その伍:久遠を映す万色のひとみ
天より現れたのは、セーラー服のような衣装に身を包んだ謎の女、セーラー
その純白の衣装とは不釣り合いな漆黒の羽根を纏いながら、女は校舎内の中庭へ降り立った。
屋上よりその様子を伺う
点や線ではなく面にて迫り来る鴉を前に回避手段無きやと判断した花芽智は、脇差を投擲し
その着地点は女の眼前、中庭の最中! 空を飛び回る
「で、えーと、なんつったっけ。セーラーヴァニッシュ?
「
「俺らに恨みを持ってる謎の集団の一人。以上。あ~、あと格好がイタい」
「承知。察するに返り討ちにすれば良いのだな」
顔を見合わせ頷いた二人、直後花芽智が前へ踏み出し前後衛の型で臨戦態勢を取る!
だが二人に必勝の策は在るのか!?
先の
そして数多の
眼前に
「え~っと、そっちの男の子がカムイ君。そっちのカッコイイ子がカガチちゃんね。二人の力はよ~っく知ってるわ、あの兄弟の頑張りのおかげで! だからこそ、わかるの! 貴方達の力では、私には絶対に勝てないんだからっ☆」
「待って俺はカッコよくないの?」
「だって貴方は衣装がダメダメ! 王子様には相応しくないもの!」
「タキシード仮面のどこが王子様だよコラ!!」
Tシャツパーカー黒ジーンズというあっさりコーデの品陶可夢偉、確かにこの
一方の花芽智はセーラーVの妄言に付き合う義理は無しとて、脇差を構え雷光を招来!
天地を穿つ一筋の稲妻は、今一度の開戦の
「
天より現れた稲妻によって雷の剣と化した
しかし無視し鴉は素早く舞い降りセーラーVの目前に参上! 身を横に傾け、円盤状の
そして役目を終え地へ落下してゆく
「そ~れっ、行きなさい私の
「おのれ、
花芽智は果敢に火雷天にて
然して花芽智が手間取っている間にどこからともなく
無数に増える
「
そう呟き援護に回るは品陶可夢偉!
辺りの草木や土砂を針へ変え、本体への攻撃に参加している!
いつの間にやら二人の上空に展開していた
「
見れば周囲の壁及び樹木には身動きの取れぬ鴉達の群れ!
質量を有する長針を用いて見事
かくして無力化された鴉を他所に、可夢偉は煌めく雷光の合間を縫って本体へも針を投擲していく!
なれども一向にその攻撃は届かず! 稲妻と針、その双方を防ぎ切るセーラーVの妙手とは!
「ちょっと~、しつこいわよ! こうなったら私も本気、出しちゃうんだから! 『ヴァニッシュ・スライスゥゥゥーーーーーーー・イィィィィン・フィニティ』!!」
至極単純! 彼女は、己の手元より
生誕と同時に己の役目を理解した鴉は、その身を傾かせ盾となる!
円盤状の盾と化した
一時でも攻撃を途絶えさせれば即攻撃に転ずる刃の盾! 花芽智・可夢偉はそうはさせじと絶え間なく攻撃を続ける!
然してセーラーVもまたそれは承知と
かくして三人の闘争は
(ちょっとヤダなこの調子。刻一刻こっちが不利だわ。リソースが微妙になってきた)
可夢偉、密やかに危惧! 針へと変化させるための材料が尽きかけているのだ!
可夢偉周囲の草木はとうに消え果て、彼は地面を抉って針を生成するに至っていた!
一方、二人同時に逃げれば今度はあちらが攻勢へ転ずる時! 無数に飛び交う
然らば彼は掘削紛いに土を掘り抜き針へと変換させる他なし! 彼の足元の土塊、針へと変換された代償にて既に凹み削られ数段陥没!
今や彼は時を稼ぎ相手の能力の本質を見極めるか、あわよくば救援の到着に賭ける他なくなっていた!!
