第4話 所隆太

所隆太、25歳。生まれは群馬。

平凡な夫婦の間に生まれた長男だ。

上には二歳違う姉が居り、四人家族。物心付いた頃から姉弟仲は悪かった。

理由はごく単純で「性格が真逆だから」だった。 


姉が陽だとすれば、弟の隆太は陰。姉が外遊びに行けば弟は部屋でゲーム。

姉がイタズラをして親が学校に呼び出しを受ければ弟はいじめに遭い、逆に聞き取りとして親が学校に乗り込んだ。

どちらかと言えば甘やかされて育ったし、それは自他ともに認めていた。


甘やかされて育っただけならば問題はなかったが、彼が小学校高学年になったあたりから性格に陰が落ち始めた。俗に言う虚言癖の兆候が見られた。


 「うちは片親で小さい頃は鍵っ子だった」

「ヤクザの親戚にタバコを吸わされた」

「持病があって体育は出られない」


など当初はまだ可愛げ?があったが次第にエスカレートしていき中学に上がった頃には


「バンド活動が忙しいから学校には行けない」と友人らに触れ回ったり「心臓に病気があって二十歳まで生きられない」などどんどん脚色されていった。


その頃には、元々少なかった友人も次々離れていき孤立していった。

当時の担任は彼を


「極度のナルシストであり寂しがり屋。他人の目を惹きつけたくて仕方が無い。」


と分析していた。その担任は二つ違いの姉も受け持った事があるから「お姉さんの方はサッパリしていて且つなんでも出来た。更に友達も多くて美人だ。姉を羨む気持ちが強く出てああなってしまったのかもしれない」と結論づけた。

 事実、姉はよく家に友達を連れてきたし勉強やスポーツで何度か賞を貰っていた。中学ではボーイフレンドを作り、軽音楽部でギターも弾いていた。

弟隆太はと言うと、運動不足が祟った肥満体。無論友達はおらず、特に女子からは嫌われていた。

次第に引きこもる様になり、高校は受験すらしなかった。


しかし転機が訪れた。16の頃だ。それまで両親は子二人にインターネット環境を与えずに来たが、時代の波と言うか世間体と言うか、姉のごり押しに負けたと言うか、二人にスマートホンを買い与えた。

隆太はここぞとばかりにネットの世界にのめり込んだ。

ここでは何を発言しても許される。そればかりか自分を脚色した人間ばかりだった。年頃の隆太が行き着いたのはマッチングアプリ、それまで出会い系サイトと呼ばれていた物だ。


それを駆使し、何度かの挫折を経て18の春隆太は童貞を捨てた。

そこからは何かが弾けた様に、否、憑きものが落ちたかのように外向的になった。

自らアルバイトを探し、19の頃には貯めた金で群馬の実家を出、埼玉に部屋を借りた。

その頃にはすっかり嘗てのような陰鬱な容貌ではなく、体型もスリム、伸ばしきった髪は短髪で毛先を遊ばせた。


しかし病気だけは治らなかった。

「虚言癖」


外向的になり他人とコミュニケーションを難なくとれるように「なったと思っていた」が、彼の虚言癖は同僚や友人の間で話題になり次第に距離を置かれた。


埼玉にきて初めてのアルバイト先である居酒屋でのことである。

「地元でつるんでた連中ともめちゃって埼玉に逃げてきた。」

と吹聴していた矢先、職場に同郷の人間が新しく入ってきた。聞くと出身は隆太と一駅しか違わない街だった。

隆太は前置きなくその職場を辞めた。

 次の職場でも、嘘に綻びが出たり、自分の話を相手が嘲笑混じりに聞いているのを感じたりする度職場を変えた。

 隆太は歯嚙みした。

また前の自分に戻ってしまうのだろうかと。


その頃すっかり対人関係に対する恐怖が生まれ、職場は既に1年で5カ所は変わった。

気づけば二十歳になっていた。

いつか母からメールが届いた。

姉が看護師資格を取ったらしい。

忌々しい以外の感情など沸かなかった。

しかし、それに感化されてか、隆太はとある介護施設に応募してみた。

面接まで漕ぎ着ける早さとあちらの物腰のやわらかさに驚いた。

面接前日まで履歴書は書き直しを繰り返した。

嘘は嘘でもより自分を良く見せるための嘘、なるべく真人間に映るように。 


『へぇ、仕分けの仕事を2年。じゃあ体力は自身ありですか?』

『そうですね。動くのは好きなので、ははは。』

『何故畑違いの介護に?』

『はい。元々僕、小さい頃に両親が離婚してまして、母に引き取られたんですが、僕や姉の世話はほとんど祖父母がみてくれました。この間その祖父母が亡くなったのがきっかけで、二人に出来なかった恩返しをお年寄りの方々にしたいなと思って。』

『それは素晴らしいですね。』


面接者の中年女は言い、翌日には正社員での採用の電話を受けた。



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