その漆:道理と非道理が交差する

「さて、そいじゃーお前らに問題だ。そも、天津星アマツボシに喧嘩を売るような連中ってどーゆうんだと思う?」


 重明しげあき華撫羅かぶらは、コワモテな形相に似合わぬ仕草でソフトクリームをぺろぺろ舐めながら三人へ問いかけた。

 花芽智かがちはチャーハンを食す手を止め、その質問の意味をうんうん唸って考え始める。

 一行はサービスエリアに降り立ち、一時の休息ついでにレストランにて軽食をとっている真っ最中である。

 平日の午後にも関わらず、周囲は一般の客でごった返していた。

 電光掲示板は高速の行く先にて3kmの渋滞を伝えている。

 空は相変わらずの曇り模様。雨中の運転に備え、心身を休めているドライバーが多いのだろう。

 事実、一行を送り届ける運転手と倉光くらみつは社内に残り仮眠を取っていた。

 かくして花芽智かがち可夢偉かむい禍翅音かばねの三人と華撫羅かぶらのみが腹ごなしついでの雑談に華を咲かせている訳だった。


「うむむ。天津星アマツボシに牙を向ける悪辣の脳内を当てるのは、難しいですね」


花芽智かがち様は難しく考えすぎですわ。自分の嫌いな相手と戦う理由を考えると良いですよ」


「ま、適当に考えるなら、天津星アマツボシ憎しの犯罪組織とかでしょーね」


「適当に相応しい適当な答えだなコノヤロー。まあ大雑把にはそーだな。大雑把には」


 ハンバーガーを齧りながら可夢偉かむいは事も無げに答えた。

 天津星アマツボシへ恨みを持つ者は実際少なくない。

 国家に従順でない超越者アウターを弾圧していると言っても過言ではなく、当然反発する者も数多い。可夢偉かむいの推論は最もだろう。

 とはいえ天津星アマツボシは国家主導の超越者アウター大隊である。まともに矛を構えようとする輩はそうおらず、妨害を行うにしても精々一支部への嫌がらせなどの小規模な悪戯に収まっている。

 結果的に交戦へ至る事こそあれ、好んで宣戦布告を行うような者などそうはいない。


天津星アマツボシを敵に回すってこたぁ、ぶっちゃけ日本そのものとドンパチやるって事だかんな。俺らが超越者アウター犯罪に対応してんのは単純にそれが一番安上がりだからだし。もし俺らの手に負えないマジにヤバいヤツが相手なら、それこそ自衛隊だのイージス艦何だのがワーワー出てくる可能性だってある。相手がガキだろうとな」


 それを聞いて、花芽智かがちは絶句した。


 「それ……はまことですか重明しげあき殿。自衛隊を個人の排除に用いるなどという計画、いや方針がまかり通っていると?」


 彼女の原動力は言わずもがなの正義感である。しかし、同時に愛国精神もまた彼女を構築する基盤であった。

 故に彼女が母国へ抱く想いは、一種の憧憬どうけいめいた空想の域へ達している。

 その基盤を揺るがす事実。彼女の心を揺らすには十分な衝撃であった。


「排除は人聞きがわりーけどな。でもテロリスト対策って考えりゃ妥当だとうだろ。ミサイルが宙を飛んで来たら戦車が出てくる国だぜ? 超越者アウターはまだまだ未知の連中なんだから、過大評価なくらいが丁度いーの」


 華撫羅かぶらは一口でそこまで言い終えると、山と積まれたクリームを大きな口で頬張った。

 “史上初の超越者アウター”は、同時に“歴代最悪のテロ実行犯”でもあった。それは、現代の超越者アウターなら誰もが知るところである。

 たった一人の超越者アウターが418人の死傷者を生み出した最悪の歴史より僅か19年。超越者アウターは現代においても超一級の警戒対象である。

 今でこそ先進国における超越者アウターの人権も保証されている所ではあるが、かつては前時代的な監禁・拘束さえ行われていた次第なのだ。

 だからこそ、華撫羅かぶらの語る対応案は現実味を帯びる。花芽智かがちに反論の術は無い。

 超越者アウターは、既存の枠組みに捉えることが出来ぬからこそ超越者アウターと呼ばれているのだ。


「テロリストって考えりゃ分かりやすいだろ? それにとびきり危険なヤツは世界中からマークされっから、本気で天津星アマツボシとやり合おうって奴らに安住の地はねえ。お前らが思ってる以上に俺らの足元は盤石なんだよ」


