その弐:語り部は黙し、筆は語る
人のくびきを外れたもの──
およそ人間離れした身体能力、卓越した知能、そして物理法則を
瞬く間に世界中に出現した超越者の生誕は、今より僅か20年前のことだった。
20年前──1999年7月25日。
航空事故や化学兵器テロが公然と行われ、哲学者を気取ったオカルティストが世を
ノストラダムスの大予言やY2K問題をはじめとした
結局のところ、ほとんどの民草はぬるま湯の如き
──その頃には、既におぞましき怪物が世間に息を潜めていたにも関わらず。
恐怖の象徴たる存在は、天ではなく我々の内より現れたのだ。
カリブ海の底でおぞましく活動を続けていたナチスドイツ残党の残党の残党の実験施設。
彼らが開いたパンドラの箱の中身は、白亜紀後期の地層より発見された
暗闇の底で行われた悪夢のような実験はそうなる定めであったかのように失敗し、大爆発を起こした
その後、世界各地に異常としか言いようのない生物が生まれ始めた。
全長18mに達する巨大なモモンガ。口から炎を吐き燃える
混沌極まる突然変異の波はやがて人間達にも押し寄せ、いつしか彼らは
人の定めた法に縛られない恐るべき存在──
その力を振りかざす国際犯罪者が現れるまで、時間はそうかからなかった。
確認された史上初の
水爆実験と称してその存在を塵の一片と化すまでに、男の手によって実に418人の死傷者が発生したのだ。
後ろ盾も何もない、ただ突然異能に目覚めただけの、たった一人の危険思想犯。
それは、世界を
脅威を感じた世界各国の首脳陣──とりわけ米国政府は、間もなく抑止力となる力を求め始める。
イージス艦──特殊武装工作員──ロボット兵器──決戦要塞──熱核爆弾──
そして、辿り着いた末が、統率された
毒を以て毒を制す。
それが世界の共通認識となってから早15年。今やその超常の力は、核兵器と並ぶ軍事力の指標となっていた。
我らが護国である日本においても、その定めは一切変わる事はない。
老若男女を問わず
戦闘鎮圧に関わらずありとあらゆる分野において一流以上の目覚ましい活躍を見せ続けている。
彼らこそは、国家主導の秘密組織。超能特殊自衛隊。知られざる英雄。力の使い道を正しく理解した者達。
その名も、凶悪
通称、
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「……という訳で私、
「そうかい。それはよかったね」
少女、白樺花芽智は旧日本軍の軍服を模した衣装のまましめやかに拠点へ戻っていた。
ブレーカーを名乗る犯罪組織構成員よりあれやこれやの悪事企みを聞き出した花芽智。
彼女はその成果を早速報告せんとして、
帰還先であるこの場所は
元は人口減少による過疎化に伴い廃校となった学び舎だが、彼女らはこれ幸いと放置されていた校舎を隠れ処として利用しているのだ。
校舎は
さてもさても、それでは旧校長室に居座り、休めの姿勢で報告を続ける花芽智の眼前にて椅子にもたれかかっている初老の男は何者だろうか。
「無論の事、花芽智は万事の準備が完了しております!
