第17話 魔が差す4
翌日。井原は遅番だった。配属は2階鴛ユニット。
つくづくツイてる。
そう思った。
さすがに井原にとっても昨日の今日で大瑠璃ユニットに入るのはバツが悪かった。
それに加え2階は松坂の様な頭のクリアな利用者は居らず、3階を介護界の俗称で「障害棟」とするなら2階は「認知棟」だった。
と言っても明確にカテゴリー分け出来るわけもなく、主に徘徊、見当識障害、胃瘻、褥瘡などの皮膚トラブルと言った多種多様な利用者が階隔てなく居るが、暗黙の了解で「この人はまだクリアな部分あるから3階だね」「この人はバリバリ認知だから2階かな」と上が決める。
故に建前上は「3階は口が達者な人がいるからメンタル的に大変だけど、2階は徘徊とか介護拒否とか多いから体力勝負だよ」と新人には教えていた。
その新人も大抵2カ月目にはこう言う。
「2階は雑にやれるから楽っすね」
と。
『おはよー、井原センセー!』
神田はちゃかして井原をこう呼ぶ。
『あら神田リーダー。今日は何番?』
井原も負けてない。二人で笑った。
『最近どうすか!?』
神田は手でドアノブを捻るような手つきをした。パチンコだ。
『ぼちぼちかなぁ。勝って負けて負けて。あははははは。』
『あらま、じゃあ俺といっしょにとみ子さんちにでも強盗入るっきゃないか!あはははは。』
二人の笑い声がこだまする。
松坂とみ子は「嫌な利用者」の他に「小金持ち」の通り名がある。
神田は言うだけ言って3階へ消えた。
神田にはああ言ったが井原は最近パチンコとは距離を置いていた。
パチンコを辞める気などさらさら無かったが止むに止まれない事情があった。
ポケットの中で振動を感じた。
スタッフ用PHSではなくスマホだった。
ラインの通知だった。
「明日、返済。大丈夫?」
まるで中国語の漢文の様な無機質な文章。
井原は「はい。」とだけ返信した。
「明日遅れると、まずいからね。お願いしますね。」
「了解です。」
思わず溜息が出た。
『井原さん!』
宮野の声が背後で響いた。
『そんな堂々とスマホ弄ってないで下さい!』
『…ごめんなさぁい。』
『全く!こんな事年下に言われないでくださいよ!』
宮野は肩を強張らせながら去って行った。
(あのガキ。なんなのよ!)
井原は宮野を普段から快く思ってなかった。
良く言って真面目、悪く言えば融通の利かない堅物。
『おはよーざす。交代でーす。』
いつの間にか休憩時間になっていた。
松田が交代要員だったらしい。
『あらー、松っつん、後で話聞いてー?』
井原は年甲斐もなく声色を変えた。
『あっはっは。また負けたんすか?』
『やーね、そっちはそっち!じゃあまた上がってくるからよろしくね!』
井原は休憩室に走った。
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