「まあ抑止力としては申し分ないすけどね」


「つまり俺らに喧嘩を売ろうとする相手は、戦力差の計算も出来ないスーパーバカだ。つまり単なる禍津星マガツボシはバカだ」


「……はぁ……うん」


「まあっ、華撫羅かぶら様って聡明なのですね。禍翅音かばね、大いに憧れてしまいます」


 可夢偉はバカを見る目そのもので大笑いする華撫羅かぶらと手を叩く禍翅音かばねを眺めていたが、二人は特に気にした様子はない。


「でもでも禍翅音かばね思いつきました。確かに単なる犯罪組織の禍津星マガツボシはスーパーバカかもしれません。けれども、もし彼らが何らかの強力なコネを有している禍津星マガツボシなら、ややバカ程度になってしまうのではないでしょうか?」


「お、そこに気づく? 賢いじゃねーーーかよ禍翅音かばねちゃんはよ!! 可夢偉かむいお前も見習え」


「え? 今のでこいつより下扱いされるの? なんかおかしくない?」


「黙ってるやつが悪い」


 可夢偉かむいの抗議は黙殺された。

 可夢偉かむいの持っていた割りばしがみしりと嫌な音を立てたが、その後もつつがなく雑談は続く。


「ま、御察しの通り禍津星マガツボシはなんしかデケェとこのバックアップはあるだろうと言われてる。そうでもなきゃ、連中の情報が何も出てこねえわきゃねーしな」


「あるだろうっていうか確実にあるでしょ。単なるスーパーバカだったら今まで何の情報も出てこないわけないじゃん」


「なんせ創始者が“日本最初の超越者アウター柴垣しばがき嘉麻戸かまどだ。どんな連中が絡んでるか知れたもんじゃねえ。天津星アマツボシ内部にもヤツの信奉者がいるかもしれねーしな」


嘉麻戸かまど様という方は偉大だったのですね」


「だったらしいな。しかし、みょ~な事に嘉麻戸かまどのプロフィール周りの資料はことごとく紛失しちまってる。ヤツの情報は人伝ひとづての噂話以外何も残ってねえ。いつなんで天津星アマツボシを抜けたのか、どういう能力を持ってたのか。なんもかんもあやふやだ」


「……めんどくさい話っすねえ」


「あの」


 突然に声を出したのは白樺しらかば花芽智かがち

 先ほどまでのおずおずとした様子は消え、その顔は疑問の色を映している。


禍津星マガツボシは、その一切が謎に包まれた組織だと聞きました。柴垣しばがき嘉麻戸かまどの詳細も殆どが不明だと聞きます。ならばなぜ、かの組織の創始者が、その嘉麻戸かまどだと判っているのでしょう?」


「あん? 知らない? マジ? そっかその辺のもまだ全然話してなかったか~……まあ、理由自体は簡単だよ」


 華撫羅かぶらは眼鏡に付いた埃を布巾でふき取りながら、いとも簡単に返答を返した。


「丁度二年くらい前、嘉麻戸かまど本人が通告して来たンだよ。私は是より天津星アマツボシへ天誅を下す、ってな」




------------------------------------------------




 釈然しゃくぜんとしない気分のまま、休憩にもならない休憩は終わりを告げた。

 気分は先にも増して悪かった。禍翅音かばねだけは瞳を煌めかせ世の不条理を逃避していたが。

 曇天の空は黒ずみ、今にも落ちてきそうなほどに仄暗い。

 時計を見るとまだ14時だった。

 今から一時間後には本部に到着してあれやこれやの質問攻めに合うのだろう。

 顔を前に向き、けれど思考は空回ったままで、可夢偉かむい花芽智かがちは駐車場の上を歩いていた。


 結果としては、それが幸運であった。

 前触れなく二人の目の前を真紅の乗用車がすれ違い、そのまま他の車へと豪速で激突したのだ!

 盛大な爆発音を響かせ破砕する車! 立ち昇る煙と散らばる破片は、異常事態をこの上なく示していた!

 今一歩前に足を踏み出していたなら、まさに今飛んできた車体に身を貫かれ木っ端微塵となっていただろう!


「ッ超越者アウターか!?」


「くっそこんなとこでかよめんどくせえ!」


 抜刀、および針生成を行い車の飛来先を伺う三人!

 しかしその先には人影無し! 転送テレポートによる逃亡か、あるいは念動力サイコキネシスによる遠隔操作か!?

 幸いにも怪我人の出た様子はないが、既に客のうち複数名はパニックを起こし恐慌状態!

 ものの瞬き数回の間にも状況は悪化の一途を辿っていく!

 しかし手をこまねいている訳にもいかず! 素早く指示を下したのは、二人の一歩後ろを歩く華撫羅かぶらであった!