「急くな急くな。君はあれだよな、もう少し常日頃から落ち着きたまえ」
倉光、と呼ばれた男──
その身に纏った黄土色の着物は、着ている、というより羽織っていると言ったほうが相応しいほどに着崩されており、あちこちに折り目のついてしわくちゃになった古着のようだった。
骨ばった土器色の腕は筆より重いものを持ったら折れてしまいそうで、喉仏がはっきりと浮き出して見えるほどに首も細い。
頬は痩せこけ、あばらが浮かび、唇はかさかさと渇いているその様は、不健康を体現したような有様だった。
その手先は手紙を
けれども、文字は書いた端からじわりとメモ用紙に
これは倉光なりの“文通”である。
倉光の記した文字は己の手元から離れ、遠く離れた異境の地にある用紙へと即座に浮かび上がる。
それは電子機器を介さぬ瞬足の連絡手段。倉光もまた、異能を有する
彼は己の異能を『
事実上、彼は
「目立った外傷は無さそうだが、雨の中を
「は! はっ? いや、しかし。けれども。けれどもですね。花芽智の襲撃によって、構成員が失われたというのは
「花芽智君。君の正義に準ずる志は立派だが、何事も自分でやる必要はないのだよ。
「けれどもけれども。悪の志を持った者が逃げ延びて、闇に潜み牙を研いでいるかもしれませぬ。
それまで何の力も持たなかった一般人が、ある日突然異能の力と超人的な身体、あるいは頭脳に目覚めるのだ。
故に
それどころか、
危険思想犯への取り締まりはいっそう強くなり、一部先進国では言論弾圧が公然と行われている始末。
現在の地球の総人口に対する
今後
世界は、異能の力を持つ新人類と如何にして付き合うべきか、決断の時を迫られていた。
そして花芽智は、“悪人は全員檻の中にぶちこめば世界はまるっと平和になる”と考えている楽天家である。
故に彼女は悪・即・斬の心得を胸に日夜飛び回っているのだが。
「よほどの凶悪犯でない限り、更生の余地は必要だとも。でなければ刑務所の意味はなくなってしまう」
「失礼ながら、倉光殿は“よほど”の範囲が寛容すぎるように見受けられます
「それは君、私自身が“よほど”であるからだよ」
「初耳ですが」
「初口だからね」
花芽智の目論見はとんと満たせないまま停滞していた。組織に属するとはそういう事である。
次第によっては彼女も立派な危険思想犯なのだが、年功序列の信望者である彼女は比較的聞き分けが良いため、
花芽智にとっては自由奔放な
彼女も内心では一人先走る事もできないという歯がゆさを抱きつづけていた。
倉光はそんな花芽智を社会生活に向いていないと評したが、それは別の話。
「妹君の
「不満です。不満はありますが、承知しました。それでは私は最寄りの
「何喰うかまで報告しなくていいけどね。携帯あるしね。まあ、それでは安静にすることだ。私も少し休む」
倉光はそう呟くと、筆を置いてから手元の
彼の足元に鎮座しているのは巨大な水煙草である。日に二度、これを
「失礼ながら、嗜むと言うには少々頻度が多すぎるかと」
「だから言ったろう、“よほど”なのだよ」
「あと換気してください」
「嫌だ。冷える」
窓の外は、未だ雨である。
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花芽智は近場の高等学校制服である紺色のブレザーに着替え、
私服はない。カモフラージュ用の制服と、仕事着である軍服のほかは精々が寝間着である。花芽智は己の
花芽智の年頃は十八であり、本来は学業に励むべき年齢である。しかし、花芽智はその全てを通信教材によって
妹は
よって花芽智は今日もまた堂々と学校を一人サボった女学生を装い外食に勤しむのだった。
さて、彼女が
空席があるにも関わらず花芽智の眼前へ現れた男は、自信に満ちた表情を浮かべ当然のように対話を試みてくるのだ。
「よオー花芽智! 奇遇だな、お前もここが行きつけなのか?」
「……いえ月に一度ほど肉分を補給に。
「いやーここの焼き立てパンが美味いんだよ。知ってる? ここってパンおかわり自由なんだぜ、それも焼き立ての」
照明の光を浴びて
真っ青のパーカーに身を包んだ背格好はがっしりと整っていて、頼りがいのある青年の雰囲気を漂わせている。
男の名は
