盗人ゴー

「民間人か。何の用かね」


 白衣を着た人間が3人、部屋の奥にはいた。証拠品を写真に収める作業をしているようで、一様に白の手袋をはめている。羽織った白衣の下には淡いブルーのワイシャツ。警察の制服だ。


 ごうは、愕然とした。人がいるなんて当たり前すぎることに、なぜ思いが及ばなかったんだと。証拠物品が集められる鑑識課は、たくさんの棚に証拠品が行儀よく押し込められただけの無人の部屋だと、勝手に決めつけていた。ドアが細やかに開いていたことも、行動を後押した。


「あ、その……」


 失敗だ!


 人がいるなんて。凍り付いてない警官たちがいるなんて。考えつかなかった自分を呪う。ピンチすぎた。どう言い訳する。どうやって切り抜ければいいんだ。そう、思いはするごうだが、精神が凍り付き、肉体もつられて硬直。言葉がまったくでてこない。


 年かさの男が、乾いた血の付着する生地片を撮影台に載せた。そんな一挙手にも、運命が握られているようだ。男は、ほかの二人に訊ねた。


「業者に何か注文したか?」

「いいえ室長。ぼくはないですね」

「私は、PG傘下のアカンドロイド社に頼みましたが。さきほど納入は明日とのメールがありました」

「PG社。また、成り上がりのPG社か。オレが警官になったころは聞いたこともない零細だったんだが。まぁいい。納品が早くなったんじゃないのか?」

「ですが室長、21.5キログラムもあるバイオブリック解析機ですよ。その子、何も持ってないですよね」

「あれを発注したのか近藤。俺は却下したぜ。鑑識予算の8割もする代物だぞ」

「おっしゃいますが、解析速度を上げるには絶対に必要なものです。そもそも、細胞から遺伝子を読み取るために、いちいち外注している現状こそが」


 手を振って女性の遮る。しかめ面で古めかしいデザインのカメラを片手にすると、数度、位置をずらしてフラッシュを焚いた。シャッターの小気味よい音がする。


「しゃーねぇな。その件はあとでみっちりとっちめてやる。証拠品目録作成が終わるぞ。杉野。受け取りに来いとメールしとけ」

「はい。中田さんと、大谷さんと、ダビーシュさんと……」

「バカ野郎! 脳ミソ腐ってんのか! どいつもこいつも。ダビーシュと大谷は、先週、民間に引き抜かれたじゃねーか!」

「そうでした。すみません」

「くっそいい鑑識バカになれると期待してたのによぉ。いねぇもんはしかたねぇ。若手にやらせてみろ、吉田と清宮は河川敷現場の検証だったな。引き戻せ」


 叱られた助手役の男性が、慌てて机の操作卓に向かう。助手役を代わった女性が、生地を透明袋に入れ、赤いとろみの液体が入った小瓶を台に載せた。室長が写真を撮ると、それも袋に収まった。作業は、いましがた記録した写真データの出来栄えチェックに移る。


 やりとりを、ごうは所在なげに聞いていた。ぽつんと、取り残されている居場所のない感覚。来訪者オレは眼中にない。陽一じゃないが、見えない人間なった気さえしてくる。チャンス。退散するならいましかないと、静かに、後ろの足をひいた。なるべく注意をひかないよう、そっと、そっと後ずさっていく。


「……しっかり撮れてるな。メールはしたな。じゃあ”君”はなんだ?」


 いきなり男はふり向いた。机の上にカメラを置き、白手袋を脱ぎながら、出口の間際にいたごうのほうへ、やってきた。


「…………」


 策はないか思いをめぐらす。考えろと命令するが、意識の上滑りした脳は上手に機能してくれない。昨日のりんごは高値がついただろうか。今日ぶんの出荷は滞りなく集荷のトラックに間にあったろうか。妹たちは、今日も学校へ行けただろうか。山岸は怒ってないだろうか。オヤジは。パートの人たちは。とりとめない日常の心配事だけが、前頭葉をよぎっていった。


 そうだよ。なんでオレは、盗みを働こうとしてしまったんだ。妹たち。それに農園。


 せっかくお咎めなしで釈放されるってのに。強引なチャレンジを敢行するとか。バイオブリック設計ならいつも欲のない計算ができた。なのにこれは……。

 なぜ逮捕の危険に、あえてチャレンジした。なぜだ。


「用事はなにかと聞いている」


 喉がカラカラになって、奥でひっついた。大丈夫。そう自分を励ます。だいじょうぶ冷静になれ。状況を客観的に、3人称視点で俯瞰してみろ、と。陽一になった気分で、天井から自分を見下ろす絵面を思い浮かべてみる。白衣の警官が接近する場面。それを客観視してみる。


