第25話 内紛3

植野譲(うえのゆずる)は今年で40歳になる神田に次ぐベテランであり、鶯ユニットのリーダーだ。

 

仕事は決して雑では無い。むしろ丁寧過ぎるところあり、そこが本部にもうけがよかった。。


しかしその実態は(彼が独身なのもあってか)残業も厭わず利用者に手をかける彼のスタイルだった。


後がつかえようが自分の休憩が削られようが自分の中で「やるべきこと」と決めたことは必ずやる。

 そしてそれがあるべき介護の姿と言って憚らない。


なので植野と入浴介助で組む人間は定時に上がれたことがないし、植野から引き継ぎを貰う人間は植野の仕事の「待ち」があり無駄に時間を押し出される。

 急変者や怪我人がいれば通常業務そっちのけでそこに集中してかかるため、利用者含め結果割を食う人間の方が多い。


よって植野の表のあだ名はジョーさんだが、裏の通り名は「変態」「暇人」「仕事大好きデブ」である。


同じ人権派としてカテゴライズされていることを知っている宮野としては「植野と一緒にされるのは心外」であること外ならなかった。


宮野でさえ一定の折り合いや妥協と言った対人スキルは持ち合わせているのに比べ、植野はそう言った遊びがない。


介護という仕事が好きで好きで、逆に仕事とすら思いたくないのかもしれない。

 客に注文をつけるような頑固オヤジのラーメン屋よろしく、趣味の域を出た趣味なのかもしれない。


『僕は、もっともっとやれることがあるのに、皆はスピードを重視しすぎかと…。』

呼吸がやっと整った植野が言った。


『でも、スピードも大事ですよね?僕等は時間の中で働いていて、その中で多くの仕事をこなさなきゃならない。』


『いや!それにしても皆は急ぎすぎです。』

まだ話が続きそうだった舟木を遮って植野が言った。


『トイレ誘導だってパット取り替えて終わりにしないで、ちゃんと自律排尿をさせるべきだし、口腔ケアだってガチャガチャやらずに丁寧に、磨き残しがないかチェックすべきなんです。ご飯だって一人一人の口の大きさに合わせて──』



植野のご高説は暫く続いた。 

そして案の定残業大好き植野に会議の時間を延ばされた。




舟木はこの会議室内を俯瞰しながら思った。



「皆介護に対して凄い真面目だなぁ」と。


企業出身の舟木にしてみればお爺さんお婆さんの残り少ない生活についてこんな熱量をもって話せる人権派も効率派もお優しいなと思えて仕方なかった。





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