーわ。シリアルブレイクって奴だわ」

「シリアルは知らねーよ勝手に壊れればいいだろ! バレンタイン兄弟とか死にながら後書きで好き勝手やってたし全然わかりませんからねそれ。死者スレとかいうやつだってあるんだから」

「えっ何……お前死にたいの? こわっ。最近の若者の考えることなーんもわかんねえ。マジホラーだわ」

「言ってねえーーーーーーーーーーーーーーー!!!! 見てろよ、今後あの妹ちゃんをオレが超カッコよく助けて花芽智とのラブラブフラグ立てて見せますから。外堀から埋めていきますから」

「お前言動がダメな方の女たらしのそれだぞ」

「良い方の女たらしがあるみたいな言い方止めて下さいよ。あるんすかそんな人」

「現地妻を毎回作るタイプのヒーローとか山ほどいるだろ。ルパンザサードとかよ」

「ザサードって」

「ルパンザサーッて歌ってんだろが」

「そうっすけど……」

「そうだろ?」

「はい。     ああああああああこの人と二人で喋ってると何がなんだかなんも分かんなくなってくる!! 何だよ本編の補足とかそういうのする場所じゃねえのかここ!!?」

「うるせえな~~~後書きってのは好きに使えばいいんだよ好きに。注釈の世界ではシナリオとかプロットとか馬鹿げたモン必要ねーんだから」

「急に文系の頭良さそうな発言しないでください、脳の処理ができなくてバグって死ぬ!」

「お前案外繊細だな……そもそも俺はもともと頭いいからなそこそこ。天津星でもエリート様だかんな?」

「信じられねえ、『グリズリー・テンプル』とかいうイミフな名前付ける人なのに! 『獣のこめかみ』?! ワケわかんねーよマジで!!!」

「華撫羅カッター!!」

「痛え!! 待ってカッターって何!?」

「華撫羅カッターは岩砕くだ!!」

「だからカッターって何、何でカットしたの!? あっやめ痛い痛い痛い何でキャメルクラッチ、だから行動を実況で解説するのやめろよそういうのは台詞だけで進行するタイプの小説だけに許される暴挙でしょ痛い痛い痛い!!!」


──To be continued...──


「なんかいい感じに終わった雰囲気を出すなーーーーーーーッ!!!」

「そういうときはトホホもう後書きなんてコリゴリだよ~とか言っとけばいいんだバカムイコラ!!!」

「何なのアンタ!? もうワケわかんねえよ!! 適当にキーボードカチャカチャするのもいい加減にしろよな!!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る