第24話 内紛2
16:56
リーダー会議開始4分前である。
因みにここひだまりではリーダー会議、職員全員参加必須の全体会議などあるが、そのどれも参加対象者が欠席した場合には皆勤手当が付かなくなる。
なので休日であろうが夜勤明けであろうが皆渋い顔をしながらも参加する。
宮野は10分前から会議室に鎮座し、もう何度かレジュメのチェックを済ませた。
16:58叶谷が会議室に入った。
『あれ、皆意外に遅いね。』
叶谷は言うが、意外でもなんでもなかった。
17:02
神田と舟木が入室。
それから遅れること2分永田が入室。
『あれ?今日ジョーさんは?』
叶谷が誰となく尋ねる。植野の姿がなかった。
『また遅れるんじゃないですか?』
と舟木。
『ジョーの休日は慌ただしいからなぁ。あははははは!』
神田が高笑いする。皆も釣られて笑う。
『あの!』
宮野が遮った。
『会議は17時からなので、17時には始められるようにしませんか?植野さんだけじゃなくて皆も何だかんだ数分ずつ遅れてますけど。』
『わり、今日公休なんだわ。』
と永田。どことなく反抗的である。
舟木、神田はしれっとしている。
『そうですか、僕は明けです。さぁ、始めましょう。』
宮野はレジュメを回した。
『まず最初に井原さんの件ですが、これは叶谷主任からお願いします。』
会議の議題は各々が事前に提出することになっている。
『はい。えー…と。皆もうご存じなんでしょうが、まあ、ああ言ったことがあって井原には退職願いました。一部利用者と結構懇意にしてたみたいですから、何か聞かれた際には「ご家族の都合」で統一してください。』
これには皆反応こそないが、暗黙の了解で承知している?
『次は食事について、と言うことで神田さん。』
『あいよ。ここのところ食事量にバラつきがある利用者さんが増えてます。で、記録見ても特に体調不良だとか傾眠があるとかでもないようなので、要は介助方法だと思うんですね。あとムセさせてるスタッフの多いこと。』
『あー、所とか危ないな。』
永田が反応する。
『彼は全部食べさせないで捨ててるとか聞いたけどどうなの?』
叶谷が尋ねた。
『現場見たわけじゃないですけど、やけに食介早すぎますね。彼の技術にしては早すぎます。記録も毎回全量摂取になってるのも不自然だ。』
舟木が言った。
『神田さんどう思います?』
宮野が促した。
『んー、まぁだから、ぶっちゃけそうゆう悪しき習慣?いや悪いテクを伝授しちゃってる先輩方がいるんですよねー。まずそっからっすよ。だからぶっちゃけ食事量の把握もあんまり信用ならないね。』
『全部食べさせるのが良いみたいに思ってるのかな?』
と舟木。
『まぁ勘違いしてるスタッフは多いでしょうね。無理矢理ねじ込んでますもん。ただ気持ちは分かりますよ。』
永田が言った。
『と言うのは?』
宮野が眉をひそめる。
『食介に時間がかかる利用者が増えましたからね。こちらとしては皆全員綺麗に完璧に全量食べさせてらんないってのはある。でも水分とか主食とか最低限は勿論食べさせてだせどね。』
『最低限と言うのは誰が決めるんでしょう?』
宮野はやけに食ってかかった。
無難な議題を出したつもりでここまで広がると思ってもいなかった神田は頭を掻いている。
『本人に意思確認できない限りこちらじゃないですか?』
永田は悪びれず言った。
『それちょっとひどくないですか?』
宮野は避難する口調になっている。
『そもそも飯を全部食べたいとか、本人が言った?』永田も応戦する。
『言えないから、察するんじゃないでしょうか?』宮野は早口で捲し立てる。
『わかる!わかるんだけどもその察しが正解と思ってるのは怖いよ。宮野くん。皆ここにいるのは80、90のじいさんばあさんだよ?90っつったら一昔前はいきてるだけですごいですね~だったわけよ。それが最近じゃ家族たちも何を勘違いしだしたのか「うちのお母さん痩せてきてるみたいなんですけど~」だの「じいさんの足が弱ってる」だのって、年取りゃ当たり前だっての!皆徐々に食えなくなって動きが悪くなってこの世からフェードアウトしていくんだから。』