可夢偉かむい花芽智かがちの嬢ちゃん! テメェらは次の攻撃に備えろあわよくば犯人を捜せ! 禍翅音かばね倉光くらみつさんとドライバーのあんちゃんに連絡! 俺は客の避難と誘導をしてくる、わかったな? OK? よし解散!」


「えっああ? ああ、OK、OKOK!」


「承知!」


「はぁい」


 叫びながら人波へ走っていく華撫羅かぶらと携帯を取り出す禍翅音かばねを尻目に、花芽智かがち可夢偉かむいは手分けをして標的を捜索!

 花芽智かがちはひょいと高跳びしサービスエリアの屋上に降り立つ! 上を見上げ、周囲を見渡し、最後に眼下を見下ろして周囲の様子を伺うも、それらしき目標は見当たらず!

 ならば客の中に紛れ込んだかと人波に目を凝らすが、各々勝手に動き回る客達の中から怪しい者に当たりを付ける事困難この上なし!

 可夢偉かむいは駐車場を駆け巡り車内に残った一般人の救助、平行して下手人の捜索を行うが、やはりそれらしき者は見当たらず!

 手詰まりか! 一人一人の検分を行う暇も惜しい中、再び駐車中の車の一つがふわりと持ち上がり空中を飛翔!

 その向かう先は、今まさに避難を行おうとしている群衆の真っただ中! 悲鳴と怒号が飛び交う人波へ、一直線に鉄の塊が飛び込んで行く!

 しかし!


「『グリズリー・テンプル』ゥゥゥア!!!」


 突如、虚空に巨大な拳が出現し飛来車を真っ向から打ち据えた!!

 拳打によって吹き飛ばされた車は駐車場の上を滑り無人の空き地にて爆砕! 人命被害無し! 駐車場の外観粉砕!

 今まさに出現した拳こそ、群衆の前に立ちはだかる一人の超越者アウターの御業!

 重明しげあき華撫羅かぶらの有する超越能、『グリズリー・テンプル』である!!


「人様ァン中に車投げ込むたァふてぇ野郎じゃねえかよコンコンチクショウがよォォォーーー!!! 何ッ処のどいつだァ出てきやがれよアスファルトのシミにしてやッッからよォあああーーーーー!?!?!?」


 サービスエリア中に響く華撫羅かぶらの大声! 犯人への怒りが混じった暴音の怒声だ!

 しかし返事は無し! その事実にますますイラだつ華撫羅かぶらはシャドーボクシングによって怒りを発散!

 呆気にとられた花芽智かがち可夢偉かむいは一瞬華撫羅かぶらに目を奪われるが、すぐに犯人捜しを再開する!

 と、その直後に懐の携帯に倉光くらみつからの着信!


「こちらで確認した。おそらく外に下手人はいない。居るとしたら室内……いや、もっと正確に予測できそうだ」


 車を降りて避難客達へ合流していた倉光くらみつ天津星アマツボシドライバーは、車飛来時の群衆の様子を得て確信を得た!

 即ち、犯人は日の当たらぬ所からこの攻撃を行っているという推察!

 倉光くらみつ、ドライバー、禍翅音かばねの三人は土産屋とトイレくまなく探したが人間の気配は見当たらず!

 ならば、犯人の潜伏箇所は一体どこか!


倉光くらみつさんマジその勿体ぶった言い回し直してくんない!? で、どこ!」


「すまな……いや、ああ! 救護室だ!」


「承知!」


 救護室!

 今や真っ当なサービスエリアであれば満遍なく存在するその部屋は、未だ固く扉が閉ざされていた!

 真っ先に駆け付けた花芽智かがちは扉を蹴破り中を検分! すると目に入ったのは倒れてきた棚の下敷きとなり気を失っている男、そして寝台に寝転がったままうなされている年若い少女の姿だった!

 だが、一体これはどういうことか!? 少女は熱病に浮かされたかのように顔を赤く染め、異常な発汗を行い息を切らせている! そして、見開かれた瞳からは黄緑ライム色の光が漏れ出しているのだ!


「これ、は……まさか。『覚醒』か!!」




 覚醒!

 通常の人間から超越者アウターへの変貌は、何の前触れもなくある日突然訪れる!

 異常な発熱、吐き気、目眩、そして瞳の黄緑ライムの発光は超越者アウターへの覚醒の前兆!

 覚醒間際の超越者アウターは、本人でさえ己の能力の全貌を知らぬ!

 即ち、無意識の内に超越能を行使し甚大な被害を導く可能性大!

 超越者アウターの存在の隠蔽を生業とする天津星アマツボシは、覚醒した超越者アウターへの対策を余儀なくされているが──

 目下の所、絶対と言える超越者アウター無力化の目処は立っていないのだ!




「なんと厄介な、よりにもよってこんな時期に、ぐっ!」


 驚く間もなく、花芽智かがちは猛烈な力で入り口へ向け吹き飛ばされた!

