その肆:悪巧みは密やかに厳かに

 休暇である!!

 昨日、図らずも非番中に超越者アウター犯罪に対応することとなった可夢偉かむい花芽智かがちは、上の厚意によって休暇を頂くことと相成った!

 然して花芽智は今日も糞真面目に定期巡回パトロールがてら食事処さんまるくへと肉を頬張りに出掛け、

 対する可夢偉はと言えば住居である紫暮しぐれ学園旧校舎にてくすぶっている次第である!


「うるせえ。休日の過ごし方くらい好きにさせろ」


 好きにしているらしい!




 そんなこんなで、彼、品陶しなとう可夢偉は旧校舎カフェテラスという名の中庭展望席にて、まだ雨水の乾ききっておらぬ湿った木製机の上に突っ伏していた。

 無論身体的な疲労もある。雨の中飛んだり跳ねたり口を動かしたり忙しなく動き続けていたのだ。疲れの溜まらない方がおかしかろう。

 さりとて、彼の疲労はどちらかといえば精神的な方面にあった。

 これは、花芽智に喧嘩を売りながらも意図を伝えることが出来ず見事コミュ障の本領を発揮してしまったが故の一人反省会の末路である。

 得てして可夢偉は己の道化癖を痛感していた。真面目に成り切れない軽薄な本性を、彼自身自覚して嫌っているのだ。

 周囲からはひそひそ話が聞こえるが、彼がその内容に耳を傾けることはない。別に気にもならない。気にする必要もない。

 どうせ昨日のあれこれの話だろう。外野の意見とか無視してOK。つーか自分でも整理がついてないのに余計な情報を入れたくない。

 というわけで、彼はにごった泥のような瞳で虚空を見つめているのだった。


「まあまあまあ可夢偉様、毛先にはえが止まっておりますよ」


 ……見つめていたのだが、そんな彼に不意に干渉してくる人影があり。

 可夢偉は鬱陶うっとうしいという気持ちを隠しもせずに顔を上げると、そこに居たのは絶世の美女。

 彼の目元を覗き込むその顔は、男なら誰もが恋に落ちるような柔らかな微笑みに満ちていた。

 だぼっとした長袖タートルネックのブラウスは、彼女の美しさを際立たせるシンプルな黒に彩られている。

 足元を見ると、目に映るのは鮮やかな青空色のロングスカート、そしてこれまた黒に染められたパンプス。

 つやのある漆黒の長髪は紫色のシュシュに纏められ、左側のサイドテールとなって腰辺りまで伸ばされている。

 宝石を思わせるような月白げっぱく菱形ひしがたイヤリングは、その黒髪に交わるエッセンス。

 そして陶器のように白い肌に浮かんだまなこには瞳孔が無く、その黒目は夜空の色に輝いていた。


「……ンだよ。過翅音かばねかよ」


 可夢偉は事も無げに呟き、再び目線を遠くへ戻した。相手をする価値もないと言わんばかりの明確な無視。

 過翅音かばねと呼ばれた女はわざとらしく頬を膨らますと、可夢偉の肩を掴んで無理やりに身体を起こした。


「やめろ~俺は今虚無と戦うので忙しいの」


「まあ、なんて愛想のないこと。私は可夢偉様を心配して、こうして顔を見に来たのですよ」


「お前に心配される筋合いはないよ」


「昨日の相手は邪視ゲイズの能力者と聞きましたわ。以前の私との組み手がお役にたったのではないでしょうか」


「あ~まあ経験が生きた気もするし特に関係なかった気もするな。でもあいつ弱かったしやっぱりあんま関係ないぜ」


「ひっどーい」


 可夢偉の顔を覗き込む過翅音の眼は、静かに煌めく濃紺色ディープブルーの夜空を映し出している。そしてその中には、ちらちらと瞬く星が見えていた。

 それは眼球を媒介とした異能を有する者の普遍的な特徴。黒目の中に、此の世とは異なる世界が広がっているのだ。

 彼女の名は紫宮しのみや過翅音かばね

 邪視ゲイズの異能を持つ天津星アマツボシ所属超越者アウターである。


「でも少し興味がありますね。邪視者ゲイザーって珍しいから、私以外の方の瞳ってあまり見たことないんです。どんな色で輝いていたんですか?」


「覗き込めるほど近くで見てねえよ。それは花芽智……白樺に聞いたほうが早いぞ多分。でもまあ太陽っぽい色のビーム撃ってたしそういう色なんじゃねえの。知らねえけど」


「気になりますねー。私も昨日一緒についていけば良かったかも」


「やめてね」


 途中、花芽智の名を聞いた過翅音の瞳がふっと嗜虐しぎゃくの色に染まる。

 それはまったく文字通りの意味で、過翅音の眼の夜空は先とは異なる紅紫色マゼンダへと変貌していた。

 過翅音の感情によって変化する瞳の色は、、彼女が常に本心を露わにしている事を意味していた。


「ところで、ね。花芽智様とは喧嘩別れをなさったのですか? 昨夜見かけた彼女、これまでになく眉間にしわを寄せた難しい表情をしていましたわ」


「知らん。花芽智に聞いてくれ」


「聞きましたが聞こえの良いいらえが帰ってきませんでしたので」


「お前なんでそういうとこでだけ手が早いの? ハーレイクインの末裔か何か? ……少なくとも喧嘩じゃあねえよ。悪気があったの俺だけだし」


「ふ、ふふっ。あ、いや失礼。そうですね、でも、花芽智様は頑固な方ですから、あまり問い詰めると引っ込みが聞かなくなってしまいますもの。目に浮かぶようですわ。うふふっ」


 笑みを堪え切れないといった様子で口元を抑える過翅音の瞳は、真紅スカーレットを飛び越え白桃ピンクに近づいていた。

 白銀色シルバーのマニキュアはそんな彼女の瞳に照らされいっそう明るく輝いている。

 それがまた一段と眩しさを作る要因となって、彼女のかおを煌めかせるのだ。

 可夢偉当初の塩対応の由来はここにあった。

 彼女は、他人の不幸、それも破局を三度の飯より好む倒錯者とうさくしゃだ。

 周囲をやきもきさせるような未進展のカップルが居れば、その二人をくっつけるためあれやこれやの手を焼き、そして二人の仲が丁度良い具合になれば火種を放り込んで不和を起こす。