しかし身を屈め足元の土をすくうにつれ、彼の針投擲は間違いなくその速度を落とし始めている!
何より腕が疲弊しているのだ! 限界は刻一刻と近づいている!
(やっばいな~今の俺めっちゃカッコ悪い。こんだけ中庭を荒らしたら後で倉光さんに怒られるし。服とかは出来るだけ使いたくねーが……しかし奴の
彼の『ピン・ピック・ピストル・バルブ』は生身を針へとすることは出来ないが、死体であればその
稲妻に焼かれ残骸と化した
無尽蔵に増えるセーラーVの
「つーかなんだよネーミングセンス、『ヴァニッシュ・スライス・インフィニティ』って? マジにインフィニティな訳があるか、ふざけやがってふざけやがって」
いまだ状況は千日手! しかし次なる手を思いつかなければやがてこちらが折れるは必至!
打開策も浮かばず! 何しろ膨大な破壊力を有する敵能力の全貌は未だ計り知れぬ!
「あの鴉を奴が使役してンのは確かだが、そこに付け入る隙は無さそうか……
沈黙。
「……──そうか。能力が多いんだな? まさかあいつ、
超越者の誕生から15年の月日がたった2014年、突如として現れた新たな
彼らは、複数の
出現比率は通常の
しかし、それはあくまで判明している人数に限ったものであり、実際は更なる多数の
そして、当然の如く彼らは──能力が多い分、通常の
「オイ花芽智今すぐこのコスプレ野郎ぶっ飛ばせ! 思ったよりずっとヤベぇぞコイツ!」
「やんやん、気づかれちゃった♪ でもちょっと遅いんじゃないのカムイ君~。いっその事このまま騙し通して不意打っちゃおうかとも思ったけど! 気づいちゃったなら、次のステップに行くしかないわね☆」
セーラーVは
「『ヴァニッシュ・テイマー!! クロォォォーーーーウ・テクスチャーーーーーーッ』!!!」
直後、セーラーVの背からは漆黒の両翼がばさりと広がる!
純白の衣装とは対照的な漆黒の翼! 無数の羽根が宙を飛び交い、セーラーVは軽々と空を舞う!
花芽智は
そして、はるか上空より爆雷の如く
「やっぱりだ! あいつ二つ持ってやがった!」
「
「多分
これはたまらぬとみた可夢偉、花芽智と共に中庭を脱し校舎内へと逃げ込みを図る!
すると地表へ達した
角を曲がり教室を経由してかく乱を試みる二人、しかし
屋内の鬼ごっこはやはり無謀と判断した花芽智は、
しかし先の追跡
「あ~これやっぱ鴉だか
「だろうな! 如何に出来る!?」
「同士討ちを狙えりゃ一番良いが、ちょっと思いつかん! 頑張って頑張る!」
「く、力押しか!
再度雷の刃にて迫る
フェイントを繰り返し巧みに回避を続ける
「なにっ!?」
「ウッソだろそこまで精密か!?
直後、足元より漏れ聞こえる破砕音&駆動音!
下よりの攻撃を予測して飛び退いた二人! しかしその予想は外れ、現れるはずであった
代わりに聞こえてくるのは絶え間なく続く破壊の模様! 木々がひしゃげ、窓枠が潰れ、ガラスが砕ける無数の轟音!
気づいた時にはもう遅い!
轟音と
花芽智は脇差を投擲しての
その手からは
そして更なる追い打ちが二人へ迫る! 眼下より今しがた破壊作業を終えたばかりの
上下左右より迫る
「があああーーー
「
瞬間、時間が凍結する。
二人の四方八方から迫り寄った無数の
そして勢いを失った
瞬き一つの間だけで、二人を追い詰めた
「なっ、なになに何が起こったの?」
セーラーVはここにきて初めて
二人の隠していた新能力か? いや、それならばこの段階まで温存する必要なし!
ならば考えられるのは第三者の介入のみ! しかし、この場にて突然現る援軍など一体どこに居るというのか?
いいや──初めから居たのだ!