しばしば先走り単独での任に就く花芽智は他の
何しろ可夢偉は軽薄さが服を着て歩いているような男であり、とにかく人を喰った態度で有名なのだ。
くだらない事で嘘を付き、重要な報告を隠し通して
協調性がない。
言い換えるならばそういうこと。
「花芽智殿は今時も正義の事を考えておられる?」
「無論ですとも。私は常により良い世を実現するには如何すれば良いか考えています」
「疲れねーかそれ。俺は疲れるね。疲れるからパフェとか頼んじゃお」
「これ食べ終わったらさっさと帰りますよ私」
「えっなに俺が君と素敵なランチタイムを過ごしたいんだと思ってるの? やだ~花芽智ちゃん想像力豊か~かわいい~」
「想像は未来を形作るための道具ですから」
「そこじゃねーだろ突っ込むとこそこじゃねーだろ」
可夢偉は退屈だという態度を隠そうともせずナプキンで飛行機を折り始めていた。
嫌われ者である彼は、その後も全くめげる事無く
それが堪えたのかは定かでないが、やがて彼は比較的よく構ってくれる花芽智の周囲に頻出するようになった。
花芽智は花芽智で構いたがりの説教したがりであるために、彼の素行の悪さに目を光らせているのがこれまた面白く。
その様は風位委員と悪ガキといった様子か、
つまるところ、二人はなんとなく仲が良いんだかどうなんだかな奇妙な知り合いである。
「そうよ聞いてかがちん、俺ね今朝ってばすごい頑張って
「奇遇ですね。私も同じことしてきましたよ」
「マジかよ。雨の中だろ? 引くわー。超しんどいわ。なんでそんな元気にお肉食えるの、俺もうへとへとのくたくたクンだよ」
「鍛えてますから」
「女子にそう言われると俺の男子のプライドがボロボロ崩れていくワケよわかる? いやわからんでもいいけど。つまり俺、賞賛が欲しいの」
「はあ」
「地道~~~にマフィア紛いの連中と戦うとかじゃなくてさあ、もっとこう、アイアンマンとかスパイディみたいに銀行強盗してる
「はあ」
「んで新聞に載ったりするわけでそしてみんなにチヤホヤされて可夢偉くんかわいー! かっこいー! って言われたいんだけど。なんかそういういい感じの悪者が出てくるとこ知らない?」
「さあ」
「一蹴~~~!! くっそ誰に聞いても教えてくんねえ。誰かが陰謀を隠してやがるんだ」
「そんな派手に悪事を企んでいる奴がいたら私が即刻お縄にしておりますからね」
「あーくそ。俺の枕元にジーニーが出てこねえかな。そしたら俺が大活躍する世界を作ってもら」
瞬間、爆発音が外より響く!
窓ガラス越しに響く轟音から覚めて目をやると、ちょうど向かいに位置する銀行の入り口が木っ端みじんに吹き飛んでいる!
周囲には瓦礫の山! 下敷きとなった人々の呻き声と宙を舞う粉塵が、只事ではない非日常の警笛を鳴らしていた!
二人は呆気に取られていたが、事態を認識すると即座に座席を飛び跳ね、店を飛び出て現場へ向かう!
窓ガラスをぶち割っても良かったが、人の好い花芽智は一般市民への配慮を忘れないのだ!
事実、二人の座っていたテーブルには二千円札が放り出されている!
「伏線回収が早すぎンだろ。さっきの座席に魔法のランプが隠れてたりして」
「問答不要!
「ほんとなんでそんな元気なの。子供なの? 風の子なの? 風の子花芽智ちゃんなの?」
二人は人名救助を行いつつも瓦礫と化した銀行前へ至る!
しかし出入口たる自動ドアは捻じ曲がり、数多の
外壁か、
何より銀行そのものがみしみしと音を立て、何時崩れるとも分からぬ均衡状態へ陥っているのだ!
瓦礫越しの密室! 強引な突入は不能! まだ見ぬ人命を尊重しつつ、内部へ侵入する事など果たして出来るのか!?
「出来るとも」
出来るのだ!
「花芽智、アレ。
「命名は
「俺のスーパーパワー忘れちった? その道筋を作ってやるってんだよ。崩れな~い程度にチョッとだけだがな」
可夢偉は崩落の危険性が無い必要最小限の侵入経路を見定めると、
おそるおそる湯加減を確かめるかの如き
可夢偉の手先をよく見れば、そこには銀色の煌めきが幾重に重なり、じゃらじゃらと擦れ合う音が聞こえてくる。
やがて彼が手を引き抜くと見事ぽっかりと穴が開いており、そしてそこからは無数の裁縫針が零れ出してくるのだ! 珍妙不可思議!