 そうして人間同士の関係が過熱し、やがては冷めきっていく様子を見つめて興奮を覚える異常性癖を抱えている。

 幼い頃よりそのように過ごしてきた彼女は超越者アウターとなっても変わることなく、天津星アマツボシにおいてもその手管てくだを存分に発揮し数多の問題を引き起こした。

 かくして彼女は早々に悪女の名を頂戴する事となった。何しろかの可夢偉からも煙たがられているのだから、その嫌われっぷりと言ったら相当である。

 それでもめげずに彼女は離別を期待して人々の間を彷徨さまよっているのだが。

 何しろ、顔が良い。

 男性には無論のこと女性相手にも躊躇ちゅうちょなく言い寄り人の感情を揺さぶり続ける彼女は、上層部からもなかなかに問題視されていた。

 今では誰かとのペアを組んで任務にあたることを禁止され、単独での簡単な任務ばかりに従事している有様だ。

 それでも彼女は「労せず仕事をこなせて余暇よかは多いだなんて素晴らしい!」とよろこんでいるのだから手に負えない。

 傷害沙汰にならない程度にギリギリの火遊びを続ける彼女を法的手段で拘束することは出来ない。

 彼女の性癖を満たす行為それ自体に超越者アウターの力は一切使用されていないのだから。

 かくして彼女は辺境の支部にて飼い殺しのような扱いを受け続けているのだった。


「人の不幸をわらいにきたのはわかってんだよ。あんまり怒らせるとその目に針ぃ突っ込むぞ」


「まあ、それは怖いです。とってもとっても怖いですが、けれども此度こたびはそれとは別要件もありまして可夢偉様、実は少し面白くない話の言伝ことづてに参ったのです」


「……面白い話だろうとお前の口からは聞きたくない」


 そして彼女が近頃目を付けていたのが可夢偉と花芽智の二人である。

 ここに左遷いそうされて来た時点でその本性を白日の下に晒されていた過翅音を、可夢偉は当然の如く無視し続けた。

 一方花芽智も組織内の交流よりも外部の犯罪者へ目を向けることに忙しかったので、彼女の誘惑に引っかかる事もなく。

 過翅音の企みをことごとく回避し続ける二人の男女を前に、過翅音はいつになくヒートアップしていたのだった。

 彼女の瞳は赤白の点滅を始めている。それはもう現状が楽しくて楽しくて仕方がないといった様子で、可夢偉はそんな彼女の元から手早く離れたい気持ちで一杯だった。


「いえいえいえいえいえのいえ、確かに面白くはありませんが、これは昨日のお二方の活躍にまつわる大事な大事なお話です」


「銀行の修繕費を給料から天引きするって話ならしなくていい」


「来ておりませんわそんな話。むしろお二方の活躍は皆様称賛しております。それはそれはお褒めの言葉があちらこちらで花火のように、ってそうではなく。かの事件を起こした超越者アウター二人の身元についてです」


 可夢偉は億劫おっくうだという気持ちそのもののような動作でゆっくりと身体を起こし、溜め息をつきながら立ち上がった。


「……ほんとに面白くねえな」


「私はつまらない嘘は付きませんから!」


「お前の話全部つまらねえんだよ。……あー、素面しらふでそんな話してらンねえや。午後ティー買ってくる」