 辛うじてレジカウンターを掴み、壁を盾とすることで体制を整えた花芽智かがちだが、未だ救護室からは暴風の如き力の奔流ほんりゅうが吹きすさぶ!

 室内の壁紙はめきめきと剥がれ落ち、戸棚は床を剥がれて宙を舞う!

 直後、外部にて再び爆発音! 駐車されていた車が何らかの手段によって破壊されたのだ!

 強力な念動力サイコキネシスの暴走! 力を行使する対象、強さ、方向、速度、その一切合切が滅茶苦茶となっている!

 後から追いついた可夢偉かむい禍翅音かばねは、部屋から漏れ出す黄緑ライムの光を見て状況を察知!

 しかしその合流は事態を好転させるには至らず、混迷は増すばかりであった!


「くそ、覚醒だと!? マジかよ、保護はスカウトとか隠ぺいの仕事だぜ! 俺らにゃノウハウも何もねえんだぞ!」


「しかし居合わせた以上やるしかあるまい! 品陶しなとう殿、あれの無力化を……できるか!?」


「できませんけど! 鎮圧っつって、戦意を削ぐか気絶させるかでの対応ばっかだったからな! 覚醒直後ってほとんど無意識で力使ってんだろ? どう無力化できるのかも分からん……あ、殺すなよ。間違っても殺すなよ。まだ一般人だからな。犯罪者でもなんでもないぞ」


「しかししかし、しかしだな! 具合によっては数多の死傷者が出る可能性もあるのだぞ、となれば早急に鎮圧すべきでは!?」


「頭でっかちの花芽智かがちちゃんめ! こういう時は高度の柔軟性じゅうなんせいを維持しつつ臨機応変りんきおうへんに対応するもの!」


「行き当たりばったりではないか!」


「しゃーないだろどーすりゃいいのかなんて分かんないんだから!」


「まあまあ、お二人とも落ち着いてくださいませ。喧嘩するほど云々とは申しますが、ここは一時矛を収めて止む無し気に入らずの共闘に走るべきかと。不本意な連携は精彩を欠き、結果として確執はさらに大きく」


「生モノで妄想すんのやめろやクソ女!!!」


「能力使えないんだからとっとと避難してて下さい!」


「ひどいひどい!」


 今まさに覚醒せんとする眼前の少女を前にして、三人の超越者アウターはまごまごを繰り返し事態は混迷を極めていた!

 その時!


「揃いも揃ってピーチクパーチク喚いてんじゃねえやみっともねェ……やれ仕方ねえ。ココはちょっくら“オニイサン”に任せな」


 華撫羅かぶら推参すいさん

 一同の背後よりぬっと出で立るその姿は多少の猫背となっていたが、それを感じさせぬ高身長が無言の威圧を伴っている!

 口の周りに残ったソフトクリームを舌で舐め取るその姿は、獲物を前に舌なめずりする肉食獣の様相であった!


「や、あの、華撫羅かぶら先輩!? 間違って怪我させたら大事っすよ大事」


重明しげあき殿が離れて群衆の方々は大丈夫なのでしょうか!?」


「っていうか自分でおにいさんって言っちゃうのめちゃくちゃ可愛くありませんか? かわいいですよね」


 即座に三者三様の突っ込みが入る!

 禍翅音かばねに至っては単なる性癖の暴露のようにも聞こえたが、それをも意に介さず華撫羅かぶらは悠々と足を前へ出していく!


「お前ら俺を何だと思ってんだよ失礼な奴だな。客に関しちゃドライバーのオッサンがいるからヘーキだろ。あの人俺らより強えぞ」


「そうなの!?」


「なんでも大地のマナを操る超越者アウターっつって、能力名は『ブリリアント・アゲート』……いや、この話は後だわな。心配しなくても、俺ぁお前らより数段のエリート様なンだよ。加減の用法くらい……」


 華撫羅かぶらはギュッと音を立て足を踏みしめ、姿勢を低く落として拳を握る! すると、彼の背後には再び拳の幻影が浮かび上がった!


「心得てッからなあ!!!」


 直後、華撫羅かぶらは両の拳を勢いよく前へ突き出した!

 幻影の拳は、少女の念動力サイコキネシスを物ともせず突き進み、進路上の全てを破壊していく!

 そして救護室を隔てる外壁を粉砕! 少女の姿が露わとなり、力の奔流は激しさを増していった!


「チッ、ガキじゃねえか! あの様子だとちょいと手間がかかるな。確かに諦める他にねえかもしれねえな……『俺以外には』なァ~~~!!」


 華撫羅かぶらは右足を上げ姿勢を落とす! すると、彼の足元に巨大な足の幻影が出現!