「細工は流々。さあお嬢様、
「承知!」
花芽智は穴の中に脇差を
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「あ、あ、あ、兄貴。や、や、や、やっちまいやしたね」
「お、お、お、弟よ。い、い、い、今更後には引けんぞ」
内部には、上下ジャージに黒い帽子とマスクという不審者そのものな出で立ちをした男二人が立っていた!
背中合わせに言葉を交わす彼らこそ先だって行われた爆発の実行犯であり、紛れもない銀行強盗犯である!
赤いジャージに身を包んだ兄は、両腕を銀行員へ向け、
緑のジャージに身を包んだ弟は、両腕を人質へと向け、座る以外の挙動を制限!
その様子は、無軌道無作為無計画の三拍子が揃った無謀の
「ふ、二人そろってすげえパワーに目覚めたんだ。やるっきゃねえよなあ、弟よ!」
「そ、そうに決まってやすぜ兄貴。銃なんかよりよっぽど分かりやすいし、手軽!」
「俺らの時代、ついに到来だぜ?! ないがしろにしてきた奴に、俺らの実力を見せてやるぜ!?」
「世間の話題とか俺らで持ち切り! あからさまに
なんたることであろうか!
二人の正体は、つい最近
突然の覚醒による衝動的な犯行!
だが、しかし! 超過し続ける犯罪に、政府が手を
何しろ二人の頬を僅かに
狂喜の絶頂にあった二人は驚愕! 飛来するは突然の稲妻!!!
そして、稲妻は程なく姿を変え、人間の
「
が、直後、背後から忍び寄った何者かにより緑弟は床へ蹴っ転がされた!
その
彼の背後には人間一人が
「黄泉なんだか浄土なんだか統一しろよ。まあいいや。片一歩は俺が請け負ってやろうじゃねえの。人質いっぱいが脱出する分の時間稼ぎと行こうじゃないか」
「
かくして四人の
「まったく、目覚めたばかりの連中は何で揃いも揃って銀行強盗に走るんだろうな? 強盗しないと死ぬ呪いにかかってんのか? お前らフラッシュのヴィランかなんかか?」
「お、お前、俺たちの邪魔をすると、只じゃすまないぞ!」
「あ? 上等上等。何しろ俺達もとっくに只者ではないからよ」
手元でステンレス質の裁縫針を遊ばせながら、可夢偉は不遜に呟いた。
「触れたものを針束に
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花「というわけで本編終了後のこちら! なぜなにスバルの時間であります!」
可「え? こっちでも後書き雑談やんの? ぶっちゃけいらなくない?」
花「何をおっしゃいます品陶殿。切に望まれているのであればそれに応えるのが白樺流」
可「誰が望んでんのかわかりゃしねえんだけど」
花「無ければ己で作り出す! それこそ白樺流!」
可「何にでも白樺流付ければいいってもんじゃないんだぞ。まず白樺流って何よ?」
花「……何でしょうね?」
可「何でしょうねじゃないんだよ。オゾン層はもうないんだよ」
花「まだある。止むを得ませんね。今から考えましょう」
可「馬鹿」
花「元はと言えばTRPG《シノビガミ》用に作ったPCの出所が無くなったので再利用したのが元なのです。故にその頃の設定をいくつか流用したが故の白樺流なのですが」
可「そんなんばっかだよなお前な。スターシステムとかいうの本当に都合が良くて嬉しいね。嬉しさスーパーチャージ」
花「なんか、古より
可「そんなんばっかだよなお前な」
花「
可「そういうのはね普通はこういうところで経歴を出さないと思うんだよね。後書きってのを免罪符にノリで進めるのはやめなよ。俺が
花「それもまた一興」
可「零興だよ。一もないよ」
花「一興とか一抹とかの一をちょっとした数と数える言い回しは日本独自のものなのだろうか」
可「そういう疑問は一人で考えてくれ」
花「八雲とか八重とか八百万とか八を多数の数と数えるのと関連がありそうですね」
可「古風な言い回しがめんどうくさくなっててただの敬語になってるのもやめろ」
花「では今宵はここいら辺りで終幕と致しましょう。ではでは~」
可「急に飽きて雑に切るのもやめろ。やっぱりやる必要なかっただろ!? なんで入れたのこれ!?」
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