その参:閃光煌めき心は揺らめき

 超越者アウター、相対!

 古今東西、超越者アウター同士の争いと言えば腹の探り合いが基本である。

 如何にして己の持つ能力を隠し通したまま、相手の能力を看破するか。

 如何にして相手の攻撃を回避し続けたまま、己の能力を御披露するか。

 理想形は一撃必殺。上手くいかなければ泥仕合。

 不意打ち騙し討ちからの即殺こそが超越者アウター戦の華であり、そうとは行かずとも己の異能いのうは隠し通すが常である。


 だからこそ、と言うべきか。

 あっさりと己の能力を披露した可夢偉かむいに、緑弟は度肝を抜かれた。

 犯人兄弟とて阿呆あほではない。いや、無計画に銀行強盗をしたという点では阿呆あほに違いないが、己に発現した不可思議な能力を、天の恵みだと思って疑問も抱かず享受きょうじゅするほどの阿呆あほではなかった。

 自身と実の兄弟という二つの発現例がある以上、自分達以外にも異能を持つ輩が居てもおかしくはない。

 ならば、万一それらと相対するに至った時、命運を分けるは相手の能力への理解である!

 兄弟同士の模擬戦(という名の能力自慢)を行った際、その程度の考えには彼らも当然行き着いていた。

 では、何故。眼前の男は、こうもあっさり己の能力──触れたものを針に変える力──をバラすのか?

 緑弟の足りぬ頭は、かえってその予想外の行動に動転パニくってしまい、結果!


「ぴ……ピンヘッドって、何だ?」


 見当違いの方向へ思考を逸らした!


「え? マジ? 知らないのヘルレイザー? おっくれてる~」


「る、るせえっ!!」


 緑弟、激高!

 可夢偉にのせられた緑弟はあっさりと己の異能ちからを明らかにし、眼球をぴかりと発光させる!

 可夢偉は危機を察知し咄嗟とっさに側転、すると彼が先ほどまで居た場所目掛けて一直線に、太陽色に輝く熱線ビームが到来!

 熱線は着弾と共に爆発! 銀行の床に大穴を開け、その下の地盤をも露出させた!


「今どき目からビーム!? てめえ現代でもそんなことやるのマン・オブ・スティールくらいだぞ!」


「俺の『エンジェル・フレア』を目からビームと呼んだ奴は絶対許せねえ!! 木っ端微塵にしてぶっ殺してやる!!」


「えっなにエンジェル・フレアって……自分でつけた名前? ウィキペディアで調べたの? かわいいね」


「死ねーーーーッ!!!」


 緑弟はビーム連射!

 可夢偉は崩れそうな外壁及び人質に当たらないよう床面へ視線を誘導しつつビームを回避!

 流れ弾で椅子が爆ぜ、記入用紙がめらめらと燃え、机は宙を舞うがその一切合切を可夢偉は軽々と無視!

 やがて舞い上がるは粉塵と瓦礫がれき、吹き上がるは火の粉と焦げ臭!

 可夢偉はそれを見定めて腕をぐ! すると、彼の指の間には無数の針束が挟まっていた!


「さあてピッチャー第20本くらい、投げましたーっと!」


 勢いのまま可夢偉は緑弟へ向け針束を投げつける!

 それは長さ5cmにも満たない短い針だったが、超越者アウターの筋力で投げられれば人の血肉程度貫いて尚余りある威力!

 緑弟は超人的な動体視力によって向かってくる針を認めると、慌てて身をかがめ緊急回避!

 しかし、可夢偉が用意した針の数この程度ではない!

 顔を上げると、先にも増した針が弾幕のように視界中至る所から迫る!

 窮地きゅうちに陥った緑弟は、咄嗟に目線を落としビームを発射!

 目前の床にて巻き起こる爆発! 緑弟自身もまた反動で後ろに倒れたが、10gにも満たぬ針程度を吹き飛ばし安全を確保するには十分な衝撃であった!

 立ち上る煙を前に、しばし戦場は静謐せいひつを取り戻す。そして煙が晴れたその時、可夢偉の手には更に数を増した無数の針が握られていた! その数、百はくだらぬ、正に無数!


「む、むむっ!」


「言ったろ? 俺の『ピン・ピック・ピストル・バルブ』は“触れたもの”を針束にするってよ。例外はただの空気とか生き物、あとアンタのビームも多分例外側……怖くて試せねえし……だが、埃とか黒煙程度なら、そいつぁ全部俺にとって“道具もの”に出来ちまうんだな、これがッ!」


 可夢偉が腕を一薙ぎするたびに、その手には無数の針束が握られていくのだ!

 可夢偉にとって巻き上がる無数の塵は、魚にとっての水に等しい!

 最早目視で数えることさえ困難な針の束は、可夢偉の手から解き放たれ緑弟に襲い掛からんとし──、

 その瞬間!

 前触れなく可夢偉の眼前が爆発! あまりに突然の衝撃によって、針は全て手から放れ床に散らばるごみと化した!


「な、なんじゃーーーーーッ!!?」


 何たる予想外の不意打ち! 可夢偉の側面わずか数cmを、背後から放たれた緑弟のビームが通過したのだ!

 一体何処から! どのように! 緑弟の能力は、目からビームではなかったと言うのか!?

 緑弟は、目の前にて針の攻撃をなんとか回避したばかりだと言うのに!


「隠し玉かよっめんどくせえ! あ~待てよ待てよちょ~っと待てよ、今エンジェル・フレア君の種を暴いてやるから!」


「ぬ、ぬかせ! すぐお前は死ぬんだよ!」


 衝撃で尻餅をついた可夢偉は続く追撃のビームを転がりつつ回避、床に張り手をつき宙返りにて立ち上がる!

 動作中も可夢偉は相手の能力を攻略すべく思い当たる節を脳内検索、駆け出して壁へと背をつけ、相手を正面へ見据え、周囲の様子と爆発跡をうかがった!


「さて」


 一息を入れる!


