第6話 事故?2
大瑠璃ユニット、時刻は18:07
所は食事の介助をしている。
各ユニットには食事の介助を要する利用者が2人から3人いた。
大瑠璃はあらゆる面で手のかかる利用者が多いことで恐れられている。
現に今所は2人の利用者の食事介助に追われていた。
各ユニットにはテーブルが2つずつあり、1つのテーブルに最大六人の利用者が付く。
席の分け方は様々だが、大体食事介助をしやすいように要介助者を隣り合わせる。
間に入って左右2人同時に介助しやすいからだ。
今の所がまさにそれで右の利用者の口に食事を一口食べさせたら次は左、と言った具合に体を捻って介助していた。
大瑠璃ユニットの面倒なところは他にも介助を待つ者がいることだ。
2人に食事介助している間、食事を前にぼーっとしている利用者もいれば、手にしたお椀が空になっても延々箸で掬おうとしている利用者もいる。
『ほらミトさん自力で食べて!』
所はぼーっとしている利用者に怒鳴った。
ミトと呼ばれた利用者は変わらず食事を眺め微動だにしない。
『萩さんそれもう飯入ってないから!』
所は萩と呼ばれた利用者の空になったお椀をひったくりおかずを入れてやった。
『薬くださーい。』
向こうのテーブルでまた違う利用者が言う。『待って!今介助してんでしょ!』
所がまた怒鳴る。
『薬をくださーい。』
また同じ利用者が言う。
『うるせえ!!』
怒鳴ると同時に時計の針を見た。
18:31
この日遅番の所は20時に勤務を終える。
20時までに皆の食事を終わらせ、歯及び入れ歯を磨き(歯の無い利用者は口の中をがーせで拭う)、パジャマ持参の者には着替えさせ、オムツを替え、もしくはトイレを済ませる。おまけに記録物の記入もする。逆算すると18:40には全員の食事が終わっていないと定時には帰れない。
何かイレギュラーが起きることを想定すると18:30には終わっていたいところだ。
『もういいやあんた。』
そう言ってまだ完食していない利用者の食事を下げ始めた。
文句は出ない。何故ならこのユニットの利用者は全員介護度5の認知症利用者ばかりだ。
当然記録物の中には利用者の食事量も含まれるのだがそこには「全量摂取」と書く。
このやり方は永田始め諸先輩方を見て倣ったのだが、こうでもしないと遅番は毎度サービス残業を強いられる。
永田曰く『最悪7割以上食わせてて、薬だけはちゃんと飲ましときゃ平気。』だそうだ。
口腔ケアと呼ばれる歯磨きやガーゼで拭う行為だが、これに関しても『最悪喉に詰まる程度のものが口の中に残ってなきゃいい。』のだそうだ。それを極端に受け止めた所は、以来利用者の口腔ケアなどまともにやったことがない。
パジャマに更衣させることに関しても『最悪夜勤者がうるさい奴じゃなきゃ、やんなくてもいい』とのこと。
なんでも「最悪」と呼ばれる手段が基本行為になりつつあるのが介護なんだなと所は学んだ。
所は幾つかの行程を省き、早々に利用者を寝かせ始める。
利用者を乱暴にベッドへ寝かせオムツを開ける。
『うわっ、くさ!』
先ほどまで食事介助をしていた太田スミのオムツは軟便でまみれていた。
『おら、横向け!』
所は乱暴にスミを横に向かせ、尻を拭おうとした。その時スミは自らの手で尻を掻いた。スミの左手は便でまみれた。
『おい!』
所は舌打ちした。スミの汚れた手を押さえるが『何ねぇ~、何ねぇ~。』と言って暴れる。その際布団やシーツ、スミの衣類に便が付着した。
『うわ、最悪だわ…。』
たちまちスミの見に周りは汚物だらけになった。
この時点で所のボルテージはピークに達した。
パン!!
所はスミの頬を思い切り張った。
『あいえ~。誰がこんなんすんのん。おじちゃんに言われるでねえの。』
スミは理解不能な言葉を吐く。
所は今度は頭に拳骨を落とした。
『痛くて痛くて、だから困っちゃうんですよ。』
スミはもごもご独り言を繰り返す。
『あーー!!』
所は声を上げながら、スミのオムツを替え、汚れた服を着替えさせ、車椅子に乗せ、そしてリネン類一式を交換し再びスミを寝かせた。
とその時気がついた。
(やべ…頭コブ出来たわ…)
先ほど落とした拳骨が原因と思われるコブがスミの頭部に出来ていた。
(バレねえよな?バレねえだろ…)
所は自分に言い聞かせた。
気がかりは本日の夜勤者だ。
宮野優。
所は宮野を恐れていた。正義感があり不正を嫌う介護士の鏡の様な男。
今現在白鷺ユニットで所同様ナイトケアに入ってるであろう宮野。その宮野と、もう1人はパートだが夜間はこの2人が3階ユニットを巡回する。その際スミの部屋に入ったのが宮野だったらと思うと所は気が気ではなかった。
嘘で乗り切れるか?なんとか誤魔化せる要因はあるか?考えを巡らせた。
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