 そのまま実体と幻影の足が同時に地を蹴り上げ、華撫羅かぶらは暴走した念動力サイコキネシスの風を切り裂いてひとっ飛びで救護室へと弾丸の如く突っ込んでいった!


 華撫羅かぶらの超越能『グリズリー・テンプル』は、可視化された強力な念動力サイコキネシスである!

 手や足、肘、膝、果ては頭突きに至るまで、ありとあらゆる人体の攻撃を、実体を象った巨大な幻影ビジョンと共に再現する!

 その威力は苛烈の一言! 射程、破壊力、面積、重量、その全てが通常の攻撃の数百倍に上る!

 『そのあまりに巨大な破壊力と気迫によって、華撫羅かぶらの拳が実際に巨大化して見えるのだ』とも言う者もいるが、真実の順序は逆である!

 華撫羅かぶらは、強烈な思念を元に巨大な拳を実体化させることで、念動力サイコキネシスのパワーをコントロールしている!

 『こんだけデケェ拳で殴ってるんだから、相応のパワーがあってトーゼン』という短絡的かつ原始的な野生の思考により、これだけの破壊力を生み出しているのだ!

 正にシンプルな暴力の権化と言えよう!


「だがケンカ強えだけで世の中良くなるほど甘くはねェ!! んな事俺が一番よぅく分かってんだよ畜生め、上から目線であーだこーだ言いやがってジジイ共がクソムカつくマァジでムカつく!! だから! そう言ってくる連中を黙らせるくれぇにスーパーすげえ奴になった天才っつうのが、この俺華撫羅かぶら様だァ!!」


 跳躍の勢いのまま救護室へ達した華撫羅かぶらは、手刀を作り眼下の少女へ狙いを定める!

 同時に側面に幻影ビジョンの手刀が出現! しかし先ほどまでの拳とは異なり、その大きさは華撫羅かぶら本人の拳と同程度まで縮んでいる! そしてその矛先は少女の左肺を示していた!


経絡秘穴けいらくひこうォ! 名前忘れたけどなんかイイ感じの点穴てんけつ!!」


 そして振り下ろされた手刀は少女の胸元をあやまたず貫く!

 少女の身体は痙攣けいれんし跳ね飛んだが、出血の様子一切無し!

 すると少女の痙攣が大人しくなっていくと同時に、念動力の奔流が勢力を失っていく!

 最後に断末魔の如く、不可視の念動力が少女のベッドを蹴倒そうとするも、


「シャオラァ!!!」


 華撫羅かぶらは巨大な拳を以て、ベッドを地面へと押さえつけた!

 その轟音を最後に一帯は静寂に包まれ、動くものは身なりを整えている華撫羅かぶらだけとなった。

 髪をなでつけ埃をはらい、眼鏡を布巾で掃除してから深呼吸を一つ。そこまでの動作を終えて落ち着いたところで、華撫羅かぶらは大きく振り向いて観客かがちらの方向へ威張るのだった。


「フッ。どうよ」


「無茶苦茶だ」


 辺りには禍翅音かばねの拍手の音だけが虚しく鳴り響いた。




------------------------------------------------




 少女には一切の外傷はなく、身体は至って健康そのものだった。

 華撫羅かぶらは、経絡秘穴、要するに人体のツボを突き人体の“気”を操作することで鎮静と療治の作用を身体に覚えさせたと語る。

『グリズリー・テンプル』による圧倒的破壊力とは異なる、純然たる華撫羅かぶら本人による技巧の賜物。

 それによって覚醒の兆候を強制的に緩和させ、無事一向は少女を保護するに至った。


「ちょっと何言ってるかわかんないすね」


「当たり前だ。天才のオレだから会得できたコトだぜ」


「ちょっと何言ってるかわかんないすね」


 自信満々に手柄を語る華撫羅かぶらは、誰に向けたものか無闇に格好をつけたフォーマルな姿勢を保っていた。

 少女を背負い歩く可夢偉かむいはそれに追従しながら憎まれ口を叩くので手一杯。

 花芽智かがちはそんな二人の様子を面白くないといった目で見つめ、禍翅音かばねはそんな三人の様子を琥珀色アンバーの瞳できらきらと見守っていた。


「で、えーとアレっすかね。本部行きの俺らの車に一緒に乗せて保護してもらうのがいいっすかね?」


「ヘリだな。あれだけバカスカやった後だぞ。高速の交通網には期待するな」


「それもそっか。じゃあ暫くここで待機かあ……」


「本部への連絡は倉光くらみつさんが入れてくれているはずですから、じきに参りますよ。きっと」


「きっと何? 確実じゃない要素があるの? 怖いんだけど」


 語りながら一行はぼろぼろとなったサービスエリアを出て、駐車場へと辿り着いた。

 いつの間にか雲はすっかり消え果て、空には快晴の青が広がっている。

 数十台の車であふれていた駐車場は、スクラップが転がるゴミの山と化していた。

 炎上したいくつかの車からは絶え間なく黒煙が立ち昇っている。

 そして避難をしていた観客は、一人残らず昏倒していた!