何しろ彼女が襲撃を仕掛けた屋上には、三人の人物が居たではないか!
しかし、それもまたあり得ぬ筈である! 少なくとも、セーラーVはそのように認識していた!
「嘘でしょ、あんたは……中庭に降りてくる前、バラバラにしてやったでしょ!」
現れた人影を前にして、セーラーVはこの上なく戦慄!
その通り! 花芽智・可夢偉を
だからこそセーラーVは花芽智・可夢偉の二人のみに狙いを定め攻撃を続けたのだ!
しかし、今ここに居るその者は──身体どころか、衣服に至るまで傷一つなく──先と変わらぬ姿のまま平然と現れ、のんびりとした様子で呟いたのだ!
「ああ、やっと。お二方を視界に納めない位置取りを探していたら、
その者は、ふわりと空から現れると、
その瞳は
誰あろう、彼女こそ冒頭数文字の描写にてさらりと退場していた逆転の布石!
名を、
「ぶっちゃけ頼りたくなかったけどな」
「つれないこと。まあ、私が出張れば全て片付いてしまうので、わからなくもありませんけれど」
「お前の後片付け面倒くさいんだよ!」
禍翅音が温存されていた理由はただ一つ。
彼女の能力が、それはもうすこぶる被害の大きく厄介であるが故である!
それ故に、常日頃の彼女は作戦行動を禁じられており、
即ち、他者の承認無くば能力を行使できぬ
それも承認者は後に始末書を大量に片付けねばならぬため極力使用を控えられており、事実上の封印措置も同然!
能力の無断使用に対する罰則! その枷から逃れた禍翅音は、晴れ晴れとした様子で笑みを零した!
セーラーVはそんな禍翅音を見て憤慨! 中空で
「ふん、どんな異能を使ったか知らないけど、どっちみち一度死んだんでしょっ! だったらもっかい殺してあげる! 私の前ではどんな相手も、まな板の上のコイ同然なんだからっ☆」
「いいえ、死にません。私は決して滅びません。なぜなら禍翅音は、不変ですから」
「ッ何言ってんのかわかんないのよこの年増!」
「私はまだ21歳です」
「私なんて17歳よ!」
「うふふふ。よくも吠えることこの上無し。可愛い可愛い、本当に可愛い──けれども、
「ちょっと待って友人って誰? 俺らのこと?」
不敵に微笑む禍翅音の瞳が、
いい知れぬ恐怖を覚えたセーラーVは、即座に眼下の禍翅音へ向け
翼を広げた
そして、禍翅音は視た。
禍翅音は
他者が腕を振り上げる一動作の間に、
ならば。正面からの撃ち合いにおいて、
「『禍翅音理論:
禍翅音の視線に晒された
鋼鉄の
そしてそのまま猛スピードで突っ込んだ鴉は哀れ地面に激突しばらばらと砕け散っていくのだ!
たちまち辺りには
「何よ、まさかそれ
「まあ、石化だなんて
「知るかーっ!」
つまるところ石には違いないが、禍翅音はそれを頑なに否定した!
禍翅音は休む暇なく猛攻を加えんとセーラーVを己の視線にて串刺さんとするが、目前に彼女の姿無し!
硫化水銀と化して零れ落ちる端から、
二者は互いに様子見などという
既に紫暮学園旧校舎があった地点は、無数の残骸が
セーラーVは
先頭の
禍翅音は横跳びに走りながらその全貌を見届けんとするが、大きく翼を広げた
硫化水銀化する暇もないまま鴉達の接近を許してしまい、やむを得ず禍翅音はきりきり舞いにて回避へ移る!
しかし鴉達は禍翅音本人ではなく、周囲の足場へ達し駆動を開始!
崩落した校舎の資材の中を掘り進み、視線から免れたまま禍翅音の周囲を回転! 彼らは禍翅音の喉を掻っ切らんと機を伺うべく地中に潜伏したのだ!