「アンタは案外慎重な奴だよな。アンタ実はさっきから壁には一発もビームを当ててねえ……俺が誘導してやったのもあるが、おそらくはこの銀行の崩落を恐れての事だろう。一回壁をドカンとさせたせいで、既に結構ヤバそうだもんな。だから今、壁にぴたりとくっついてる俺の事もすぐには狙わねえ」


 ポーカーフェイスに努める緑弟!

 しかし、可夢偉の言う通り即座にビームを撃たず相手に考察の隙を与えているのは事実!

 可夢偉の言動は、そんな相手の痛い箇所を突いたのだろうか!?


「自分の能力の危険性をよく知っているのは本当に偉いぜ……十把一絡じっぱひとからげの“起き立て”連中よりは数段偉いぜ。そしておそらく、だからこそ、自分の傍でビームが爆発しねえようにしてやがる」


 指摘された緑弟は目線を下に落とす! それが既に答えを物語っているとも知らずに!

 可夢偉は己の考察を言葉に出して推し進める。それが相手の動揺を誘い、事を有利に進められるなら万々歳と思いながら!


 さて地面を見れば、確かに多くの跡は使用者である緑弟自身が爆発に巻き込まれぬよう、彼からおよそ3mは離れた個所に残っている。

 しかし、現状で二つ、緑弟の傍およそ2m以内に位置する爆発跡あり。

 片方は目前に迫った針弾幕から逃れるべくして放ったビーム。そしてもう片方は、先ほど不意に現れた背後からのビームによるもの。

 前者はともかく、後者の位置は、彼の臆病な習性から見ると非常に奇妙だと可夢偉は考える。

 即ち、先の背後よりのビームは、緑弟も着弾位置を正確に定められていなかった可能性。

 ならば発射後のビームを自由自在に操っている、という線はおおよそ消えた。

 ものの数十に留まる爆発跡と相手の能力を見ただけで、品陶しなとう可夢偉はこの程度の推理が可能である。


「……OK。それなりの算段は付いた。後は答え合わせといこう」


 そして可夢偉は、にわかに無数の針をじゃらりと束ねて引っ掴む!

 その針はこれまで投擲していた裁縫針より遥かに長い帆差針ほさしばり! その長さ、実に12cm! 

 続いて腕を突き出して針束の観察を始め、同時に壁から離れて駆け出した! 当然、緑弟のビームは再来する!

 答え合わせと称して、自らの身を再び危険に晒す可夢偉! これは如何に!?


「さー来い来い来い来い来い来い……OK来たッ!」


 待ち構えるかのように様子を伺い続ける可夢偉。相手のビームをかわしつつ、同時に目前の針を見据え続け……

 やがて来たるは可夢偉の右斜め後ろより迫るビーム!

 しかし、それを見事察知した可夢偉はその場でバク転! 迫るビームを見事に回避した!


「何ぃッ!」


「フゥ~っとと。完・全・攻・略。最初の一発で仕留められなかったのはあだだったな。俺の針を怖がりすぎて、せっかくの初弾を無駄に使ったのが運の尽きってやつよ」


 可夢偉、合点がてん! 『エンジェル・フレア』その種を全て見切ったと言わんばかりに堂々と挑発した!

 果たして可夢偉は、如何にして背後の死角より迫るビームを察知したのか?

 その答えは、可夢偉が眼前にて見つめていた針束にある!

 先の銀行外壁への穴を開ける作業中、可夢偉の手元が銀色にきらめいた事を記憶している読者はおられるだろうか?

 可夢偉が生成した針は、ステンレス製の帆差針ほさしばり! それは微かな厚みを有し、照明などの光を反射してよく光る!

 そして緑弟が放つビームは太陽色に輝き、背後を通らぬ限り否が応にもその光は目に入るが故!

 可夢偉は無数の針を束ね反射板はんしゃばんとすることで、針が照らし出す光を確認し死角より迫るビームの方向を察知したのだ!

 機転!


「んでもって、今のビームの方向と着弾点を見るにだぜ。なるほど、やっぱり所詮は目からビームだ。ちょいと予想外ではあったがな」


 ちっちっち、と舌を鳴らしながら手元の針を左右に揺らす。

 ここからは品陶可夢偉の独壇場だと言わんばかりに!


「俺が“触れたもの”って奴を手広く認識するように、お前の“目”の範囲もやたらと広かったな。窓とか、鏡に映った自分の“目”からもビームを放ってくれるとは、いやこれ可夢偉君は恐れ入ったぜ!」


 看破!!

 可夢偉の推理を聞き届けた緑弟、見るからに気が動転した様子で身を震わせる!!

 それを見た可夢偉は目を細め、下卑げびた笑いを浮かべて悪役に徹するのだ!


「さて、どこまでが“目”かな? つっても瞳孔が全部映ってないと“目”とは言えねえよなあ~。例えば、俺の針にちょっとだけお前の目の色が反射したとして、それをお前は“目”だって認識できないと思うな~」


 相手へ己の“認識”を植え付けながら、可夢偉は壁際を歩き回り窓を針束へと変換していく。

 窓であったものがじゃらじゃらと音を立てて崩れ、支えを一部失った銀行がそのたび微かに身を唸らせた。


「もしかしたら写真とかに写ってる目もお前にとっちゃ“目”かもしんないな~。実は突入直後銀行のどっかに写真をバラ撒いたりしてた? してたら困るな~。でもしてたらもっと縦横無尽に俺を狙ってただろうから、きっとそんな事はないだろうな~」


 次いで、可夢偉は相手の能力をより有効活用する術を言い触らした。

 俺は、お前よりもお前の能力の使い道をよく知っているぞ。そのような悪意を含んだ情報は、相手の戦意を削ぐ格好の妙手みょうしゅ

 お前の能力はとっくに知り尽くしているが故に、お前に勝ち目はないと言外に宣言しているのだ!

 すると此処ここに至って己の能力を全て開示した意味が現れる!

 自ら能力の全貌を語った可夢偉と、無言のうちにみすみすと己の手の内を全て晒してしまった緑弟!

 その構図を決定付けることで、勝者と敗者の地位を明確に定め相手の自信を折って折って折りつくす!

 異能に覚醒したばかりの目覚めたて超越者アウターにこそ格付けはよくよく効果的!

