第19話 魔が差す6

昼下がりのパチンコ屋。

ここは駅からも国道からも離れながらも「あそこは勝てない」が口癖の年寄りで賑わっていた。


松田は一通り台を品定めして回る。

回転数や釘の具合などわかったようで分からないが、慎重に台を選ぶ。

よしここだ、と座ろうとして隣の人間を流し目で見た。

『あ!』

『あらー!』

『井原さん、奇遇すね!』

『松っつんー!ちょうどいい、コーヒー買ってきて!』

井原は千円札を渡す。

『松っつんもなんか飲みな!』

『ごちっす!井原さんはレインボーでしたっけ?』

『さっすが、正確!』


松田と井原は職場でも気心知れた仲だった。

年齢こそ親子ほど離れているが、松田は松田で人懐っこく、井原は井原で可愛がり甲斐のある後輩と言うのが好きだった。


『出てますね!』

松田がコーヒーを手に戻ってきて井原の貯玉のデジタルを見て言った。

『まだ1万負けてるよ!』

『じゃあどっちか勝ったら飲みいきましょー!』

『いいねー!』


そこから二人は閉店まで打った。

井原は結局あの後爆発し、3万円の浮き。

松田は上がり下がり繰り返し結果1万円の負け。


『いやー、もうちょいで取り戻せそうだったのに。』

『ね!惜しかったね。次だね!』

パチンカーは「こんなに負けた。もう辞めよう」とは生涯言わない。

『じゃあどこにする?』

『え、まじで奢ってくれるんすか?』

『当たり前よ。飲もう!』

そこから二人は松田の軽自動車で田圃や畑や古い住宅街の中にポツンとあるあばら屋のような居酒屋に入った。


『ここなら周り張らないからさ。』

と、井原。

張らない、とは警察のことである。

店内に客はなかった。


二人はビールで乾杯した。

井原はペースが早く、松田もつられた。

『てかさー、宮野まじうるさくない?「ちゃんと陰部洗浄したんですか?」って、そんなんする暇あるわけねーだろ!って。』


『わかるわかる、細かいんすよね!』


『叶谷君も言ってたよ「宮野くんももうちょい染まってくれると有難い」って!てか叶谷君も叶谷君だよ。おっさんの中間管理職みたいに事なかれ主義でさー。』


『叶谷主任ねー。オムツの替え方めちゃ上手いすけどね!』

『褒めるとこそこだけかい!はははははは!』


介護職同士の飲みは時折食事の場に馴染まないフレーズが多く飛び交う。直接的な汚物の名称など一般の酔客が聞いたら殴りかかってきても文句を言えないような言葉の応酬だ。


が、この店なら気にすることはなかった。

 


介護士同士が酒を交わせば大抵は利用者の愚痴に始まり、スタッフの悪口に推移し、職場のゴシップに至る。


『そういえば新しい相談員入ってきたじゃない?』

『あ、萌野さんすか?』

『植野が超気にしてるよ。』

井原が悪戯っぽく言った。

萌野とは今月入社した32歳の女性相談員である。

『え、ジョーさんまた?』

ジョーさん、鶯ユニットリーダー植野穣(うえのゆずる)の愛称である。身長178センチに体重110キロの巨漢である。年齢こそ40歳だが柔らかそうな肉感と童顔のとっちゃんぼうやである。


『初日から「あーあれも教えないとこれも教えないと」って!ばっかみたいね!』

これには松田も笑った。


ジョーさんこと植野はその巨体とは裏腹にかなりの小心者で気持ちの切り替えや割り切りが出来ない、少年の様な性格の持ち主であり、加えてウブな性格もあって井原やナースの黒瀬などによくからかわれている。

 

スタッフの間では彼は童貞と言うことになっていたが真偽は分からない。


『いやー、でもジョーさんも人肌恋しいんでしょうね、年も年だし。』


『植野くんじゃ無理だよ、なんかツンとした子だもん萌野って子。どっちかって言うと松っつんと合うんじゃない?年的にも。』


『んー、僕はマザコンですから。同世代に興味ないっす。』

松田はタバコを吹かした。

『ふーん。そうなの?』

井原は勘繰るように言い、深くは追及しなかった。


時計の針は23時26分を指していた。

『大将おあいそー!』

井原が言う。

『あいよー。』

60絡みのごま塩頭の店主が言った。


『いやー、ごちんなりました。有難う御座います。』

店を出るなり松田が言った。

『代わりと言っちゃなんだけど、おくってくれない?』

『飲酒でいいなら、いいですよ。』

二つ返事だった。

二人は乗り込み、走り出す。


『あ、コンビニ寄って!』

井原が言う。

井原はコンビニでウコンドリンクを2本買い、松田に差し出した。

『あっ、すいません!』

二人はしばらく一服休憩をした。

『さっきの話じゃないけどさ。』

『はい?』

『松っつんマザコンなの?』

『それか。はははは。はい、まあそうです。』


『幾つくらいまでいけるの?』


『んー、マックスで由美かおるくらいですかね?』 


『あの人あたしより年上よー?』

井原の声が高くなる。

『はい、だからまあ井原さんなんか余裕です。』


松田は井原をちらりと見た。

体型こそ崩れていて化粧も古めかしい。が、独特の雌っぽさと言うか淫靡な香りがあった。



『なんだ余裕って!』

と、井原は松田の股間を平手でポンと叩いた。

と、その瞬間松田は向き直った。

『ちょっと…やってくんないすかね?』

『えぇ?』

『ちょっとでいいんで。手でいいっす。手で。』

『本気で言ってんのー?』

井原は笑う。

と、次の瞬間には松田はズボンを降ろし一物を露わにした。

『ちょおっとー!』

井原は顔を手で覆うふりをした。

松田の物は完全ではないものの硬質化し角度が上向いていた。


『へー。立派。』

そう言うと井原は一物を右手で包み、上下し始めた。

徐々にスピードを速める。


二人の目の前にはコンビニの明かりがあったが気にもとめなかった。


松田は井原に口づけし、舌を絡め歯茎や唇を舐めた。


井原も声を漏らした。


『口、だめ?』

松田は言った。

井原は無言で咥え始めた。

音が車内に響いた。


『あっ、いいすか?』

『いいよ。出して。』

松田は井原の口内で果てた。

井原は口を拭うことすらおろか、吐き出すこともしなかった。


『超上手いすね。』

『でしょ。尊敬してね。あははははは。』








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