さらに巻き起こる土埃が周囲を黄土色に染め禍翅音の視線を阻害! 地を掘り進む
「煙幕のつもりですか? 古典的な。それで私の
「…な~んちゃって☆ そう思ってるなら好都合! 一瞬目を逸らせりゃあ良いのよ!」
禍翅音が足元の
一瞬反応が遅れた禍翅音、空の彼方から自身へ向け一直線に突き進む
周囲を
猛スピードで飛び出してくる
上下2サイドからの再度の攻撃! 数の暴力を体現した戦法によってセーラーVは相手の恐怖を煽るのだ!
かくして禍翅音は絶体絶命!
迫る
可夢偉の針をも
だが、しかし!
「『禍翅音理論:
交差させた禍翅音の腕は、
「えっ、うそっ! 私の『ヴァニッシュ・スライス・テクスチャー』はダイヤモンドだってぶった切るのに!」
当然の如くセーラーV驚愕!
よくよく見ればその腕は、禍翅音の視線に晒されて流加水銀と化した銀朱色! 硬質化した腕が
「なんで!? なんでその腕そんな硬いの!? あんたが見て石んなった私の鴉たちは超脆かったじゃん!?」
いや、それは本当に銀朱だろうか? 目前の鴉達を払い捨てた禍翅音の腕は、静かに赤く煌めいている!
その色は一面の
「赤色硫化水銀──それは
「屁理屈をこねるなーっ!!」
どころか禍翅音は迫る
禍翅音は頭上へ目を向け、迫る
そのままセーラーVへ向けて受け止めた
「私の目の黒いうちは、物理的な手段は通用しないと思うことです」
付け焼刃の曖昧な空手スタイル! それは
普段より体躯を鍛えていなければ慰めにしかならぬはずのそれは、不壊の腕によって並ぶ者無き無敵の拳法と化していた!
禍翅音の目は、
「むっ、ムカっつくやつねえ! いいわ、そんなに
その直後、禍翅音の背後より
そして振り向いた禍翅音の視界が暗転する! 鴉より零れ落ちた漆黒の羽根が、禍翅音の目元を覆っていくのだ!
その羽根は不可思議なことに禍翅音の顔に張り付いて離れず! 腕を用いて引き剥がす他無し!
しかし、禍翅音に動揺の色見えず! 直立不動の姿勢のまま呆と立ち尽くし、風を切る
「『禍翅音理論:
しかし直後、禍翅音の周囲へ集った鴉達の身体が銀朱で覆われる!!
速度を落とした鴉達は失墜し、跳躍した禍翅音を追う事叶わず瓦礫の一部となった!
再度青い顔をしたのはセーラーVである! 目線を隠し異能を奪うのは対
にも関わらず、目隠しした禍翅音は平然と能力を行使した! しかも真後ろに位置した鴉にまで硫化水銀化は及んでいる! これは果たして如何なる事態か!?
「疑問ですか? なら種明かしをして差し上げます。私は、ただ診たに過ぎません」
みた。
音の並びは、これまでと全く同一。
しかし、禍翅音は以前と異なるニュアンスを込めて言い放った。
「今の鴉さん、羽根に怪我をしたのが混じっていましたね? 羽ばたきの感覚が均等でない方が混じっておられました。おそらく、可夢偉様が繋ぎ止めておいた方を、校舎崩落の際に解放して再度活用されたのでしょう。あまり強引に徴兵すると、嫌われてしまいますよ」
「わ、私と
ナイト、ね。
禍翅音は小さくそう呟いて、くすくすと笑った。
「ふふ、実は鴉さんの羽ばたき音を聴いてちょっとした診察を致しました。私こう見えて実家がお医者様でして、聴診には聞きかじり程度の知識が御座います。その経験を活かし、この耳にて鴉さんの様子を診させて頂きましたが……おや。診る、観る、見る……あらあら、同じ発音ですね! うふふ、これはうっかり。混同してしまいましたわ。てへぺろ」
何たる無茶! 彼女は同音の単語からなる行動を視覚情報と結び付け、強引に
目隠しの羽根を引き千切っておどける禍翅音の
「後出しで無茶苦茶やんのもいい加減にしろーーーーーッ!!!」
セーラーVの周囲を取り囲んでいた鴉達が、勢力はそのままに禍翅音へと迫る!