「可夢偉様はカフェインで酔っ払う性質たちなのですか? 蜘蛛の子の生まれ変わりだったりして」


「いや。お前の声聞いてると眠くなるから」


「ひどいひどい」


「そう思うならちょっとは悲しそうな目をしろ」


 彼女の瞳は相変わらず赤と桃の間を揺れ動いていた。




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「すまないね。休暇中だってのに呼び出して。しかし早急に君の意見を聞きたかったんだ。花芽智が居ればなお良かったが、まあ、出かけているのを呼び戻す程でもない」


「なんかどっちつかずの重要度すね」


 紫暮旧校舎校長室。無暗に広いこの部屋に呼び出された可夢偉は、傍でニコニコ微笑む過翅音を他所にソファに寝転がってくつろいでいた。

 そんな彼らに背を向けて滔々とうとうと語るのは紫暮学園の実質支部長倉光古徳くらみつことく

 右手でアナログの電報を記し続け、一方で可夢偉らと談話を行う彼は、マルチタスクの達人であった。

 可夢偉はそんな倉光くらみつのことをやや不気味に思いながらも、過翅音に比べれば遥かにマシだなと思い直した。その手と口は午後ティーをストローですするのに忙しい。


「んで、昨日のマリオブラザーズ兄弟がどうかしたんすか」


「ああ。昨日のマリオブラザーズ兄弟とやらの身元を調べた。一週間ほど前に超越者アウターとして覚醒したばかりの極々普通の一般人。それ以前は日雇いのアルバイトで日銭を稼いでいた風太郎ふうたろうで、特段珍しい話もない有り触れた兄弟だったのだが」


「だが?」


「事件を起こす二日程前、“アレ”との接触が確認されていてね」


 言葉が途切れ、室内は静寂に包まれた。

 倉光が筆を記す摩擦まさつ音を除いて物音一つないまま、5秒ほどの時間が過ぎ。

 不穏な気配を感じ取った過翅音の瞳が濃紅クリムゾン色に輝いたのを機に、可夢偉がストローから口を話して言葉を紡いだ。


「アレってどのアレすかね。思い当たる節がちょくちょくあってなんともかんとも」


「そうだな。……勿体ぶった話し方をする癖は直さんといかんな……。では改めて告げよう」


 倉光は手を止め、椅子ごと可夢偉達の方を振り向いた。


「彼らに接触したのは禍津星マガツボシだ」


 腰を落とし、可夢偉達の目線に合わせて語る倉光は目の隈を深めながら呟いた。

 可夢偉は険しい表情で倉光の目を見返した。その口元ではストローを噛み続けている。


「……あんまり聞き覚えがない方のアレっすね」


「ああ。君達には初めて話すかもしれんな」


 禍津星マガツボシ

 日本政府主導の超越者アウター組織である天津星アマツボシに対し、禍津星マガツボシ超越者アウター犯罪者集団によって結成された秘密組織である。

 天津星アマツボシを意識した名称からこちらに明確な敵対意思を持っている事だけは確かだが、その全貌は依然として知れない。時折禍津星マガツボシの使者を名乗る超越者アウターが現れ、場を荒らすだけ荒らして去っていく他は、現在まで目立った活動も見受けられなかった。