 相手の室長は、用事を聞いてる。何の用があって鑑識部屋に迷いこんだのかという疑問。警察の基本的職務を追行しているに近い。いわば、職務質問。つけ入るポイントはそこにある。物色はこれからする予定であって、まだ、疑われるようなことはしてない。まだ捕まっちゃいない。落ち着きさえすればいいんだ。

 答えればいい。部屋には間違ってはいっただけ、と。


「すぅ--ふぅ--」


 伸ばせば手が届きそうな距離に、室長が迫った。ちくちく痛そうな無精ひげが、あご中に生えていた。よし今言うぞ。

 

「こ、この部屋には」

『右脚君あれだよ。今袋に入れた小瓶が、俺の目的物だ』


 口を開きかけたそのとき、別の人物が割り込んだ。

 男の右肩のあたりに、ふよふよ漂っている幽体。もちろん陽一だ。

 地震。太平洋プレートが蓄積したエネルギーの解放が終わり、揺れが終焉、正常な幽体へ意識をとりもどしていた。


 不意のこと。ごうはまともに聞き返す。


「え?あれが、ソレイユの?」


「ん?ああん? おーい坊主よ。なんて言った? もう一度聞かせてくれ」


 室長の顔が警官になった。

 いぶかしながら気の良いオッサン風だった和やかさ無くなり、容疑者を睨みつける恐ろしい男へ変貌したのだ。白衣の鑑識じゃなく、鋭いカンをもつ警察官の眼。威圧に押されたごう。縮みあがりが再燃する。


「べべべ別に。ぼくはなにも」

「”ソレイユ”。たしかにそう聞こえた。そいつぁ、FD小説家の海藤ソレイユのことか。写真をとってた証拠品がソレイユの遺品だと、なんで分かった?」


 陽一は、申し訳なさそうに頭をゴリゴリやっていた。掻きながらも、ニマニマと笑みがこぼれてる。いいから早く小瓶を手に取れと、手ぶりでせかす。こいつ。自分だけ良ければいいタイプだ。


「いや、偶然です。ぼくは、小説が好きで、彼女の作品も読んでいて、それで、昨日の事件を耳にして、もしかしたら、あれがそうかなーって。当たっちゃったみたいですね。はははは」

「いい加減なこというな! たまたま遺留品が置いてあるこの部屋に、たまたま事件を知ってる民間人が飛び込んだと。そんな都合のいい偶然があってたまるか! 事件は公表されてない。知ってる人間は警察でも一部と、現場に居合わせた人間くらいなんだぞ。現場に居合わせた人間で、高校生なんか…………君は、お前は」


 拳がかたく握られた。


「まさか。逮捕されたっていう高校生か?」


 無精ひげ室長の手が動き、ごうは脱力して観念する。

 詰んだ。終焉だ。オシマイだ。

 釈放から5分少々。距離はだいたい300メートルくらい。

 短い。

 とても短かい出所タイムだった。


 室長の手は、自身の腰へとスライド。神経が高ぶってるごうには、それがとても遅い動きに感じられた。取り出してくるのは何か。拘束の手錠、昏睡のスリーパー。どっちにしろ助かる目はない。半秒後にはわかること、試案や推定は、残された時間をすりつぶすだけの不毛な思考だ。


 何度目かになる諦めの境地にいたったとき、室長の視線がごうから外れた。もっと背後のほうへと動いた。


「ん?倒れているのは誰だ? ありゃ機械。ンガっ!」


 強烈な風がこった。

 それは室長を突きとばし、ごうの真横をズダダダーーっと駆け抜けていった。


BEG-PS45ベグ45! どうしたの?」


 風--横を走り抜けていったのは二人の警官のうち、女性のほうだった。

 彼女は、うつぶせに倒れるアンドロイドに駆け寄り、床に膝をついた。胸に耳を当てて医者がする触診のように、頭や胸、あちこちを触る。ゆすったり抱き起こしたりはしない。助けるというよりは機能チェックのようだった。