禍翅音は腕を
それは団子のように鴉を集めて禍翅音の邪視を防いでいたセーラーVの状態の再現! 外と内とが入れ替わり、禍翅音の
そして、禍翅音を覆った鴉団子は……硫化水銀へと変貌する様子を見せない!
「光を断てば、
生物がものを見ることが出来る原理、それは光の反射によるものである!
物質が放つ光情報を瞳孔が捉えることで、人間は視覚を有しているのだ!
光の一切存在しない暗闇の空間において、人の目は何一つ情報を得ることが出来ない!
目が機能しないと言う事は、
そして閉鎖空間内では無数の
鳥籠少女と化した禍翅音に、今度こそ逃れる術は無し!!
止めを刺すべく、団子の外部よりさらなる
ほくそ笑むセーラーV! 紫宮禍翅音、ついに命運尽きたか! 団子より時折まろびでる鮮血の量、人一人の致死量には十分!
その後もたっぷり60秒の間、惨劇のレイディオは響き続けた!
……そして、鴉団子は展開され、血潮の流れたその跡に残っていたのは。
五体満足の、紫宮禍翅音の姿である!
「なっ、なんでーーーーーっ!?」
「『禍翅音理論:
禍翅音の瞳はこれまでにも増して一際眩く煌めく! その輝き、永劫の輝きと称される
「自己を認識するという事は、己を見定めるということ。即ち私は己自身を見つめ直すことで、我が身を不変の象徴たる
「アンタ何言ってんの!?」
「つまり、
「うわあああああんもうこいつやだあああああああああ!!!」
------------------------------------------
「なあ、品陶殿。あれはインチキと違うか?」
花芽智・可夢偉の二人は、可夢偉の勧めにより戦闘の余波に巻き込まれぬ近場のビル屋上へと退避していた。
無論花芽智は禍翅音一人を残して行くことに渋ったが、可夢偉は『禍翅音がアレに負けることはない』と断言するので止むを得ず同調したのだ。
そして、実際禍翅音はセーラーVを圧倒している。何しろ禍翅音の
身を震わせた花芽智は、けれど目前で繰り広げられる戦への疑問を
「そりゃインチキだよ。お前のも俺のも大抵インチキだろうが、
「まあ……それはさもありなんだが。しかし、紫宮殿の語る理屈に意味はあるのか?」
「あいつの理屈に意味はないよ。少なくとも俺達にとっては。本人にとってはあるのかもしれんが」
「もしも紫宮殿の言動が全て真実となるのなら、まさに彼女は無敵ではないか。決して壊れず、死にもせず。そのような存在がまかり通るのか?」
「まかり通ってんだから仕方ないだろ。あのキチ〇イを俺らの常識で見るなよな。まあ、どうにか言葉で説明するとしたら~……あれは自己暗示みたいなもんなんだろ」
「自己暗示?」
「自分のついた嘘を、いつの間にか自分の中で真実にして正当化しちゃう奴っているだろ。アクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしたのに、車の故障だって主張し続けて裁判まで起こす奴とか。要するに禍翅音はそういうタイプの女で、そういう奴は
脇差を掲げれば稲妻が飛来する。手のひらで触れたものを針と化する。触れたものに鴉の羽根を生じさせ私益する。
それらはいずれも物理法則を超越した遥かな無茶の産物──神秘だ。
しかしその神秘は
故に、
己の能力の制約、そしてそれによって
だからこそ彼らは己の異能を
ファッションや資格、ペットのように己の異能に拘りを持つものほど、
己の身の丈と異能を合致させ研ぎ澄ましていく事こそ、
だがここに例外が存在する──
紫宮禍翅音は、己の異能『見たものを硫化水銀へと変える邪視』一つでは満足しなかった。
貪欲に力を求め、効果を求め、意味を求め、相関を求め、理屈を求め、応用を求め、奏功を求め、数を求めた。
そして辿り着いた境地。彼女は、彼女自身が提唱する理屈と理論によって、己の異能を強化していったのだ!