 可夢偉は、『新人潰し』の異名を以て暴徒鎮圧にあたる地道にして陰険な実力者なのだ!


「……で、どうする? まあこっから天井崩落とかさせれば勝てるかもだけど、それやって自分が死んだら元も子もないじゃんね。それともお兄ちゃんの助けを待つ? あっちはあっちで俺の同僚が相手してるから忙しそうだけどね~」


 更に更に、相手が意外と臆病なタイプと見るや、可夢偉は能力の乱用による身の危険と救援の厳しさを知らせ相手の行動を制限!

 相手の次の行動を予測し、選択肢を狭めていく!

 そして可夢偉は巨大な瓦礫を手に、なんとこれまでより遥かに大きな、30cm大の長さを誇る、さながら突剣レイピアの如き針を生成する!

 それは「ごめんね、実は俺の能力にはまだまだ隠し種があるんだ」と言う意地の悪いアピールに他ならない!

 能力の全貌語ってなかった!


「ああ、あとそうそう俺達は結構耳が良いんだ。なんか最初の時色々ほざいてたよな。なんつってたっけ、ないがしろにしてきた奴に? 変わった俺らを見せてやる? ふっ、そうそう上手くはいかねえよなあ世の中ぁ!」


 トドメに、相手のプライドを逆撫ですることで相手の激情を誘う!

 ここまでの一連の口八丁が全て決まれば、相手は動くに動けぬ雁字搦がんじがらめと化す!

 嫌われ者たる男の真骨頂! 可夢偉の勝利は最早確定したも同然である!


「フッ、『銀行強盗とかする奴は馬鹿』と辞書にも書いてあるんだぜ。久々に可夢偉君のかっこいい暴徒無力化黄金パターンが決まっちゃっ……」


 同然であったのだが!


「ぐ……ううっう、う、うるせーッ! 死ねーーーッ!!!」


 緑弟は躊躇ちゅうちょなく天井へ向けビームを発射した!


「ありゃりゃりゃりゃ~~~~~!?!?」


 崩落する天井! 二人ほど逃げ遅れのいる人質! 瓦礫によって防がれる可夢偉お手製の出入り口!

 何たる事か! あまりの絶望に犯人は自暴自棄となったか!? 犯人は可夢偉の思った以上に身をかえりみぬ男か、或いは阿呆あほだったのであろうか!?

 可夢偉が困惑していると、側面から突然の質量!!!

 花芽智かがちが相手をしていたはずの赤兄が現れ、緑弟を抱きかかえた!


「うおおおおーーーーーーッッ、『ダイヤモンド・コート』フルパワーーーーーッッッ!!!」


 ……いや、それは本当に赤兄だろうか!? その身は白銀しろがねに光り輝き、要塞の如き堅牢さで降り注ぐ瓦礫を弾いている!

 ズシンズシンと大きな足音を立て駆ける姿は、まるでその身そのものが鋼鉄はがねとなったようだ!

 いや、“よう”ではない! 正しくその身は鋼鉄はがねと化し、あらゆる打撲を無効化している!

 そして屈強な鉄の人間と化した兄は、突進により銀行の壁をぶち抜いて弟と共に脱出を果たしてしまった!


「ウッソだろお前コロッサスかよ!?」


 嘆く間はない! 崩落は刻一刻と進んでいる!

 謝罪のむねたたえた花芽智が口を開きかけながら可夢偉へ迫るが、可夢偉はそれを無視して己が針束へ変えた窓枠を指さした!

 意図を察した花芽智、脇差を窓へと投擲する! しかし丁度その時、間の悪い事に巨大な天井が脇差の進路を塞ぐように剥がれ落ちた! なんたる不運!

 だが彼らも只者ではない! 可夢偉は素早く状況判断をすると、手元に無数の針を作り出し剥がれた天井へ一斉投擲!

 超越者アウターの剛腕で放たれた針は、なんと瓦礫を一瞬の間空中に押し留め脇差の進路を確保した!

 外部へと脱出を果たした脇差を認めると、花芽智は人質二人と可夢偉を抱え、秘伝の天満自在天奉てんまんじざいてんほうを行使!

 四人は光り輝く一本の矢と化し、崩落する銀行を背に雨の中へと進出する──!




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「……かたじけなし。かの白銀しろがねの巨漢をどうにかできておれば、斯様かような事態は阻止できたろうに」


「そうだね。 いや今の『そうだね』は悪気があって言ったんじゃないぞ。落ち込むなよ。まだ落ち込む時じゃねえぞ。ナッシング花芽智だぞ」


 二人は手近な軒下にて雨宿りをしていた。

 残った人質と共に脱出には成功したものの、結果は散々たるものである。

 銀行は崩落。強盗は逃走。超越者アウターの妙技は、僅かに残っていた人質達に知れ渡った。

 超越者アウターを世に秘匿し、犯罪を取り締まる使命を有する天津星アマツボシにとって、最悪の結果では無いにしろこれは明らかな失態である。

 とはいえ、現地に対処できる人員が他におらず、二人は本来休暇中であった事を思えば決して責められるべき事態ではないのだが……


「少なくとも、現状では死者はゼロだ。怪我人はいるけど。まずはそこを称えるべきだぜ。イエーイ、俺達サイコー。救助隊の素質がある」


「う、うん。しかし……しかし、どうしたものか。目立つ輩ではあったものの、一時でも見逃してしまえば、あれは再度惨事を起こすこと必至……」


 落ち込む花芽智。手にした脇差からしたたしずくは、まるで彼女の心境を表しているかのようで、いっそ煌びやかでさえあった。

 対する可夢偉は疲れの色をこそ見せるものの、その様はすこぶるポジティブである。カラ元気による虚勢であろうか?