神田がたまらず割って入った。
『そもそもあの年代の人たちが飯を残して、騒ぐ方が大袈裟ですよね?』
永田が神田を一瞥して言った。
『そうそ。長生きなんて無理矢理させるものじゃないの。俺が最初に言いたかったのは食べないなら食べないで本当の量を記録してかないとダメってことなの。無理矢理食べさせて誤嚥させて肺炎なんて、虐待だよこりゃあ。』
神田の意見は至極全うであり突っ込み所などなかった。
ベテランの老獪さと言うべきか。
対人関係に於いて隙を見せない。
しかし付き合いの長い叶谷や舟木などはこれが素の神田とは思っていない。
神田はそもそも竹を割った様に好き嫌いハッキリとした性格であり、こう言った白とも黒とも取れない当たり障りない発言は嫌った。
それでもこの場の発言で隙を見せようとしないのは、増長しつつある宮野への牽制でもあり、なにより模範解答を突きつけてこの議題を終わらせ、トントンと次の議題に進みたかったからだ。
舟木などは「上手いな」などと内心賞賛していたが、永田に関しては言い足りないといった様な仏頂面である。
『神田さんの意見は概ね賛成です。無理に食べさせて良いことなんか一つもないです。ただ永田さんの先ほどの物言いだと、時間で食事介助を切ることもあるように取れるのですが。』
宮野はなおも食ってかかる。
『です。その通りです。』
永田は悪びれない。
これには神田も苦笑した。
が、神田もどちらかと言えば永田と同じく「効率派」の人間である。
『本気ですか?』
宮野は怒りを抑えた顔で尋ねる。
『はい、まぁ宮野さんの言い分は分かりますよ。利用者をこっちの都合にどうするの?って言いたいんでしょう?でもそんな事は教科書にも書いてあった。俺等も、俺は専門卒だからさ、そんな教科書を読んで学んだわけよ。それがどう?現場じゃ糞の役にも立たないじゃない。』
『永田さん、ちょっと抑えましょうか?』
たまらず叶谷が間に入る。
『いや大丈夫すよ主任。例えばうちなんて、ヘルパー取り立ての新人が入ってきて食事介助の方法なんてマンツーマンで教えてます?いやそんなことないですよ。いいですか?新人なんてのは最初こそ丁寧な仕事をしようとする。不慣れだから上手い下手はあるけどね。それを悉く挫いてしまうのが現場の現実なんすよ。俺なんてよく覚えてるなあ。あるパートのおばちゃんに言われたのは「時間かけて丁寧なのは当たり前。現場はリレーで仕事を繋いでいくんだから後の人間のこと考えて」ってさ。』
永田の意見は嘗ての自分を含めた元新人介護士達の叫びなのかもしれなかった。
無垢で熱心な姿勢を現実のルーティンワークに汚された者達である。
『そりゃあ皆ずる賢くなるっての。』
永田は皮肉っぽく笑っている。
そこへ遅れて植野が巨体を揺らして到着した。
『すみませんっ…遅れましたっ…』
ひょいと素早く頭だけ下げると早々に着席した。
『今、食事介助あり方から始まって、まあ効率のいい仕事とクオリティ重視の仕事についての議論をしてます。』
叶谷がかなりザックリと話し合いの概略を説明した。
『あぁ、はぁ…まぁ…そうですか…。』
植野は着席してなお、取り組み後の関取のごとく息を切らせている。
『レジュメの「食事介助について」ですけど、植野さんはどうですか?』
叶谷が促した。
『んー…、僕はそうですね。皆最近若干雑になってきてるなと。』
植野も宮野ばりの人権派だった。
が、ここにいる宮野含む職員が知っている。
植野は口では立派なことを言うが理念と実力が伴っていないのだ。
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