宗教家が己の考え出した宗派に傾倒するように! 学者が結論ありきで導いた理論に傾倒するように!
己の能力の拡張を求め、それらしい
そうして彼女の能力『禍翅音理論』は、まさにインチキとも呼べる無数の能力を持つに至ったのだ!
本人が『そう』と信ずる限りは、論理破綻を起こしていようが能力は権限し続ける!
禍翅音が『そう』と信ずる限り、彼女の生み出す理屈が捻じ曲げられる事はない! それは彼女の思想が
『変わらない』ということは『ダイヤモンドよりも砕けない』のだ!
------------------------------------------
「言ったでしょう。禍翅音は、不変なのです」
両目を黄金に輝かせ、仏陀の如く直立する禍翅音!
セーラーVは常軌を逸した相手を前に、全身をがくがくと震わせる他なし!
障壁として絶え間なく発生し続ける
自信の喪失!
そうして、半ば無意識のうちに後ずさった、その時!
ちゃぷ、とパンプスのかかとが得体の知れぬ液体に触れた!
「……え? な、なにこれ?」
視線を落としたセーラーVが見たのは、
いつの間にやら、周囲には似たような液体の水溜まりが散乱している!
「『禍翅音理論:
ぽつりと呟いた禍翅音の言葉に、セーラーVはびくりと身を震わせる。
チークの塗された明るい頬は最早見る影もなく、零れ落ちたアイシャドウの黒色が伝っていた。
「一度視たものをもう一度視たとき、私は硫化水銀を液体水銀へと変貌させます」
「は?」
「
「意味、わかんないし」
「では簡潔に申しましょう。そこな液体は、単なる水銀です」
ひいっと悲鳴を上げながらセーラーVは脚を上げた。
見れば、赤色硫化水銀の塊と化した
「ちなみに、その水銀は……ジメチル水銀って言いまして。簡潔に申せば、ものすごい猛毒です。肌からの摂取でも中毒になること間違いなしです」
「……えっ?」
セーラーVはふっと目線を落とし自らの様子を見る。
衣装のあちらこちらには
「
「は」
「まあ、この
「あ、ああああんた正気!? なにそのひっどい能力!? い、いや、いやいやつーかそんな脅しが効くわけないでしょバーカ!!」
「宜しいのですよ。今ここで貴女を見逃しても。それよりも貴女が今より数か月の間、どのような思いを抱きながら余命を過ごすのか。想像してみるだけで、私はとても楽しくて、うっ、ふふふ」
彼女の瞳は
ならば、今彼女が口にしたことも真実なのか? 今ここで確かめる術は無し。いや、あったとしても、それが事実であればセーラーVの身はとっくに取り返しの付かない事態へ陥っている!
液体の付着した彼女の衣装には、何ら神秘は宿っていない! 単なるコスプレ衣装なのだ!
「……ぶ」
激昂する。
「……ぶ、ぶっ殺してやるううううッ!!!!」
掌から
硫化水銀の残骸と化していく鴉、その隙間を駆け抜けて、三澤は禍翅音の喉へ手をかけ、細腕に見合わぬ剛力によって持ち上げる!
力の限り首を締め上げる三澤! 思考の暇が無ければ
暴力的かつ短絡的、だが論理的な思考から導き出された決死の直接攻撃である!
禍翅音の瞳はちかちかと点滅!