 正体不明、目的不明。つまるところが謎の秘密結社。それが禍津星マガツボシである。


「これは彼等なりの宣戦布告と取っても良いだろう。彼らは特Aクラスの危険思想集団だ。これまでは大人しく潜伏していたが、いよいよ連中も本格的にスカウトに乗り出したのかもしれん」


「スカウト競争とか嫌ですよ俺。めんどくさい」


「そこまでは期待されていないさ。我々は鎮圧部隊だからな。スカウトは専門の奴らに任せるよ。それはそれとして、連中が本格的に動き出したなら厄介なことになる」


「あのう」


 それまで黙っていた過翅音が、唐突に挙手し口を挟んだ。

 その目は深紫色アメジストを讃えている。可夢偉はこの色がどういう感情を意味するのか知らなかったが、おそらく疑問と不安とちょっとした好奇心を意味するのだろうな、と取り留めのない事を考えた。


「私、まがつぼしというのについてよく知らないのですが。なぜ上はそこをそんなに懸念しているのでしょう。管理下に無い超越者集団組織というだけなら、麝香じゃこうくノ一真宗会やマッド・マグナス・マーダースも在りますよね。実害を出している彼らを差し置いて、そのまがつぼしというのを特Aクラスまで危険視する理由は一体」


「そりゃお前……行方不明の超越者アウターの集まりってだけで危険だろ」


「でもでも、それなら西日本暴力団の最大勢力莉麻りま組や贅賦ぜっぷ組だって所有超越者アウター数は不明のままです。それらを差し置いて特別まがつぼしが警戒される所以ゆえんにはならないのでは」


「そっちは超越者周り以外の素性とかは割れてるだろ? まがつぼしってのは全部詳細不明だから危険なんだって……多分」


「……──そうだな。そこから話すべきだった。では聞こう。柴垣しばがき嘉麻戸かまどという名を知っているかね」


 過翅音は途端に黙り込み俯いた。その瞳は灰色グレーを彩っている。これはどうやら脳裏にハテナを浮かべている時の記号らしい。

 可夢偉は少しの間考え込むと、自信なさげにいらえを返した。


「……嘉麻戸かまどって……あれですよね? 日本最初の超越者アウターっていう。ここの座学でちょい習いましたけど」


「そうだ。彼は世界で四番目に存在が確認された超越者アウターでもある。そして柴垣嘉麻戸は、我々天津星アマツボシの創設メンバーでもあるのだ」


「そっちは初耳すね」


「初口だからな」


 午後ティーを空っぽにした可夢偉はゆっくりと身を起こしソファーに座りなおしていた。

 倉光の勿体ぶった言い回しは面白くもないが、かといって冗談も面白くはないな、などと失礼なことを考えながら。

 そも、今まで寝転がっていたままだったのが既に人の話を聞く態度として無礼極まるのだが。


「気にいったんすかその言い回し? こちとら初耳ばっかで今混乱の真っただ中ですよ。……まあOK、わかりました。そんで、その日本最初の超越者アウターにして我々の大先輩である嘉麻戸さんが、我々のライバル組織であるかもしれない禍津星マガツボシと如何なる関係なんで」


