第7話 虐待者
不穏な気持ちを抱えつつも終業時間の20:00になった。
もういい、後は野となれ山となれだ。
そう所が腹を括りそそくさと退勤しようとした時、白鷺ユニットを横切ると宮野はまだナイトケアの最中だった。
(こいつ、すげえよな。)
所は素直に思った。
勿論宮野と言う介護士の素晴らしさに気づいたわけではない。
(リーダーっつっても俺等と8000円しか基本給違わねえんだろ?馬鹿じゃないのか?そんなに真面目になってやることか?介護なんて。)
所の言う8000円とはリーダーの役職手当である。
ひだまりのこの額が破格に安いわけではなく一般的だと言うから、所は絶望した。
今でこそ記録物各種が電子化された施設も多くなってきたが、ひだまりでは未だ記録物の一切が紙だ。
毎日の介護記録や報告書を月末に振り分け、まとめ、不備があれば添削、この作業は各リーダーに振られている。
それに加えて利用者のカンファレンスなどの会議も毎月ある上、たまたま休みが被れば休日出勤は必死なのだからたまったものではない。
「介護は出世したら負け」
と言うのは定説である。
実際叶谷の様に、主任クラスになったものの夜勤が出来なくなった為に結果役職についたのに年収が変わらない、あるいは落ちてしまうケースも珍しくない。
企業に比べ同じ職場に居着く人間が少ないのはこのせいである。
(まあ俺は出世しないからいいけど。)
そう心の中で呟いた時宮野と目が合った。
「おまえ本当に仕事を終わらせたのか」
そう言いたいような目だった。
所は宮野が苦手な理由を自分なりに理解していた。
(姉ちゃんに似てるんだ、あいつ。)
容姿や性格になんら瑕疵はなく、社交的で人脈も広い。
自分たちダメ人間に陰を落とすためだけに存在しているような太陽の様な存在。
(まぁ、お前も介護に来ちゃった時点で俺と同レベルだけどな。)
そう思うと、臆せず声をかけることができた。
『お先です。失礼しまーす。』
宮野からの返事は無かった。
(なめてんのか?あいつ。)
無性に姉と宮野の姿がダブり腹が立ってきた。
『もう1人くらいぶん殴っときゃよかったな。』
タイムカードを切り、施設外へ出た所は自転車に乗り込みながら呟いた。
22:48
『そろそろ定時排泄介助(ていはい)やっちゃいましょうか。』
宮野がペアの大槻と言うパート介護士に言った。
『はーい。宮野さんどっち回ります?』
『んー、僕は大瑠璃から回りますよ。』
『ありがとうございます。大瑠璃苦手で。』
大槻は苦笑した。
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