けれど、禍翅音は震える腕を持ち上げ三澤の腕へそっと乗せたかと思うと、息も絶え絶えにそっと呟いた。
「らんぼうな、ひと」
それは、哀れみの色を帯びていた。
今
それを向けられた三澤は、顔を歪めながら
「は? 何がよ」
「あなた、は。とりつくろうのを、やめてしまいま、したね」
「だから何だってのよッ!!!」
ぎゅう、と腕に力を込める。
みしみしと禍翅音の首骨が音を立て、瞬き数度の後には圧し折れんとするその刹那!
──三澤の背には、
「──は、」
なんで、と口に出そうとして、言葉にならず血の塊を吐く。
喉が血に浸食されていく。
息は通らず。言葉も産まれず。口からは赤黒い液体を吐き出すばかり。
何一つ状況のわからないまま、三澤は腕を離し倒れ伏した。
解放された禍翅音は、げほげほと咳き込み涙を流しながらもぞっとするような笑みを浮かべ、困惑に溺れる三澤を見下ろした。
「だめですよ。役を演じるなら、最後まできちんとやり遂げないと。でないと
宙には、目的を失い手前勝手に飛び回る
三澤は
触れた物に鴉の翼を取り付け、思うがままに操る彼女の異能、『ヴァニッシュ・テイマー・クロウ・テクスチャー』。
彼女は、
セーラーVの恰好は、役者へと入り込む
セーラーVの言動は、少女の品格を保つ
外見と内面の両側面から上下関係を構築し、自由自在に
それは強力であるが故に、上下の図式が乱れた際には、いとも簡単に
その刃は、今
怒りに駆られ、激情を
散々に
本性を現した女王に対する、小さな小さな市民の革命。
最早、彼女に先程までの力はない。
「嗚呼、あんなに硬い絆で結ばれていましたのに。こうも簡単に台無しになってしまうだなんて。哀しい哀しい、けれども
「……ッッッ!!!!!」
その怒りで、三澤は覚醒した。
彼女の有する能力は、
己の寿命と引き換えにして
“美人薄命の定めを背負う薄幸の魔法少女”という
けれども、それにも既に意味はない。
私を見下ろすこの女の首を、ぶった斬って道連れに出来るなら。
この微かな命も惜しくはない。
その後ろ向きの覚悟は、三澤の異能へ
成して──
切断した首からは血の一滴も
三澤を見下ろしていた禍翅音の背後には、更にそれを見下ろす禍翅音の姿があった。
「な…………ん」
「私、当事者になるのは嫌いです。遠くから非業の有様を眺めて、美味しく頂くのが一番素敵なので。
「
疑似的な分身。己の見ている己は、己を演じる赤の他人だという自己認識。
自分自身ですら物語を織り成す役者に過ぎず、世界の全てを外側から眺めているような気分。
不変と永久を実現したが故に、
それを実現する、
自分の一側面の
己を操る己という入れ子構造を空想する事で、第二第三の禍翅音を呼び寄せる
「──これが、私の能力。『禍翅音理論:
それを最期まで聞き届けただろうか。
三澤の瞳は、既に光を映していなかった。
禍翅音の瞳は、
-------------------------------------------
可「今回疲れたので後書き質問タイムはなしです」
花「おい!?」
可「後始末のことを考えただけでヘトヘトなので勘弁してください。何だろうねあの禍翅音とかいうやつ」
花「何あの御人……こわ……」
可「こわだよね。こわだし、あの水銀塗れあの後どうするんだ? って感じだし。ひどいよね」
花「え、あの水銀ってガチのヤバヤバ水銀なのか? 正気か?」
可「さあ。まあ怖くて誰も真偽を試す気にもならない。ホントのとこは禍翅音しか知らない。お約束だね」
花「校舎もさらっと壊されてるんですけど」
可「敵幹部(?)の参上と同時に拠点の崩壊は様式美だぜ。まあ本格的な登場から二話くらいしか経ってませんけど」
花「まだ続くのか、これ?」
可「さあ」
花「というわけで本日は省略でここまでです! それではまた次回。次回があれば!」
可「ここで
花「漢字四字の方は?」
可「それは作者のセンス。ごめん嘘。美的荒廃だけ借りもの」
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