「カラ元気じゃねえよ。確かに俺達は後れを取った。そいつは反省点だがな。そうと決まれば反省を活かして、早速あの手この手を考えようじゃないか」


「……承知。しかし、早速なのか? 今は疲労も溜まっているだろう。作戦会議なら、喫茶店すたばや拠点にて雨風を凌ぎながらでも出来るのでは」


「出来るよ。出来るが、お前は今にもアイツらをとっちめたい気持ちでいっぱいだろ」


「無論」


「OK、だったら早速だ。何しろ、連中とはすぐに再会できる」


「何?」


 可夢偉はわらう。

 それは、悪事を考える小悪党のような、性根の悪い、しかしどこか愛嬌のある笑顔であった。


「さ、手早く作戦会議をしてから再挑戦リベンジマッチと行こう。ラウンド2ゥ……ってやつだぜ」




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「ま……まったく……ひどい目にあったぜ」


 銀豪強盗を行った兄弟は、車のない空っぽのガレージに身を潜め休息を取っていた。

 とりあえずの逃走を選んだ彼らは、一先ひとまず雨を凌ぎ身を隠せる箇所を探し走り回り、道中立派な一軒家を見つけた。

 車が無いということは、家人もおらず留守だろう。雨が降っている中わざわざ外出して、二人を見咎みとがめる暇人も多くはあるまい。

 短絡的にそう考えた兄弟は、他人の家の軒下に身を潜めているのだった。


「マジにああいうのがいるとはな。もうちっと慎重にいくべきだったなあ」


「あ、兄貴ぃ。さっき戦った男の方は、案外悪知恵が回りましたぜ。こんなとこに隠れてもすぐバレませんかね」


「あぁ? あー……いやいや、雨ン中だぜ? 足跡はそう残らんし、臭いも流れるから警察犬も役に立たねえ。何より俺の『ダイヤモンド・コート』に奴等は無力だ。心配するこたねえよ」


 花芽智が後れを取った相手──赤兄は自慢げに語った。

 彼の能力、『ダイヤモンド・コート』は、全身を鋼鉄はがねと化すシンプルかつ強力な異能ちから

 鋼鉄であるが故に生半可な徒手空拳や脇差の一撃は功を成さない。そしてその鋼鉄化は眼球や関節、口内や睾丸こうがんに至るまで隙間無く及ぶ。

 赤兄にとって運の良いことに、花芽智の切り札である火雷天迅雷からいてんじんらいは天より稲妻を招来する都合上、屋内にては効果を見出せない。

 少女花芽智のウェイトとタフネスでは苦戦を強いられるのも当然と言える、強力無比な能力なのだった。


「さ、さすが兄貴だぜ! 超能力者のガキ程度なんてこたあねえや!」


「さっきは分断されちまったが、二人一緒なら負けはねえ。今回の反省を活かして、次はもうちょい手際よくいこうぜ」


 そう言って、兄は弟の肩を叩こうとし……違和感に気付いた。


「お……おい、その針なんだ?」


 弟の背に、巨大な針が突き刺さっているのだ。

 それは正しくあの男、品陶可夢偉が別れ際に残した30cm大の長突針レイピアであった。

 逃走の間際、彼は目ざとく置き土産を残していったのだ!

 何故今まで気づかなかったのか? 戦の高揚感故だろうか?

 人間の身体は不思議なもので、骨が露出するほどの大怪我でも目視や触覚で認識するまでは平気な顔で過ごしていることもあるという。

 しかし、一度認識してしまえば後は単純。脳は猛烈な痛覚によって、身体の危険を知らせるのだ!


「あいっててててて兄貴、いてえ、いてえよ兄貴いい!!」


「ま、待て! 抜くな。抜くなよ。こういうのは抜いたら出血で逆にヤバいんだ、栓になってる今のがいいんだぜ! 落ち着け、すぐ病院に連れてってやる」


 一時の隠れ家を捨て、二人は駆け出す!

 マスクを脱ぎ捨て、うだつの上がらない風太郎ふうたろうといった顔を露わにしつつ道路に飛び出し、無計画のまま病院を探しに──


 と、刹那! 空に煌めく雷光!

 その稲妻は鷹の如く瞬時に迫り、弟の背へと舞い降りた!


「ぎゃあっ!?」


「な……てめえら……何処から!?」


「……安心しな~。病院には連れてってやるぜ……もうちょいHPを減らした後で、だけどな!」


 花芽智と可夢偉、二人の戦士が今此処に再び降臨した!


「き、貴様ら、何故ここに!?」


「状況判断だ!」


「そんなっ説明は!?」


「せぬ!!」




 理不尽を告げ兄弟を狼狽ろうばいさせる花芽智!

 しかし読者の皆様にはここで種明しをさせて頂こう!

 お察しの通り二人の移動手段は花芽智の超高速移動ソニックブーム天満自在天奉てんまんじざいてんほうによるものである!

 花芽智が天満自在天奉てんまんじざいてんほうを放つにあたっては、目的地となる“避雷針”が必要となる!

 花芽智は普段“避雷針”として脇差を使用しているが、ここで重要となるのは、目標とすべきは“脇差”に限らず“避雷針”である事!

 花芽智がそれと定めた目標が雷を誘導できる存在であれば、それは立派に避雷針として機能するのだ!

 そして今回避雷針として使用されたのは、可夢偉の生み出した長突針レイピアである!

 ステンレス製の30cmの長針! それは、雷を引き寄せる避雷針の条件を漏れなく満たしていた!

 可夢偉は戦場の二手三手先を読み、はなから相手の意外と思う箇所に罠を仕込んでいたのだ!

 さながらチェックメイトを仕掛けるべく姑息にうごめ騎士ナイトの如く!


(……って事にしとけば、天才っぽくて格好良いもんね)


 ……事実は偶然と苦し紛れが生んだ怪我の巧妙であったが、可夢偉は格好を付けるため真実は告げないのだった!




「ラウンド2ゥ……ってことで、大人しく投降するなら相応の用意はあるぜ。こう見えて公務員なんだよ俺達」


「ふざけんなーっ!!」


 兄は鋼鉄へと変化し突進! 弟は目からビームを放つ!

 可夢偉花芽智の二人は読んでいたと言わんばかりにやり過ごし、目標をスイッチ!

 花芽智は迫る赤兄を飛び越え、後衛の緑弟へ接近! 対する可夢偉は迫る赤兄にガンを飛ばす!