 ぎくりとしたごうだが、冷凍部分は、氷の白から制服や外装の色へと戻っており、氷結を語る形跡はあとかたなく消えていた。凍ってたんですよと言っても、信じてもらえず笑われそうなくらいだ。


 室長と男性の二人も、通路へ躍りでた。傍に寄り添うように、女性の背中越しにミルフィーユを見下ろした。


「ベグ45! サブコンピュータによる自己診断! スリープモードのままでいい。現状のコンディションを外部スピーカーで報告!」


 女性警官の命令が悲鳴のように響いた。


「ベグ45!外部スピーカーで報告……お願い」

「……アイ。BEG-PS45、登録コードミルフィーユ」

「よかった。生きてた! ミルフィーユ。状態報告っ」


 めったに出くわさない感動的シーン。

 ウルウルするごうを、幽体がせっつく。


『右脚くん、いまだ』

「ぐす……陽一か。今って?」

『しー。声を出すな。考えれば聞こえる。あの小瓶をぶん捕るんだよ』

(いまがどれほど危うい状況か、お前わかってんのか)

『逆らう?幽体のオレに? あとで言うこときいときゃよかったって、後悔してもしらないぞ』

(……やっぱ。そうきたか……)


 ごうは右脚を見ながら唸った。ついに脅しにきたか。逮捕か呪いか。究極の選択。幽体だろうが幽霊だろうが、お化けの脅しなんてオカルトストーリーは、歴史的に固定されている。早死にも地獄行きもいやだった。


 どちらを選ぶか。ごうは迷わず逮捕をとった。刑務所にはいれば何もできなくなる。あきらめて憑りつき先を変更するかもしれない。少なく見積もっても牢獄のほうが、死より、将来性がある。


(でもいま小瓶が無くなったら。容疑者オレしかいないんだけど?)


 言うからには、なにかプランがあるのかもしれない。

 捕まる覚悟でやってみるしかないが、一応、聞いてみた。


『そこは知らん。応援するからうまくやれ。それが幽体としての矜持だ』

(バカな矜持があったもんだ。オレの人生の足、ひっぱっりまくってるよな。お前)


 数秒のちアンドロイドが返答した。口は閉じたまま、内臓されたスピーカーから出力された、くぐもった声での回答だ。


「アイ。CPU異常なし。メインメモリ異常なし。上肢機構異常なし。細胞栄養貯蔵タンク問題なし。蓄積量83%通常演算で約41日分……。メイン演算機再起動調整中。復旧機体温度変調あり。頭部、胸部、左脚部……」


 ほっと息をついて、女性は続ける。


「温度の変調? それはどういう……」


 ごうは、男性が使っていたのと同じビニールパックをみつけた。

 口を開き、小瓶のふたを開いて中身を逆さに流し込む。ドロリ。「うげぁ」『声を出すな』生物をペースト状にすりつぶした、触れたら汚染されそうな、物質がゆっくりと落ちていった。


「おおげさな。アンドロイドが、地震に驚いてひっくり帰っただけだろ」

「室長は黙ってください! そうそう何もないところで、人間よりバランス機構に優れたこの子たちが、転倒なんかするものですか」

「はいはい。ったく、うちのアンドロイドバカは……つくづく人事は配属を間違えたな」

「ミルフィーユ。自己診断!もう一度!」


 ふたたび機械的な自己診断を連ねるミルフィーユ。回答は、一語もたがわず同じだった。女性はそれに満足ぜず、再度、再再度の診断要求を重ねる。ミルフィーユは要望にしたがって、その都度、回答結果を単調に繰り返した。


 ぱちぱち。陽一がごうをほめたたえる。


『よーし。よくやった』

(えらそーに)

『空いた小瓶はどうする?、君じゃないが中身がない』

(そうだな……そこらにインクとかないか? 捜すのは得意だったろ?)


 室長が、ほわーと、大きく欠伸をした。女性が睨むと慌てて口を押える。男性は堪えた。

 5回目。やっと変化が現れた。三つあった”機体温度変調”が”頭部”と”胸部”の二つに減ったのだ。


『インク? 美術室じゃないぞ。そんなのあるか』

(なんでもいい!赤いならなんでも)

『じゃぁ。お、あれなんかどうだ?』

(急いで教えろ!それはどこだ?)