「彼こそが禍津星マガツボシの創始者なのだよ」


 再度言葉が途切れる。

 今度こそ室内は物音一つない静寂に包まれた。

 深刻に眉間の皺を深める倉光とは対照的に、可夢偉と過翅音はいまいち要領を得ない表情を浮かべているが。

 やがて可夢偉は脳裏に到来した感情を躊躇なく口にするのだった。


「…………めんどくさ」


「ああ。めんどくさいな」




 倉光は禍津星マガツボシに繋がる手掛かりを入手したかったようだが、今日初めてその存在を知った可夢偉には当然知る由もなく。

 生き残った犯罪者兄弟の緑弟の方からの尋問も目覚ましい効果は出ていないらしい。

 結局のところ、可夢偉の面談は「禍津星マガツボシという組織に気をつけろ」という啓発けいはつのみに留まった。

 気をつけろと言われても特別対処が出来る訳もなく、なんとなく意識を改める程度のことしか出来ないのだが。


「っつーかなんでお前も一緒に聞いてたワケ? 倉光さんが呼んだの俺でしょ」


「ええ? だって面白そうでしたもの。それにあの様子では近く皆様にお触れがでるでしょうし、なら私が一足先に知っていたところで害はありません。事実、追い出されませんでしたのでさしたる迷惑ではないかと」


「お前の存在そのものが害だよ」


「あっまたひどい。嗚呼、でもツンツンに当たってくる可夢偉様も素敵です。それにそう、可夢偉様と古徳様が眼を合わせて睨み合う御姿、それだけで過翅音はもううふふうふふっうふふふふふ」


 過翅音は先の光景を夢想してにやつき、瞳を葡萄酒色ワインレッドに輝かせた。

 彼女は破局の週末が最大の楽しみというだけで、人が関係性を育む過程なら何でも糧に出来るらしい。

 歩くたびにギシギシと音が鳴る廊下の上で、彼女はふらりふらりと酩酊めいていしたように踊っていた。

 夕暮れの色に照らされた彼女のかんばせは、それはそれは画になるような美しさだったが。


「……目の前にいる相手で想像するのやめろよ」


「ああ、失礼、けれど癖で本当に仕方なく。不本意なのですが本当に仕方なく」


「本当に失礼だよ。あーなんかどっと疲れた。部屋帰って寝よ」


 過翅音の戯言ざれごとを無視して中庭に出た可夢偉は、午後ティーのペットボトルを放り投げて愛しの寝床へ帰りだした。

 どこか足取りが覚束おぼつかぬのは、背後の妄想女に付き纏われた疲労感故だろうか。

 たしかレトルトのカレーがまだ仕舞ってあったはずだなと夕食の算段を付けながらほとんど無意識に歩く可夢偉は、


「う」


 ──目の前を通り掛かった花芽智を見て、足を止めた。

 そのまま、彼女がこちらに気付かず二階へと上がっていくまで、可夢偉は動くことができなかった。


「…………」


 可夢偉は、自分の情けなさに愕然としながら、背後から微かに見える茜色カーマインをうんざりとした目で見つめていた。




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 その次の日!

 紫暮学園支部の超越者アウター全18名、内15名は全て出払い校舎を留守としていた!

 後に残るは花芽智、可夢偉、過翅音の三人。彼女らは警戒を怠らぬよう三者揃いて屋上警備にあたっていた。

 快晴の空の下、一様に双眼鏡を覗き片手間サンドイッチを頬張りつつフェンスの上にて腰掛ける一同!

 要するに、現在の彼女らは待機組である!


「……何故私が出動ではなく警護の扱いなのです!? いきませぬ納得がいきませぬ!」


「まあまあまあ花芽智様、それは我々が得てして嫌われ者だからでございますわ」


「それお前だけだよ。俺と花芽智は単に一昨日の疲れが残ってるって判断されたんだよ」


「いけず! 可夢偉様のいけず!」


 西宮にしのみや市を根城とする邪悪超越者アウター犯罪者集団、マッド・マグナス・マーダーズの一斉発起によって総員出動を余儀なくされた紫暮学園支部は、支部長倉光を含め全員が事態の鎮圧ちんあつおもむいていた!

 耳を凝らせば戦闘の様子も漏れ聞こえるが、その戦場は遥か彼方! その様子を窺い知ることは出来ない!

 よって彼らはここ旧校舎を守護するべく万一に備えるほかないのであった。つまるところ、暇をしている!


