第8話 虐待者2

大瑠璃ユニット。

皆が敬遠する重度な利用者が多いユニットである。


最も介護度は5段階までしかなく、他ユニットの利用者もほとんどは5である。

では何故大瑠璃ユニットだけが敬遠されるのか。

それは単純に「同じ介護度でも手のかかり具合が違う」からである。

 

更に言えば介護度が高くても全身に麻痺があり身動きが取れない利用者と、

介護度は低いが、

やれ「頭がクリアで口が達者」であったり、やれ「動けるばかりに転倒や事故のリスクが高く巡視の手間がかかる」様な利用者もいる。


要介護認定と言う枠の中で決めるわけだから、介護士の主観と言うのは当然反映されない。


ちなみに大瑠璃ユニットには、歩行可能だが介護拒否が強くたかだがオムツ交換に2人の人手を要する場合すらある利用者や、弄便行為が酷く、その度手を拭い着衣や布団を交換する必要がある利用者や、オストメイトで且つ全身の関節にリウマチを患い身動きは困難なのだが頭はクリアで口うるさい利用者などがいる。


必然的に介護士たちには嫌われるユニットなわけだ。


しかし宮野はこのユニットに入ることを嫌わない。

宮野の中では「介護」とはそういうものであり、手のかからない利用者をこちらの都合で転がすように介護する行為は宮野のなかでは「介護」ではなく「作業」と呼んでいた。


しかし宮野も人間である。

7号室までオムツ交換を済ませた頃にはじっとり汗をかき、意識せずともストレスから介護が荒くなる。


(尿がパットで収まらないでオムツまで来ちゃってるじゃないか。下手くそがやったな。)

そう頭の中で呟いた後、宮野はそう言えばここのユニットに入ってたのは所だと思い出し合点がいった。


オムツはパットとワンセットである。

一般的には何の事かと言われる事が多いが、介護士が「オムツ」と言ったらテープ止めのもので、履くタイプの紙パンツら「リハビリパンツ」と呼ぶ。

 

それらを毎回替えていたらコストも馬鹿にならずゴミも増え、また多少手間であるため中に「パット」なる長方形のアイテムを入れる。

これが前後左右にズレてしまっていると、排泄物がオムツまで侵入してしまう。


(所の奴、仕事のスピードの要領ばっか得やがって。後の人間と利用者の事なんか全く考えてないな。)


介護の仕事は四交代でリレーしていくので他人の技量がよくわかる。


他人と自分の技量を比べ優越感に浸る者も少なくない。

また、自分の後番がうるさい先輩だったりすると神経を使う。 


(次はスミちゃんか。)

さすがの宮野も気合を入れ直した。


(頼むから弄便してないでくれよ。)


太田スミは弄便行為の常習者だ。

一度、夜間だけ手足を拘束できないかとスタッフから提案が上がったが宮野は言語道断と突っぱねた。


「排便パターンを把握して巡視をまめすればいいだろう。」

宮野にこう正論を吐かれて反論できるものはいなかった。


太田スミの居室の明かりを付け、声をかける。

『スミさん、オムツ交換しちゃいますね。』

極めて優しく、なるべく起こさないよう囁いた。


(布団もぐちゃぐちゃじゃないかよ。素人め。)

心の中で所に毒づいた。

布団を剥ぎ、ズボンを降ろす。オムツを開けると多量の軟便が出ていた。

そのタイミングで気がついた。

(あ、清拭忘れた。)


介護施設では排泄介助の際は大方介助用カートなるものを引いて動き回る。

カートには清拭と呼ばれる陰部を拭う布をストックしておくホットスチーマーや排泄物及び汚染したオムツ類を入れるゴミ箱が備えてある。

カートの利点はそれを持ち運べばゴミや汚染した清拭など他者に見える形で持ち歩かなくて良いことと、それ1台にすべてのセットが乗せられる事だ。


だがひだまりではこのカートを使用していなかった。


経営者の明らかな設計ミスだった。

好かれと思い、各ユニットの入り口横にオムツ類の棚入れを設備し共用の洗面の下にオムツ類の防臭ゴミ箱を設置。そして洗面の真横にホットスチーマーを置いた。


それはそれでいいのだが、それがあるばかりに「各ユニットに設備があるのだからカートなんか要らないだろう」と言ってカートを使わせない。

 

以来古くからいるスタッフは理事長を「無能」「あの馬鹿」と呼んで憚らない。


よって、スタッフは清拭やオムツ類を棚から出し手に持って移動し、オムツ交換を済ませ、汚染したオムツや清拭は新聞に来るんで洗面下まで持って行くと言うアナログで非効率な方法をとっている。


この時も、清拭を忘れたばかりに宮野は洗面横のホットスチーマーまで取りに行かなくてはならなくなった。


(起きないでくれよ…。)


そっとその場を離れた。

そして清拭を手に戻ってきた時には絶句した。


太田スミはオムツ内に手を入れ掻き回していた。


『!!!』


宮野は皓々と光る天井を仰いだ。


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