第16話 魔が差す3

枕の下、そこにある紫色のパイル地のハンカチに包んであるタバコの箱程の小銭入れ。

あった。

胸が高鳴った。

あるはず。あるのは分かっていた。

ゆっくりと小銭入れのファスナーを開ける。

綺麗に六つ折りになった万札二枚。


それと、


(あれ?)

井原は訝しんだ。

いつもなら松坂の嫁が持ってくるのは万札二枚。

それにじゃらじゃらと小銭が幾らか。

松坂はこの施設から身動きの取れない立場にいて、月に二万円近くを消費してしまうのだ。

井原の当初のターゲットはその小銭だった。

なのにどうだ。

  小銭入れの中には折り曲げられた万札と万札に挟まるようにして千円札が六枚。


(万札の間になってて見落としたのかな?)

井原の推測では金を置いてとっとと退散したかった嫁が慌てて金をだしたばっかりに万札と万札の間に挟まった千円札に気付かなかったのでは?と言う事だ。

推測と言うよりも願いだった。


何故ならこれが松坂の嫁のうっかりミスであればこの千円札がそっくり消えても発覚する可能性は少ない。


都合のいい願いは、ロジックの弱い推測を後押しした。

(大丈夫、きっと大丈夫。)

と。


15:58

入浴介助も片付き、あと二分で井原も退勤だ。

井原は松坂の居室をノックした。

『失礼しますー。松坂さん、また明日ね!』

『はいどうも、お世話様。』

松坂は笑っていた。


よかった。今日の内に発覚しなければ、明日になってしまえばもう闇の中だろう。

井原は独りごちた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る