「歯痒いことこの上なし。己が身の華奢きゃしゃな事を呪うばかりでありまする」


「その身体で俺より体力あるくせに……いや、なんでもないよ。なんでもないです」


「かく言う可夢偉殿と……えーと、過翅音殿はさっぱり警戒任務を放棄しているように見受けられますが? サボタージュという奴ですか? 次第によってはここで首を落としまするが」


「やめろすぐ妖怪首おいてけになるな。俺はあれよ。校舎の周りに針を張り巡らしといてとっくに警戒態勢よ」


「何やってんの」


「少なくともテクテク歩いたりバイクかっとばしたり地中を掘り進んでくる奴はそれだけでもう完全に察知できるよ。音の反響とか? そういうのでわかる」


「なにそれすごい。本当か?」


「本当。これまで黙ってたが実は俺はスゴいんだぜ。まあホークアイくらいはすごい」


「針を張り巡らし……ふ、ふふっ、うふふふ」


 過翅音は不意の駄洒落だじゃれに気を取られ目を白黒させながら笑っていた。それはもう文字通りに瞳の色が白黒に点滅しているのである。花芽智と可夢偉はそれを怪訝けげんな顔で見つめていたが、すぐに警戒のため顔を外へ向け直した。

 眼下の地上を覗き込むと、確かに柵めいて校舎は数多の針で囲われている。可夢偉の言動が真であればこの上ない盤石ばんじゃくな警護だろう。ただ、その後の路面は見るも無残な穴ぼこまみれとなるだろうが。


「……もう少し後片付けの楽な方法はないのか?」


「世の中苦労なしで得られる安全はないんだよ。また一つ勉強になったな? んな訳で警戒すべきは空を飛んでくる奴とか屋根の上を走ってくる奴だけ。はいかなり楽になった。わー俺様すごい。これは褒められてしかるべき」


「はいはいすごいすごい。……まあ不服はありますが、任と言うなら止むを得ず。役割に従事すると致しましょう」


 過翅音はそんな二人の様子を微笑みながら見つめていた。瞳は薄桃色パールの様相をなし、二人の背をムーディーに照らしている。

 御覧の通り過翅音は完膚なきまでにサボっているのだが、花芽智も可夢偉も今以上に糾弾きゅうだんするつもりはなかった。言い含めても態度を改めることはあるまいという諦観ていかんから、二人は過翅音を無視することに決めたのだ。


「えいえい」


 決めたのだが、過翅音が頬を突っついたり背後からあすなろ抱きを試みたりと度々邪魔を試みてくるので沸点ふってんは早々に限度を超えた。


「えいえい」


「えいえいじゃねーーーーーよお前スキンシップ下手糞丸か!? そのぎんぎらぎんのネイルがな!? ネイルが刺さって痛いんだよ!!」


「まあっ、怒りましたか可夢偉様? けれどその険しいお顔も素敵です。でも不思議ですね。仕事中の接触と適度な痛みは、背徳感が素敵なスパイスとなってこれまで評判でしたのに」


「なあ彼女は頭がおかしいのか品陶殿? やっぱり首を落としていいか品陶殿?」


「やめろそれはやめろ。こいつは間違いなくキ〇ガイだがそれはやめろ」


 かくして任務どころでなくぎゃーぎゃーとわめく三人。

 それはとうに偵察の型ではなく、およそ青年達のじゃれ合いに至っていた。




 その頭上に、いびつなな黒い影が飛来する。

 まるで円盤のようなその影は、空中を鳥のように羽ばたいていたかと思うと突然急降下!

 響き渡るは風を裂く音! ギュイイイイと空気をも振るわせるようなやかましい音を纏い、影は一行の元へ舞い降りる!

 油断あなどり真っ盛りであった三人だが、その轟音に気付かぬほど間抜けではない!

 可夢偉は手元のサンドイッチを長突針レイピアへと変え、迫る影を打ち据えるべく剛速の勢いで降り抜いた!


 しかし次の瞬間、長突針レイピアは宙を舞う!

 見よ、この切口を! 長突針レイピアは影と接触した瞬間見事にぶった斬られてしまい根本より二つに分断されたのだ!


「おお!?」


「危うし!!」


 そのまま可夢偉の眼前へ迫る影! その激突の直前、花芽智は脇差を影へ強く突き刺しその軌道を逸らすことに成功!

 しかし突撃の手応えなし! 金属同士が擦れ合うような音を鳴らしつつも、影は未だに動き続ける!