「そのメタルボディはめんどくさいが……まあ、一番手っ取り早くいくか。鬼ごっこと洒落こもうぜ、ターミネーター!」


 可夢偉は手にした針を赤兄の目元へ向かって投擲!

 当然ダメージは見込めないが、赤兄は反射的に手をかざし顔をガードする!

 能力に不慣れが故の隙! その隙を可夢偉は見逃さない!

 可夢偉は背を低くして赤兄の視界から外れ、赤兄足元のアスファルトを手でざらりとさらう!

 すると、針と化した道路の一部は陥没! 鋼鉄ゆえに体重も増加した赤兄はバランスを崩して転倒! 大きな音を立ててアスファルトを凹ませた!


「メタルでも衝撃はキッツイだろ? 足音がいかにも重そうだったもんな。倒れこんだらイタそ~って思ったぜ。 そのまま脳震盪のうしんとうとか起こしてくれると助かるぞ。 まあのーみそまでメタルかもだけど」


 残念ながら可夢偉の目論見全ては上手くいかず、赤兄は即座に身を起こそうとしていた!

 しかし、衝撃によって身体が揺らいでいるのは事実! 鋼鉄でありながらも音を拾うその耳には、己の身体の反響音が響いている!

 かくして彼は意識のはっきりしないまま再び倒れこみ、四つん這いの姿勢で呻くに至った!


「おーおーこれまた頑丈なこと。作りもしっかりしてそうだ。無印の椅子よりいいかもな。おいくら万円で買えるかね?」


 そして可夢偉は、な、なんと赤兄のその背に座り込んで口笛を吹き始めたのだ! 不遜ふそん

 おぼろげな頭でそれを知った赤兄は当然激怒! 腕を振り回して可夢偉を抹殺せんと迫るが、踏み込んだ足はまたも地面を踏み外し派手に転倒してしまう!

 足元を見ればそこには新たな長突針レイピア! 巨大な針はころころと転がっては赤兄の足の裏に見事滑り込み赤兄をすってんころりん転ばせたのだ!


「“路面が濡れている際はスリップに注意すること”だぜ。自動車教習で習わなかった?」


「ぶっ殺す!!!!!」


 いたちごっこ開始!




 そして花芽智と緑弟の戦いは、より一方的なものと化していた!

 元来花芽智は猪突猛進しか知らぬ単純な娘である! だがしかし、それは訓練によって培われた身体能力故の自信! 当然それは超越者アウターの枠内においても卓越している!

 その素早さは可夢偉の比ではなく、接近しての徒手空拳では花芽智の方が遥かに分があるのだ!

 緑弟の対応力では、到底花芽智に追いつけない! 花芽智を視界に入れることすら困難なのである!

 狙い撃ちを諦めた緑弟は、目線を落として路面を覗き込み、雨中の水溜りへまなこを映す!

 そしてめくらめっぽう滅茶苦茶に天へ向け熱線を連射し始めた! あちらこちらより飛び出る無数の熱線は、檻のごとく花芽智と緑弟を分断する!


御粗末おそまつ!」


 花芽智は天高く脇差を投げ飛ばした! するとその刀身は寂光じゃっこうを帯び、ばちばちとした稲妻の音色が響きはじめ──


「──火 雷 天 迅 雷からいてんじんらい!!」


 間もなく雨雲を切り裂き雷電が到来!! 脇差へと命中した雷光は、辺りを真白く照らし白黒二色の世界を作りだす!

 雨水の鏡面きょうめんにおいてもそれは然り! 路中に生まれた自然の水面みなも超越者アウターまなこ映る余地無し!!

 鏡面へ己の目が映りこまねばそも発射は不可能である! 天へと昇る光は途切れ、熱線の檻は崩壊する!

 花芽智はすかさず緑弟へ飛び掛かり近接格闘戦へと持ち込んだ! 雷光の中、緑弟本人より放たれた熱線も目標を見誤り遠方の鋼鉄赤兄へと誤射、転倒させる!

 女子とは思えぬ重さの連撃が続く! 肘、膝、拳、そして足刀、続く槍のような蹴り! 無数の殴打が緑弟の身体をむしばみ、青痣あおあざを作っていく!

 苦し紛れに放った熱線も明後日へ飛ぶ! かくして緑弟は簡単に組み敷かれるに至った!

 緑弟は仰向けにされ、覆いかぶさりし花芽智と視線を交差させる! この距離で熱線爆破を行えば己が身も無事では済まぬ! かおの皮膚焼けただ邪鬼おにの如き形相へ変貌すること必至!


「観念せよ!」


「す……するかーっ!」


 緑弟は顔を起こし、花芽智の背後へ目をやる! その先には、赤兄の『ダイヤモンド・コート』で構成された鋼鉄肉体メタルボディ

 その白銀しろがねに映し出された瞳より、太陽色の熱線が発射された! 『エンジェル・フレア』の能力である!

 兄弟が無い知恵絞って得た必殺技は花芽智の背中へ高速で迫る! 正に血の繋がりを示す相性抜群の一撃!

 窓や鏡がなければ真価を発揮出来ぬ『エンジェル・フレア』であるが、その弱点を打破する起死回生の一手であった!

 だが、花芽智は緑弟の腕を固めたまま路面をごろごろと転がりいとも容易たやすくビームを回避!

 手品の種が割れている以上、花芽智が死角からの熱線を警戒するのは当然!

 光を反射を確認するまでも無し! 緑弟の目線が不自然に反れた事それ即ち鏡面を利用した熱線発射の予備動作に他ならないのだ!

 花芽智は緑弟をうつ伏せに倒し、後頭部を平手で押さえつけ彼の視線をアスファルトへ叩き落とした!

 これでは水溜りの鏡面を利用し熱線を放とうにも、真っ先に命中するのは己の頭!

 “詰み”である!!


「遺言在らば聞こう」


「と、投降? は認めるって言っただろ!!」


「知らぬ。花芽智の使命は悪辣あくらつなる罪人の御霊みたま輪廻転生りんねてんしょうの輪へ送る事のみ」


 冷酷! 花芽智の表情は慈母じぼの如きたおやかな微笑! しかし、その褐色の瞳が見つめるは濁った悪人の魂の色のみであった!