「な……何だァーーーッ!!!?」


 一人残らずである!

 外傷や出血の様子こそないものの、百数人いた利用客は全員が全員日陰にて倒れ伏していた!

 その中には、倉光くらみつ古徳ことく及び彼らと道程を共にしたタクシードライバーの姿もあったのだ!

 全員が全員、その意識を喪失している!


「何事!? まさか、彼女とは異なる超越者アウターが!?」


「おい可夢偉かむい、その子一旦降ろせ。手が塞がってるとヤバそうだ!」


「言われなくてもやってるよ!」


 一同は降ろされた少女を囲むように背中合わせの円陣を組み、360度の視界を確保して周囲を見張る!

 しかし当人たち以外の人影は見当たらず、動植物の動く様子もなし!

 禍翅音かばねは携帯にて本部へ連絡を取ったが、電話は繋がらず途中で切れてしまった!

 孤立無援の異常事態である! 果たしてこれは如何に!?

 その時、唐突にサービスエリアのスピーカーから声が響く!


『……日本に住まう旧人類の諸君。お初にお目にかかる……』


「ヌウッ!?」


 聞こえてきたのは低い男の声!

 謎の昏倒事件から続いて到来した正体不明の声は一同を戦慄させ、更に続く言葉によって、一同は文字通り雷に打たれたような衝撃を受けることとなる!


『我々は禍津星マガツボシ。新人類たる超越者アウターによって組織された改革連盟である』


 長らく正体を露わにしなかった禍津星マガツボシ、それが己の正体を堂々と明かしているのだ!

 これを奇怪と呼ばずして何と呼ぼうか!

 混乱の真っ只中で、禍翅音かばねは手にした携帯の画面を凝視した!


「あっあれれ。この放送携帯からも聞こえますよ!? これなんかジャックされてますよジャック!」


「はァ!?」


 耳を澄ませば、男の声はスピーカーだけではなく彼らの所持している携帯からも響いていた!

 画面を見れば、そこに移っていたのは三人の男女と、白地に迷彩柄のコートを纏った奇妙な人物!

 彼らこそが己は禍津星マガツボシであると宣言した不届き者本人であった!


「ウソだろそんな古風な電波ジャック演出とか今どきあるか!?」


「この放映の範囲はどこまでだ? 次第によっては超越者アウターの存在が露見する最悪の事態に成り兼ねない!」


「うーん。この様子だと既になってるんじゃないですかねえ」


 呑気に返答を返した禍翅音かばねは、積みあがったスクラップの山を見つめていた!

 あろうことか、車内ラジオからも禍津星マガツボシの放送が響いているのである!

 何たることか! 彼らは己の、超越者アウターの存在を公然に暴露しようとしているのだ!


『超能力を得た新人類──超越者アウターの存在は、無知蒙昧むちもうまいにして脆弱ぜいじゃくな各国政府によって隠匿されてきた。知っているだろう。01年の人災を。04年の震災を。11年の厄災を。全ては我ら超越者アウターの仕業に他ならない』


『今現在も世界中に同胞はらからは潜んでおります。思うがままに振る舞い、快楽のままに壊し、恐悦きょうえつのままに世を混沌へ導く。全ては己が社会という旧き共同体を破壊し、新たな支配者となるために、で御座います』


『分かりやすう言うとな。今から超越者アウターっちゅー新しい人類が世界を支配する言うわけや。何の力もない旧人類の皆様には可哀想やけど犠牲になって貰うで』


『そうそうっ、正に今もあちらこちらで私達の無双は継続中! というわけで、VTRどうぞっ!』


 そして画面に映し出されたのは、数多の超越者アウターによる暴虐と暴力の証であった!

 崩落し塵芥ちりあくたへと変貌したトンネル、爆発テロによって廃墟と成った銀行、超越者アウター組織同士の激突により廃墟と化した郊外の荒れ地……

 映し出されるは、超越者アウターによる数々の破壊の跡! それどころか、正に天津星アマツボシと他超越者アウター組織との激突の模様さえもその映像は全世界へ向け流し始めていた!