 女性がさらに食い下がってると、とうとう機体温度がすべて正常となる。


「ふぅ~。ミルフィーユ。スリープから復旧できそう。できるわね」

「アイマム」

「ミルフィーユ。立ち上がれる?」

「問題ありません」


 上半身を起こす。各関節の稼働を確認するように、ゆっくり膝立ちになって、やがて屹立した。ブレザーについたホコリを払い落とすと、面目なさげに頭を下げた。身長は、165センチほど。真向かいに位置を据えた女性とそれほど変わらない。女性の体格としては、人混みに紛れやすく目立たない。


 いっぽう、犯人確保の場合でも高さ負けしない絶妙なサイズだ。肩で息をするごうは、羽交い絞めにされた重さを思い出した。


「なぜ、倒れていたの?」

「わかりません」

「機体温度が部分的に低下していたけど。その原因に覚えは?」

「ありません」

「そう。メンテナンスが必要になる、かもね。何をしているところだったの?」

「紅葉山ごうくんを釈放するため、保護者の待つ部屋に案内するところでした」


 ずっと放置されていたごうは、一斉に注目され、後ずさった。


『人気者だねー、右脚くん』

(あせった……)


「やはり彼がそうだったのね。職務の続行は可能かしら? 私の助けがいる?」

「一人で問題ありません。十分なパフォーマンスが期待できます。お騒がせしました」


 ミルフィーユは、手足を動かし正常駆動を確認する。


 BEG-PS45が正常化したことで、警官たちが、いっせいに安堵した。


「まぁ坊主。勘違いはわかった。このアンドロイド……」

「室長。ミルフィーユですっ」

「ごほ。ミルフィーユの異常を報せてくれたんだな。疑がってすまん。気をつけて帰れ」

「ではこれで失礼します。ご心配おかけしました。紅葉山ごうくん。いきますよ」


 会釈し、さっさと行こうとするミルフィーユをごうは止めた。


「ちょっとまって、体調……機能は回復したんですか? 詳細な検査をうける必要があるんじゃ。部屋の場所を教えてくれれば、一人でいきます」


 高校生の意図を測るかのように、アンドロイドが瞬きする。瞳を模したカメラの焦点が、今度は合った。


「面白い冗談ですね。きみはまだ、正式には釈放されていない身です」

「そうなんですか?」

「そうなんです。わたしの傍を逸れたら、逃走したものとみなされますよ」

「歩いて逃げても”逃走”ってやつですね。いや、機能が正常ならいいんです」

「稼働状況は常時モニタリングしてます。心配は無用。気持ちだけ受け取っておきます」


 鑑識部屋が遠ざかる。解放されたごうは、長い長いため息をつきながら、密封パッケージをポケットの上から確認する。小瓶から移した赤い何かを入れたパックは、ヒンヤリしていた。


 室内に戻る3人会話が、とくに女性のぼやきが小さく届いた。


「あいつの精密検査は、どっちにしろ、いるんじゃねーのか」

「機械システム部に手配しますが。ベグ45ってPG社がBASICドリー社に技術提供した貴重な試作機なんですよ。つまらない雑用をさせておくなんて、上はなにを考えているのかしら」

「さぁな。アンドロ嫌いの怒りに触れたとか?」

「そんなバカなこと」

「あるわけねぇよ。仕事にもどるぞ」


 ドアが閉まり会話は聞こえなくなった。階段を2階に降りると、人の数が増した。今度は、半歩後ろを歩いているごうに、ミルフィーユが早口でつぶやく。


「君の身柄は、”冬都中央南高校”がひきうけてくれることになってます」


 2階は警官よりも一般人のほうが多かった。業務委託された業者とか、なにか手続き用事で来ているのだろう。ごうくらいの歳の人間は見当たらない。数に紛れたことで自分の姿が目立たなくなった。少しだけ息苦しさがなくなった。


「なんで学校が? ずいぶん前に退学してるんですが」

「学校側は、君の退学を認めていません。退学届けは受理されておらず休学の扱いです」

「えー?なんで?」

「優秀生徒のを手放すのが惜しいというのが、公式の回答でした。ですが」

「公式じゃない思惑があると?」

「食糧事情でしょうね」

「はあ?食糧?」

農業生産区ファームの、それも経営者が在籍してるというのは、関係者にとって食料調達しやすくなり、購入のとき便宜をはからってもらいやすいアドバンテージになるのです」

「そんな考えたこともない。安く買いたたかれて、経営はいつだって苦しいのに」

「気象変動のせいで、人間は安全な冬都シティに集中しました。自給率の高い地域でしたが、人口が倍になったせいで、食料事情は悪化の一途です。そんな事情ですが、君は食で困ったことはないでしょう?」