 狙いの逸れた影は屋上の地面へ突撃し埋没! そのままギュイイイと駆動音をやかましく呻かせ、屋上中を縦横無尽に駆け巡った!

 三人はたまらぬと飛び跳ね空中に退避! 影はさめの背びれのように上半分のみを露出しながら、屋上の地面を切り裂いていく!

 だがその様を観察する猶予ゆうよもなし! 周囲を見れば、同種の影が更なる群れを成して空中より迫りよっていた!!


「チッ、なんだこいつ! 鳥か飛行機か、いいや円盤か!」


 可夢偉はポッケの石ころを握りしめ針へと変換し宙の影達へ投擲! しかし、パキンという小気味良い音と共に針は再び真っ二つに両断!

 その様を見た花芽智、脇差をくるりと手元で回しそのまま中空へ投げ飛ばした! 脇差はくるくると高速で回転しながら滞空!


火 雷 天 迅 雷からいてんじんらい!!!」


 そして快晴の天より突如稲妻がほとばしる! 稲妻は宙の脇差をあやまたず貫くと、そのまま脇差の回転に合わせぎ払うように雷光が空をはしる!!

 雷光の刃に貫かれた影はその全てが勢いを失い、ぶすぶすと焦げ付く音を交えて地面へと落下!

 屋上を走っていた影もまた雷に巻き込まれ機能停止! 空に在った無数の影は、全て火雷天迅雷からいてんじんらいによって撃墜された!

 かくして三人は傷だらけの屋上へと着地、一先ずの襲撃を乗り越えた!


「ホントに空から来やがるとはな。おい過翅音、俺たちは辺りを警戒するから今の変な影が何だったか確認しろすぐにだ」


「はいはい、これは……何ですこれ? えっと、これは、円状ののこぎり……ですね? のこぎりに……からすの翼が生えております!」


 意味の分からない言動に思わず振り向く可夢偉! しかしそれは決して悪辣な冗談ではなかった!

 事実、生えているのだ! 円盤状ののこぎり、その中央から生える二対の羽根! それは紛れもなく鴉の漆黒の翼であった!


「また変なキメラだな! 超越者アウターに間違いはないだろうが、どこのバカの仕業だ!?」


 すると、程なく空より人影が出現!

 二匹のからすの背に足を付けて現れたその者は、目を見張るようなまばゆい金髪を垂れ流し、純白の衣装を纏った麗人だった!

 身体のラインを際立たせるスリムなセーラー服! 太ももを過剰に露出した群青のミニスカート! 手袋とタイツで覆った白い四肢に、オレンジのパンプスでアクセント! そして黄金のティアラとブローチをこれ見よがしに目立たせて、真紅の口紅、桃色の頬、両のまなこは明るい藍色!

 フィクションに出てくる魔法少女のような、場違いな存在がそこにいた!


「まあ。綺麗」


「……どこのバカだ!?」


「私は天満てんまん鳴神なるかみ術継承者筆頭候補にして白樺家長女、白樺花芽智! 貴様は何者だ、名を名乗れ!」


 空の女はわざとらしい程に大きな笑みを作り、腕を高く掲げ声を張り上げた!

 からすの黒い羽根を舞い散らせる、大袈裟おおげさ素っ頓狂すっとんきょうな演出と共に!


「私は禍津星マガツボシ尖兵二十五番、コードネームはセーラーヴァニッシュ! 卑劣な我らの邪魔者を、天星てんせいに代わっておしおきよっ♪」






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花「ぺっぺれぺーぺっぺれぺーぺっぺっぺっぺっぺ。」

花「お待たせしました! 本日のなぜなに花芽智の時間です!