 花芽智は緑弟の首筋に脇差を突きつけ、もう間もなく頸動脈けいどうみゃくを掻っ切らんと腕を振るわせている!




 しかし!


「待~て待って待って待てっ待て~。すぐ生き死にの話にするのお前の悪い癖だぞ。倉光くらみつさんいつも言ってるだろ、更生の余地がどうのって」


 その手を掴み持ち上げるは品陶可夢偉! もてあそばれ昏倒こんとうした赤兄を放置し、より厄介な案件を片付けんがための業務を果たしにかかった!


「何をする品陶殿! 彼奴きゃつ等を放置すれば間違いなく死人が出るぞ!」


「そうさせないための牢屋なんだよ。つーか殺人実績ならお前の方が多いしな。善悪の判断を自分だけでするのしなさいよみっともないから」


「殺人の数や有無ではない、その目的が問題なのだ!」


「高潔な精神さえあれば何やっても認められるってか?」


「とっちめろと助言したのは貴殿だ!!」


「殺せなんて言ってないだろ?」


「義によって世を正さねばならん時もある!!」


「義があるなら護国の司法に従え」


「鉄面皮が!」


「お前が頑固なだけだ」


 加熱する舌戦ぜっせんの最中、突然の地響き!

 それは昏睡こんすいより起き上がった赤兄が地を深く踏みしめ跳躍ちょうやくした合図であった!

 二人が空を見上げればそこには身体を大の字に広げた殺意の塊!!

 天より来たる鉄塊は怒気どきはらみ、全てを圧殺せしめんと花芽智・可夢偉へ猛烈に迫る!


「死に晒せクソ野郎があああああああああああッッ!!!」


「あ、兄貴!?」


「馬鹿な、弟も下敷きになるぞ!!」


 花芽智は天満自在天奉てんまんじざいてんほうでの回避を試みるが、うまい避雷針が見つからない!

 脇差は己の手が握っている! 長突針レイピアも未だ弟の背! 投擲し天満にげるまでの動作の間に、鉄塊は己をあやまたず踏み潰すだろう!

 最早間に合わぬ! これは万事休すか!


 だが直後、傍に立っていた可夢偉が飛翔ひしょう

 両の腕を悠然ゆうぜんと前へ伸ばし、迫る鉄塊へと向かっていく!

 何たる自殺行為! 巨大な隕石と化した赤兄と相打てば、轢殺れきさつ死体の如き微塵の血肉と化すのは目に見えている!

 血迷ったか、可夢偉! っと言う間もなく、二人の影は雨中の天で交差する!!


 すると、何たることか! 白銀しろがねの鉄塊と化した赤兄の肉体が、可夢偉の腕に触れた先から針の束へと変わっていくではないか!

 じゃらりじゃらりとやかましく音を立て、みるみる間に赤兄の体が削れていく!

 珍妙奇天烈! 摩訶不思議! 人の胴体が、ただ無造作に広げられた人の手によってばらばらに崩れ分解されていくのだ!!




 そして、またたき一つの間に赤兄と可夢偉は交差を終えた。

 地面へと辿り着いたのは、可夢偉によって身体をほぐされ真っ二つに裂けた鋼鉄の肉体。

 丁度花芽智と緑弟を避けて地に倒れ伏したそれに続き、可夢偉の背が地上に達する。

 最後に赤兄の身体から出来た針の群れが、アスファルトと擦れてちゃらちゃらと鳴きわめき、それも間もなく、雨の音に掻き消されていった。




「──触れた“もの”を針束へ変える異能ちから。『ピン・ピック・ピストル・バルブ』──。 これは、生き物には通用しねえ」


 雨に打たれ、背を向けたまま、可夢偉は一人滔々と語る。


「……あいつが目ん玉まで鉄になってた時点でちょいと思ったのさ。もしもアイツが内蔵まで鉄になっているなら、血まで鉄なら、心臓まで鉄なら……そいつは既に生き物じゃあないんじゃねえかとな。で、やってみたら、できた。御覧の通り」