「そこは、生産者ですからね」


 グイっと、ハンドサインをしてみせた。

 今朝、いや昨日の朝、オヤジがみせたグワシだ。


「私見ですが、警察であっても事情は同じですので大きく間違っていないはずです。農業生産区ファームの出身の子供は、毎年行われる警察学校の受験の際、有利に働きますよ。公務員希望の子はたいてい農業生産区ファームの息のかかった行政所を受験しますから、ほかの行政区や企業は、残りった人材の奪い合いです。一人でも二人でもいれば、市場や業者が好印象をもってくれる。君の存在は学校にとって手放せないほど大きいのです」

「そういうもんですか。いいんですか? 俺にそんな裏事情を話しちゃって」

「私を気遣ってくれたお礼です。それにこれは公然の秘密。大人なら誰でもしってることで、君の釈放についても忖度があったと考えるのが自然の流れでしょう。経営者ならこれからの指針にしてみてください」


 アンドロイドがウィンクする。冬都シティのヒエラルキーは、市民、準市民、非市民の3層。一般労働者は準市民で、生産者は選挙権をもつ市民だ。アンドロイドの階層はスラム住人と同じく非市民だ。準人型機械権利条約で保護されるいっぽう、この世界基準は、完全な人権を認めていない。原則的に誰かの所有物なのだ。

 知恵の回るミルフィーユを、警察の下働きにしておくのはもったいないと、滑らかなシリコンの顔をのぞき見た。


「到着しましたよ。学校の方がみえるまで中で待ちましょう」

「あれ?ここ会議室? 犯罪者の面会室か取り調べ室っぽい部屋を想像してたけど」

「そちらは混みあって予約待ちです。君は釈放されるだけなので、ここになりました」


 行列をつくる取調室とか。そんなテキトーでいいのか。容疑者と取調官が仲良く並ぶ絵面を想像し、吹き出しそうになった。


 部屋はほんとうに簡素だった。学校の多目的ルームの壁際に重なっていそうな、折りたたみテーブルとパイプ椅子。会議室に入ったごうの感想は、どこにでもありそう、だった。


「ところで君の所有物について、言いたいことがあるんです」

「ぶっ!」

『ここで来たかっ!』


 みるみるごうの顔色が青くなっていく。鑑識部屋からこれだけ離れれば安全、話が、ほかのテーマに移ったのだから、完全にノーマークになったと、タカを括っていた。記憶デバイスにCFM細胞フラッシュメモリを組み込んだアンドロイドの記憶保存量は膨大で漏れなどないというのに。


「ごめんなさい、ごめんなさい。返します。逮捕しないでください!」


 平謝りに謝る高校生。盗品のパックを差し出そうと、ポケットをまさぐった。


「はい?逮捕? これをお返しします」


 ぽかん。ミルフィーユが、ずっと持ち歩いていた小物入れをテーブルに置いた。入っていたのは、見慣れた品々。ごうがもっていた、スマホやアイデバイス、双眼鏡、それと、それぞれのメモリカードだ。


 惚けるごう。起動した脳が意味をくみ取るまで、3.8秒の時間を要した。


「…………あ、ああ、そう。そうですよね。スマホとかですね。双眼鏡。僕の所有物です。はい」

「言いたいこというのは、データについてです」

「でーた? ああデータ」

「撮影保存されていたデータは、証拠としてコピーしたうえ、漏洩防止のため消去させてもらいました。規則ですので悪くおもわないでください」


 紛らわしいセリフ回しを!

 説明とか伝達とか、ほかにも言い方があるだろうに。


『”ごめんなさい、ごめんなさい。返します。逮捕しないでください!” だって。わはははは』

「お前が言うかっ」

「すみません」

「いえ、ミルフィーユさんに言ったわけじゃ。消去はしかたないです。釈放されだけありがたいと――」


 横目で陽一を睨んでから、ごまかすため、置かれたスマホを手にして、電源をオンにした。


「――うぉっメールと電話の着歴がすげっ!」

「電源立ち上げは、身柄を引き渡してからにしてほかったんですけどね。せめて連絡は、署からでたあとでお願いします」

「……はい」


 ごうはうなだれて、適当なパイプ椅子に沈み込んだ。


「疲れた。家に帰りたい」


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