可「タイトルしょっちゅう変えるなお前……」

花「思うがまま書いてたらあとがき無駄に長くなりそうなので今回導入は簡単に行きましょう。本日の質問はこちらです!」

 『天津星アマツボシについてもう少し詳しく知りたいです。超越者アウターのみで構成された自衛隊みたいなものなんですか?』

花「とのことです。如何でしょう、品陶殿」

可「ニュアンスとしては合ってんじゃねえの。腰の重さは自衛隊よりゃめちゃくちゃ軽いけど。よくあるだろ、秘密警察とか。機動警察とか、UGNとかHOLDのホーリーとか。まあそんなんだよ」

花「まあよくあるフィクションの治安維持用組織みたいなあれですよね」

可「超越者アウターなんてほとんどオーヴァードとかアルター使いみたいなもんだもんな」

花「しーっ」

可「だって名前からしてまんまパクリだぞ。Outerでアウターだもの」

花「やめましょう。やめましょうね」

可「さて、じゃあ本編で長々語るとダレてたのでなあなあで済ませてた天津星アマツボシについてざっくり説明しよう。超高速解説だ。目を回すなよ?」

花「やめてあげて」

可「天津星アマツボシは国家主導の秘密組織だ。超越者アウター犯罪に対抗するための武装組織でもあり、単に国内の超越者アウター全般への支援組織でもあるな。要するに日本の超越者アウター周りの面倒全部引き受けてる苦労人の集まりだ。なにせ超越者アウターの事はおおやけには存在しないってことになってるからな。まあなんとしち面倒くさいことよ、やれ参った参った隣の神社」

花「手間ですね。超能力者は世の中に存在します、と公開出来ない理由はなんでしょう」

可「そりゃ急にそんなん公開されても世の中パニックになるに決まってるだろ。人間ってのは異物を排斥はいせきするように出来てるんだよ。自身を超越者アウターだと公表した奴が一般社会に馴染める訳ないね。最悪デビルマンみたいに疑心暗鬼に陥って超越者アウター狩りが始まるぜ」

花「ち、違……そんなつもりじゃ……」

可「閑話休題(それはさておき)。天津星アマツボシは国内の超越者アウターが一般社会に馴染めるよう彼らに支援を行っているが、それとは別に、国家に特別協力的な超越者アウターに関しては疑似的な徴兵制度を通過した上で軍事戦力として計上している。つまり俺らみたいな奴のことだな。俗語で曰く国家所属超越者グランアウターってやつだ。色々倫理的に問題ありそうな気もするが、超越者アウター相手の法律とかどこの国もみんな手探りな訳で、おおむね扱いかねているのが現状だ。保護という名の軟禁やってる国もあるんだってさ。幸いここ日本はそのへん結構緩いけどな。基本的人権の尊重っていう有難い代物のおかげで」

花「休暇には自由な外出が許されるくらいには緩いですよ!」

可「まあ完全フリーな休暇ってのもあんまないけどな……。国家所属超越者グランアウターの仕事は単純で、超越者アウター犯罪対策および鎮圧と、その他災害とか諸々有事の際の救助活動ってとこ。所謂いわゆる便利屋だな。自衛隊とかとは違って集団行動は望めないから、実際にどうするかは現場の判断にかなり左右されているが」

花「都合の良い設定でありますね」

可「楽だろ? 権力と自由を両方使えるのって。ま、出動のない普段は座学で超越者について学んだり、体力作りに勤しんだり、形だけの集団行動訓練を行ったり、あとは個々人によるが異能スーパーパワーの使い方の訓練や組手とかそういうのだよ。未成年には義務教育めいた事をさせてもいるが。まあ暇なときは割とみんな暇だよ」

花「都合の良い設定でありますね」

可「楽だろ? 何やっても国が責任をおっかぶってくれるのって」

花「まあ」

可「言うて設立されたのも15年前だしな。そっから今の自由な校風?になるまで色々あったんだってさ。法整備は結局全然出来てないし、仕方ないから各種スポーツのコーチを呼んで体育会系紛いの教育に従事してるくらいだ。結局誰も超越者アウターへの取扱説明書なんて作れちゃいねえのさ」

花「大変ですねえ。超越者アウター刑務所とかちゃんと機能してるんですか?」

可「……さあ。少なくとも俺は超越者アウターの力を封じる不思議な道具クリプトナイトがあるって話は知らないな」

花「いつか明らかになるのでしょうかね」

可「アベンジャーズにシーハルクが合流する頃にはなるかもね」

花「分かり辛い例えをするな」

可「するかもしれないししないかもしれないってことで」

花「ノープランって事ですね」

可「そうとも言う」

花「ではお後がよろしいようで。また来週~」

可「来週なの?」

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