「な……何。つまり、今のは……賭けだったのか!?」


「おう」


「ともすれば死んでいたかもしれんぞ!」


「かもな」


「もし推測が間違っていたら、貴殿は……!」


「でもさ」


 振り向いたその顔は、幾多の針に引っかかれ、赤い無数の線で腫れていた。


「俺が逃げてたらお前死ぬだろ」


「……………………」


「お前さらっと天満なんとか使おうとしたよな。別にあのくらい、飛び退いて避ける事くらい余裕だっただろ。でもお前はワープで対応しようとした。何でだ?」


「なん……」


「お前の足元にいるそいつを死なせないためだろ。あの兄さんが、俺達ごとぶっ潰しかねなかった、弟さんをだよ」


「う……ぐ」


 花芽智は呻いた。

 図星であった。ほとんど無意識のうちに、そのように思考を巡らせていたのは事実だった。

 花芽智は、戦において有利であれば虚偽を交えることにも躊躇しない聡明な娘であったが、こと己自身の心意気に至ると、ほとほとだまくらかしの下手な娘でもあった。


 とっくに弟への拘束は外れていたが、彼は逃げる気も攻撃する気も持ってはいかなった。

 地に倒れ伏す兄だったものの残骸は、元に戻る気配はなく、ただ鉄の塊として鎮座ちんざしている。

 兄は、俺を巻き込む事も躊躇ちゅうちょせずこいつらを殺そうとして。そして、反撃にあって呆気なく死んだ。

 弟は、その事実を、受け止めることで精一杯だった。


「あれれ~おっかしいぞ~。なんで自分が殺すつもりだった奴を助けようとしているんだ、花芽智ちゃんは?」


「お……のれの手で、その御霊を浄土へ送ることに意味があるからだ」


「そうか。お前は死にも貴賤きせんがあると思ってるんだな。でも残念でした、ハズレです。正解はお前が底抜けのお人好しだから」


 沈黙。


「義だの正だの、常々つねづねやかましいね白樺しらかば花芽智ってのは。そういう事考えてて疲れない? 俺は疲れるね。無理して異教の考えを自分に馴染ませるなんて」


「そ、そうとは」


「そうだろ。お前どうして善人に成りたがるんだ?」


 雨の音が、だんだん強くなる。

 何時しか日は暮れて、空には白い三日月が輝き始めていた。


「そうしないと人殺しを正当化出来ないのか? 理由がないと自分で指針も作れないのか? 国家所属超越者グランアウターの責任はそんなに重荷か?」


「黙れ、可夢偉!!」


「黙らん。お前は必死すぎて滑稽こっけいなんだよ。笑われたくなければもっと頭を使え」


 何時しか、花芽智の脇差の先端は、可夢偉へ向いていた。

 可夢偉は涼しい顔をしてその威嚇を受け止め、さらに言葉を続けていった。


「貴殿が何が言いたいのか判らん。可夢偉、お前は何だ? 私に何をさせたい?」


「何をさせたいと思う?」


禅問答ぜんもんどうを続ける気なら首を落とすぞ」


「出来るもんならやってみろ」


 二度目の、沈黙。

 雨が三人の超越者を濡らしていく。

 目蓋まぶたにかかった水滴がわずらわしく、可夢偉は額の水をぬぐう。

 ……すると、遠くから車のライトが迫るのが見えた。

 待ち合わせの指令はない。一般の通行人だろう。

 この光景を見られるのはまったく面白くない。

 何より戦後の後始末もしなければならぬ。

 潮時だ。


「…………あー……。OK。悪いな。要するに、簡単に人を殺すのは良くないよって雑な説教したかったんだよ。ごめんな~年上の鬱憤うっぷん晴らしに付き合わせて」


「な……」


「いい加減帰ろうぜ。雨に当たりっぱなしじゃ風邪引くし。そっちの弟分と、鉄の残骸持って天満なんたらで帰ろうや」


「え。ひっ」


 弟は、突然に指をさされて怯えたが、逃げる様子はなかった。

 兄は死んだ。一人逃げたところで末路はたかが知れている。

 彼に帰る場所などないのだ。


「さっきからビーム撃とうともしないだろ? ちょっとは反省してくれたみてーじゃん。……兄貴の方をやっちゃった俺に免じてさ。そいつの後始末は大人しく裁判所さんに任せてやろうや」


「……………………」


 花芽智の表情は暗い。

 雨に濡れ髪に隠れたその顔は、どこか悔いを抱いているようにも見えた。

 可夢偉は、地面に散らばった針を拾い集め、そんな花芽智を見つめないように努めていた。


「……承知」


「ああ。俺は後から帰るから先にお上がり。濡れねずみのままとかマジ気持ち悪いもん、途中で温泉行ってから帰るわ」


「……本当か?」


「うそ。銀行跡もちょっとだけ確認して帰る」


「…………本当か?」


「こっちはほんとだよ。説明役も要るだろ。目撃情報の隠蔽いんぺいもしなきゃだし」


「……理解わかった」


「あいよー。そんじゃーお互い御達者おたっしゃで」


 花芽智は兄の残骸と弟を抱え、天満自在天奉てんまんじざいてんほうにて空へ飛んだ。

 紫暮しぐれ学園旧校舎備え付けの避雷針へ飛ぶのが、花芽智の普段の帰宅ルートである。




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 残った可夢偉おれは、適当なでっぱりに座り込んで溜め息をついた。