「ば、誰の録画だこれは!? いつの間にこんな戦闘映像を記録していた!?」


「あ、これ確か去年の冬のやつですよ。『無言の猟犬』とかいう集団との戦闘。私は後ろで見てただけですけど」


「ちょっと待って、これ昨日のアレだよね!? セーラーVとの奴! なんで映像になってんだ!?」


「あンだこりゃ。これオレじゃねえか。ついさっきの車をブン殴ったスーパーカッコイイオレじゃねーか!!」


「いや待て待ていくらなんでもそれはおかしい。ついさっきの出来事を何故この場面で放映できる? 監視員でもいたのか? 何処に?」


「これをVTRって言って流すセンス最悪ですね。劣悪です。あの子も禍津星マガツボシの一員なんでしょうか? 極悪です」


「つーか完全に顔バレしてんじゃねーか。どーすんだこれ。俺らこれからグラサンとマスクで出かけなきゃならん系?」


「いや一番の問題は超越者アウターの存在がオープンになってる事だろ。どうすんだこれ」


 どうにもできず、どうにもならない。

 放送を止める手段はなく、妨害する手管てくだも持ち合わせてはいない。

 何よりも、目の前で無数の人間が昏倒しているという異常事態にさえ解決の糸を見出せていない。

 八方塞がりに陥った彼らは、いっそ現実逃避めいて与えられた情報に群がる他なかった。


 だからこそだろうか。

 邪悪の兆しに、気付く事ができなかったのは。


 それは、願ってもない機会ではあった。

 しかし、その機会が訪れるのはもう少し先の未来になるだろうと誰もが思っていた。

 けれども、予想よりも遥かに猶予は少なかった。


 彼らの前へ唐突に現れた人影は、白地に迷彩柄のコートを着込み、カウボーイハットで顔を隠した謎の人物。

 それは、先の放送にて映っていた存在とまったくの瓜二つ。

 今正に、天津星アマツボシにとっての最悪なる災厄を招いている張本人であった。


「さて。我々と初めに接触した天津星アマツボシの諸君というのは──君達で良いのだな」


 放映は続く。

 ありとあらゆるメディアは、超越者アウターによる破壊と闘争の様子を映し続ける。

 絶望がこだまする音を聞きながら、一同は己の運命と対峙した。


「私は現在禍津星マガツボシのトップを務めている者。四災神群しさいしんぐんが一、白虎しろとら刈留魔かるま。今日は後に差し障る余計な因縁を食い千切りに来た。何一つ許容出来ぬままに死ね」






------------------------------------------------






花「ぷんつくぷんつくぱやっぱー。というわけでなぜなにスバルのコーナーです! 本日の担当は私、花芽智と」

禍「私、禍翅音でお送りいたしますね。あら! 珍しい取り合わせですね」

花「日常回の割合が少ないのですよ。おかげで女子会の機会がさっぱり無くてすっぱり無くて」

禍「まあまあまあ。もしかしたら今後には出てくるかもしれませんし。初めての二人の共同作業っ、みたいなノリのわいきゃい耽美パートとか……!? まあっ! ……特に捗りませんね」

花「そうなんだ」

禍「だって、自分は異物なので……私は人の惚れた腫れたそのほか諸々の情念を眺めてわくわくしたいので。私に矢印が向くのは解釈違いなので。私が干渉するときは、既に完成した関係にメスを入れる時なので。花芽智様には可夢偉様と絡んで欲しいので?」

花「言ってることの9割分かりませんが、人の恋路を応援するのは素晴らしい心がけだと思われますよ!」

禍「やっだー、花芽智様ってば話がわかるーっ♪ 天然成分マシマシアブラカラメニンニク以下略♪」

花「では、雑談もそこそこにお便りを確認しましょう。本日はこちらです」

『超越者は、各々の有する能力のほかにも、頭脳や身体能力が発達すると言う話ですが、具体的にはどの程度という基準があるのでしょうか? もしあるのであれば、作品への解像度を高めるためにご教授いただけますでしょうか』

花「殊勝な心がけですね!」

禍「そう? なんか畏まりすぎて意味わからない分になってません?」

花「さて、基礎能力が上昇するという話でありますね。是はやはり個人差があります故、一概には言えませんが」

禍「ばっさり言うと作劇に便利とか絵面が生える程度の超人になれますね」

花「ばっさりすぎませんか」

禍「はあ~さっぱりさっぱり」

花「およそ平均的な超越者であれば、3m程度の跳躍、100mを5秒で走破する程の総力、瓦礫を素手で砕く程度の握力、160kmの投球をまともに受けても身動ぎしない耐久力、5000mを汗一つかかずに走破する持久力を有していると聞きます」

