第9話 虐待者3

大槻一也は白鷺ユニットの排泄介助を終わらせた。

1ユニット10人、だが全員にオムツ交換の手間がかかるわけではない。

夜間自力でトイレに行ける者もいる。


白鷺ユニットは排泄介助を要する者が8人。

大瑠璃ユニットは全員。


大槻は白鷺ユニットにいながら大瑠璃ユニットを覗いた。

廊下を隔てて対面である。


まだ終わっている様子は無かった。

ひだまりの夜勤では暗黙の了解で、早く終わらせた人間は他ユニットのフォローに入ることになっている。


が、飽くまでこれは暗黙の了解であった。

『ちょっと休むか。』

大槻はバレないよう利用者の居室で座り込んでスマホをいじり始めた。


宮野に悪い気がしないでもない。

が、自分は時給1100円の夜勤専従パートである。


給料分以上の働きなどする気になれない。

 ただでさえ宮野とのペアで神経を使っているのだから、と自分を納得させた。


(永田さんとか神田さんとペアだと気が楽なのになー。)

神田とは雲雀のユニットリーダーである。ひだまりの中で一番のベテランであり、故になのか、ある程度の不正などに寛容である。



永田や神田と組む人間は余力をもって夜勤を終える。



弄便がある利用者には、腰にキツめにシーツを巻きズボンに手を入れられないようにし、徘徊利用者はある方法で居室から出れないようにする。


そして、マニュアルでは夜間のオムツ交換は三回となっているが、彼らは「夜中なんか一回で充分。早番に朝の排泄介助を早めにやらせれば大丈夫」と言って夜中一度しかオムツ交換に回らない。

勿論、ナースコールも後々文句のでる利用者のものしか応じない。


大槻もそっち寄りのタイプだ。

特に罪悪感があるでもない。


「生きてるんだから大丈夫」


と言う永田の座右の銘を受け継いでいる。 



死んでもいない、デカい怪我をするわけでもない。いつ死んでもおかしくない年齢のお年寄りたちが、自分たちの夜勤で全員無事に生きている。

何よりじゃないか。素晴らしいじゃないか。

これで充分じゃないか。


大槻は今年で33歳。学年で言うと宮野より1つ上になるが、宮野は本当に偉いと思っている。

「良い介護が利用者を良い状態に回復させる力がある」と信じている節がある。


だかその考えに大槻は疑問を感じずにいられない。

「80、90のじーさんばーさんに何を求めてんだ?ゆっくりフェードアウトしていくのが生き物だろ」

そう思っている。


大槻はもう一度大瑠璃ユニットを覗く。

『あれ?やたら遅いな。』

大槻は声をかけることにした。

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