 つきたくもなる。何だかんだ今回のコトは上手くいった。自分を褒めてやりたいくらいだ。

 でもどうでもいい箇所では失敗してる。そこはまた反省会を開きたいところだな。

 とはいえ開くにしてもやっぱ雨の中はキツい。素直に一緒に帰れば良かったか。

 とか思ってたら急に目の前が明るく光りだした。なんだ、うるさいな。何なんだ、一体。


「……き、君。どうしたの傘も差さないで。家近く?」


 顔を上げると先程見た車がいつの間にか傍までやってきていた。

 兄弟が潜伏していたガレージの……即ち、目の前の家に住んでいる家族なんだろうな。


「あー……ヘーキっす。鍵忘れてちょい途方に暮れてるだけなンで。直に兄貴が帰ってくるから、それまで待ってるだけっす」


「そう……うちの軒下で良かったら、雨宿りしてってもいいからね。この時期風邪が多いから気を付けてね」


「ありがとざっす。あ、そのへんちょっと路面削れてるんで、降りる時注意して下さいね」


 そこまで告げると、俺は車とは反対方向に歩き出した。

 当然鍵云々は嘘だが、まともに説明する必要もない。それっぽい話をでっちあげておけば良いのだ。


「……でっち上げでっち上げ。ふふ、俺そんなんばっかよな」


 花芽智には嘘をついた。

 そりゃ勿論もちろん言うまでもない事だろうが、

 奴が想像しているよりはずっと多いだろう。それはそれはたくさん嘘をついている。


 鋼鉄と化した男を針束に出来るかどうかは賭けだった。

 嘘だ。奴がもんどり打っている間にとっくに試した。危機を煽れば多少は話を聞く気になるだろうと思った。


 ともすれば俺だって死んでいたかもしれない。

 嘘だ。俺はあの弟以上に臆病だ。勝てない戦いをする気はない。危なかったらとっくに逃げている。


 兄は俺達ごと弟をぶっ潰すつもりだった。

 嘘だ。散々怒らせて頭を打たせて、判断を惑わせた。奴が前後不覚のままああするのは目に見えていた。


 人殺し厳禁って雑な説教をしたかった。

 嘘だ。いや、そりゃ当たり前だろ。あれだけ言っといてこれって、流石にあいつも騙されちゃくんねえぞ。


 兄を殺した俺の顔に免じて弟を殺さないでほしい。

 嘘だ。最初から兄を生贄にする計画だった。ああすれば花芽智は弟を殺さないと思った。


 銀行跡を確認して帰りたい。

 勿論もちろん嘘だ。ただ一人になりたかっただけだ。これも薄々感づいてるかもな。


 ああ、そういえば再挑戦リベンジマッチの時自信満々だったのも嘘だな。あれだいぶアドリブ入ってた。

 否定したけどあの時は結構なカラ元気だったし、それにだいぶ疲れてた。はいOK、これも嘘。

 そもそも最初の食事処サンマルクのパンが美味いってのが嘘だ。俺はあそこに今日初めて入った。

 素敵なランチタイムを過ごしたいと思ってる? いかにもそうではないって言いたげだったな。これも嘘カウントしとこう。

 今朝ってばすごい頑張って超越者アウターとタイマン張ってきた……嘘だよ。してねえよ。してたらその自慢話続けるに決まってんだろ。

 みんなにチヤホヤされたい? いやこれはあんまり嘘じゃないな。でもやっぱちょっとだけ嘘。みんなじゃなくても別にいい。

 でもって一番バレてほしくない嘘は……はい、ここでこれ明言すると一気に陳腐ちんぷになっちゃうからストップ。


 じゃあ、最後に嘘じゃなくて隠し事の方の答え合わせだ。

 結局俺は花芽智に何をさせたかった?


「……素直になるって難しいよなあ」


 そういうことだ。もっと素直に生きろ、でファイナルアンサー。

 家のしがらみなんだか国家所属超越者グランアウターの重責なんだか判らんが、奴は過度に自分を抑圧している。

 きっとやりたい事とやらなきゃいけない事とやりたくない事の区別が微妙になっている。パニッシャーかよ。

 それはまったくうまくない。健全ではない。と俺は思う。

 だからってそれを矯正きょうせいしたがる俺も健全じゃない気もするが。

 まあ、何より自分が素直じゃないんだからどうしようもないわな。

 自分が出来ない事を人にやらせようとするな。いやまったくその通りだ。そう言われれば返す言葉もない。

 何しろ品陶可夢偉は軽薄さが服を着て歩いているような男であり、とにかく人を喰った態度で有名なのだ。

 くだらない事で嘘を付き、重要な事ばかり隠し通して、とにかく人の邪魔ばかりをする。

 協調性がない。

 言い換えるならばそういうこと。


「……ンなこと自分が一番よくわかってんだよね」


 難題に頭を抱えながら、可夢偉おれは雨の中をほっつき歩いていた。

 雨はまだ止みそうにない。

 雨粒が目に入るのが鬱陶うっとうしくて、顔を隠しながら俯いた。

 濡れそぼった路面が、月の光に照らされて明るく輝いていた。




-------------------------------------------




花「3!」

花「2!」

花「1!」

花「どか~ん!」

花「わ~い!」

花「というわけでなぜなにスバルの時間です!」

可「あ、こっちもなぜなにで行くんだ。マジで? いや別にいいけど。っていうかすばる部分を持ってくるんだ……」

花「何をおっしゃる兎さん。設定開示の機会を作るのは重要です。だって、設定部分だけ個別で投稿しても誰も読みません故ね」

可「そーかもだけどね。そーかもだけどさ」

花「というわけで本日のお便りはコチラで御座います。ああ、H.N.は面倒なので省略致しますね」

 『超越者アウターは皆何かしらの異能を持っているそうですが、能力名はみんな自分で付けてるんですか?』

花「です。如何でしょう品陶殿」

可「人による。自分で付ける奴もいるし、師匠的立場の人から貰うのもいる。別に名付けてない奴も1話にいたね。あと、俺らみたいに天津星アマツボシとかの組織にいるのは、組織側で決めるとこもあるな。まあヒーローの名前とかと大体同じだよ」

花「バリエーション豊かですねえ」

可「脳裏にインスピレーションが浮かぶ、みたいなファンタジィ期待してたら残念かもね。でもこっちの方が個々人の趣味や事情とか見えて面白えぜ? 素面でキャプテン・アメリカを名乗り続けてるのとか今見るとトンでもねえしな」

花「左様ですね。私の場合は、代々続く白樺家の妙技をそのまま名に利用している形ですが」

可「技名毎に名前つけるよなお前は。火雷天からいてんとか天満自在てんまんじざいってあれだろ? あー、菅原道真すがわらのみちざね?」

花「天神信仰の産物ですね。雷神様である道真公の名を拝借することで稲妻を媒介としています」

可「異能名と実態がそんな密接に関係してるのたぶんこの世界でお前だけだよ」

花「まあ、他にもまだ秘匿している特技は御座いますが」

可「後付けで設定出せると便利だしね」

花「本当に後付けならここで言及しないんですよ」

可「それはそう。まあそれにしても『エンジェル・フレア』に『ダイヤモンド・コート』ってなあ、ギャグだぜ。まずダイヤモンドじゃねえし、エンジェル要素もどこにもねえ。割合シンプルなネーミングも即興っぽくて片腹痛しって感じだ」

花「人の事を笑えるのかなあ。品陶殿の『ピン・ピック・ピストル・バルブ』というのは自分で名付けたので?」

可「当然自分で付けたよ。針のピン、指で操るピック、ついでに高い威力の針投げを銃弾に例えてピストル、最後に俺の好きなバンド『ピストルバルブ』のもじり。で、ピン・ピック・ピストル・バルブ。韻も踏まれててイイ感じっしょ? ピンで跳ねてピックで更に跳ね、ピストルで横に繋いでバルブで濁音交じりの心地良い着地。D4Cみたく思わず口に出したくなるようなイイ名前だろ~」

花「……面の皮の厚い奴だなあ」

可「言われ慣れてるさ」

花「慣れるな」

可「しかしこのコーナー、割合真面目に進むな。いや、好き勝手やりすぎてる魔女側の方がおかしいんだと思うけど」

花「左様でしょうか。息をするようにアメリカン・コミックの話をする品陶殿もなかなか」

可「俺にデッドプールみたいなことをしろっつうのか? 俺はもうちょいシリアスな方が好きなんだよ。具体的にはダークナイト」

花「はあ……」

可「……この話止めよう」

花「さいですね」

可「というわけで質問の結論は、『いろいろあるよ』でした。バイビ~」

花「ばいび~。び~ってなんですか?」

可「バイバイ、ベイビーの略でバイビー」

花「なるほど。……南蛮語は難しいですね!」

可「お前00年代生まれだよな?」

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