第2話 事故報告
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けたたましい内線の呼び出し音が、三畳間ほどの当直室に響いた。叶谷昌磨は明日の日勤業務に備え早々に布団に潜り入眠体勢に入っていたが、無視することも出来ず内線を取った。
『どうした。』
『ごめん、寝てた?』
大場の無遠慮な声が鼓膜を震えさせる。
頼むから要件のみ簡潔に伝えてくれ。相手は一応部下なのだから、よっぽど言ってやろうか迷ったが飲み込んだ。
『いや、大丈夫すよ。』
叶谷は今年で11年目の34歳。主任の名を拝命してからわずか2年だが、それまで同等に接していた同僚たちが自分に対して僅かに気を遣っている風を肌で感じている。
叶谷としても職場としての序列が上がったからと言って昨日までの先輩方を前に居丈高に振る舞う訳にもいかず、肩書きを煩わしく思うこともしばしばだった。
『キミヱさんハクっちゃったみたい。所くんが移乗した時に出来ちゃったみたいなんだけど。』
最悪だ。何故なら
『明日って日曜じゃない?キミヱさんち来るよね?』
大場の言うとおり、山崎キミヱの倅夫婦は日曜にはこのひだまりに必ず訪問する。
我が母を老人ホームに預けたと言う負い目か、律儀にも毎週欠かした事はない。
また、この年代には珍しく山崎キミヱの倅は一人息子であった。だからと言うわけでもないだろうが母親への愛?は深く、前回山崎の右手甲に内出血を作った時には
「いつもどんな介護をしてるんですか」
との厭味を頂戴した。
『まずいな。どれくらいですか?』
叶谷は思わず嘆息した。
『4かけ2くらい』
大場は受話器の向こうで言った。まあまあの大きさの表皮剥離である。
『所が、ぶつけちゃったって?』
叶谷は普段職員を呼び捨てすることはないが、状況が「所くん」を「所」に変えさせた。
『うん、移乗するときにフットレストにぶつけたみたい。』
『場所は?』
『左足の脛の外側。』
叶谷は一瞬逡巡した。
『…それ移乗で出来た物なんすかね?』
『…なにが?』
お互い不穏な間が空いた。
『キミヱさんて右から移乗するでしょう?』
「右から移乗」と言うのはベッドに対し対象者の体の右側から乗せることである。キミヱは脳梗塞の後遺症で左片麻痺である。セオリーとして健康な側面からの移乗をする事になっている。
つまり…
『普通左側にハクリ出来ます?』
『…あ、確かに。』
大場も気づいたような間があった。
『所、またやったか?』
叶谷は思わず拳骨をベッドに落とした。
『…事故報(じこほー)どうしましょ?』
大場も事態の変化を察し声色を変えた。
『書かないで。てか、今行きます。』
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