禍「うわっ……私達の身体スペック、高すぎ……?」

花「無論向き不向きはありますね。例えば、私は常日頃より鍛錬を欠かさず行っておりました故、品陶殿や紫宮殿より身体能力は高いと言えます」

禍「天津風所属の人はみんな申し訳程度の護衛術を習うので、私達でも近接格闘が全く出来ないって訳ではありませんよ~。念のため」

花「逆に倉光くらみつ殿は身体能力に恵まれず、病人の如き虚弱体質だと聞きますね」

禍「でもでも。そういう人は、脳の方面が発達していると聞いていますわ。すると倉光くらみつ殿は世紀の天才となっているのではっ?」

花「かもしれません。身体能力と比べると、知能の測定って可視化できないので私そのへんあんまり詳しくは……。頭が良い、と言ってもやはり分野の向き不向きはありますし。頭の回転が速いとか、計算が素早いとか」

禍「倉光くらみつ殿は?」

花「平行作業マルチタスクに長けているようです。それがどの程度素晴らしいのかは、私が浅学故に分かり兼ねますが」

禍「ぶっちゃけメインキャラじゃないからあんま設定してないよってことですね」

花「こらこら」

禍「超越者にも向き不向きはあるんですねえ。私はたぶん頭脳労働のほうが向いてるのではないでしょうか。闇のカプ厨ですので、常に脳内は妄想フル回転思考回路はショート寸前ですし」

花「無論、超越者の中でも体躯に優れた方は多くおられます。トレーニングを行う際は、通常の人間より数段ハードな代物にしなければ意味はないと聞きますので、なかなか皆さん苦労されておられるそうです」

禍「そう、それで疑問なんですけど……花芽智様、もりもり食べますよね。普段。肉とか。米とか。お魚とか。そのくせ体重51kgとか。健全な女子とは思えない程の摂取量と消化っぷり。私不思議でなりません。それだけのカロリーが一体何処へ消えているのか」

花「? 運動すれば消えますよ」

禍「うーん価値観の相違そぉい。普通食うだけ食えばそのエネルギーは体重とか腹とか二の腕とかに行くんですよスゴいですね。人体」

花「私からすれば紫宮殿の長身(167cm)で47kgというのもなかなかに摩訶不思議ではありますが……。さほど痩せぎすの様子でもなく、一体何故そのように軽々としているのか興味を惹かれるばかりです」

禍「えーと、これはねー。メンヘラの記号っていうか、不思議ちゃんっぽさのステータスっていうか。でも現実から逸脱しすぎない絶妙な塩梅の調整っていうか? あっこの体重いじりとかするの女子会っぽい! 女子会っぽくありません?」

花「え? うーん。どうなんでしょう」

禍「そうなんですよね。超越者も、少なくとも外見から伺える人体の構造は一般人とさほど変わりはないのです。なのに何故これほどに常軌を逸した力を持っているのか? すべては謎に包まれています。謎です。なぞなぞです」

花「誕生から20年ほどですので、生物学的な研究も進んでいないのでしょうか」

禍「うーんもうちょっとオカルトパワーだと思いますけどねー。まあ、その辺の話はおいおい発覚するかもしれませんし、しないかも。多分しないと思います」

花「結局あまりお便りの答えになっていないような」

禍「そうですねえ。例えるならば、可夢偉様が好むような、スーパーヒーローやライダー、少年ジャンプの主人公なたぐいと徒手空拳でやり合ったらまあ負けるよって程度の超人具合、くらいですね」

花「分かりづらい……」

禍「人間として考えるなら十分に脅威ですが、人間社会では単独で無双出来るほどのやり手ではない。そんな所でしょうか。無論、超越能抜きでこの評価ですので、本気で超越者が戦えば世界は大混乱でしょうが」

花「……傍迷惑この上ない」

禍「それが我々というものです。ああ、いけませんわ花芽智様。意気消沈の顔は、愛しのあの人が朝帰りした時のために取っておかなければ♪」

花「何言ってるか相変わらずわかりませんが。確かに前線で戦う我々が沈んでいては始まりませんね! 負けてはいられませんよ。次回はいよいよ禍津星幹部との決戦です故!」

禍「決戦になるといいですねえ。まあ、概ねの役者は揃ったようですので。この後は、ややもすると事態が大きく動くかも。そうでもないかも。どっちかかも。ですね」

花「そうと決まれば早速かの白虎なる輩の所業を観察しなければっ」

禍「なんか今回えらいこのコーナー長かったですね。まあたまにはこんな回があっても良いですね♪ ではまた今度。さよならスバル~♪」


花「しかしこれ、我々で並ぶとどちらが話しているのか解読し辛いのでは?」

禍「と言って花芽智様に常に戦闘中のような雄々しい喋り方をさせる訳にも。あっ、じゃあ私が語尾につねに♪をつけるのはどうでしょう。名案!」

可「鬱陶しいからやめろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る