終章 愛の形
百合二輪 終章 愛の形
私は
高校三年生を迎えた春休み、高校時代の多くを過ごした東北の街に一人来ている。
もっともらしい理由ならいくらでも思いつくけれども、私がここに居る理由はただ一つ、恋人である
学習机に座った
表向きの理由は、就職から進学に針路変更した
要するに私達は親公認の仲だ。
私は
「意外と覚えている」
イオンの本屋で、これを買った覚えがある。
「この参考書の範囲、まだ習っていませんね」
「余裕があればだけど、先にやっておくと楽」
「先輩、もう精一杯です」
「基礎力判定テストを目標にして勉強する科目を選ぶと良いかも」
「まず数Ⅰからやり直します」
「うん」
私は
私と
教材より分量がはるかに多く、何より楽しい。思わぬ言い回しが発見出来て一石二鳥だ。そしてたっぷり数時間はある。
イヤホンを付けて、右手にはシャープペンシルを持つ。理解出来なかった文や、良い言い回しを見付けたら書き出すのだ。
二時間ほどそれを聞いた所で、
「小休止にしません?」
「
「気を利かせて、農協の小旅行です」
「先輩お茶にします?」
「うん」
クッキーを食べ、紅茶を飲みながらごく普通に
紅茶を飲み終わると、ベッドに腰掛けた。
「焦がれていた」
「先輩、待っていました」
私は、主導権争いに敗れた。
思考が狭まっていく。沸き立つ衝動は
息が荒くなった。私は衝動の循環から逃れようともがくが、
私は思考の幅が極端に狭まり
「さ、
「先輩、分かっています」
重ねられた
体がほてり大粒の汗が出てきた。
「先輩、好きです。受け止めてください」
私は慌てて
互いの胸の中で、指輪とロケットが跳ね回りキンと金属音を鳴らした。僅かに遅れておでことおでこがぶつかる。
「いたた」
「
抗議は最後まで言い切れなかった。強引に割り込んだ
酸欠になり始めた頃、私と
「先輩、大好きです」
「
「だって不安です」
「全て
「先輩の全てをくれますか」
「もちろん」
◇◇◇
模試開けの月曜日、勉強に飽きた私と
イオンの前で
「
「ミスドでいいか。選択肢は無いけど」
「
フードコートは春休みのせいで混み合っていたけれども、午前中のためか三人の席を確保するぐらいなら難しくはなかった。
「
「先輩、
「ポン・デ・リング、エンゼルフレンチ」
「
「
「今日は親が湯治に連れて行った」
この冬は体調が優れないと聞いていた。
「なあ
「そう」
「だけど愛って、何でもおかしいんだな。
「
「忘れてくれ」
「ええ」
「どうしたの?」
「
私は
◇◇◇
昼過ぎに
「お爺さま、用事なら私が」
「そうだな、じゃあ二人に頼もうか」
「
「わかりました、お爺さま」
用意するために一度家の中に入ってから、出かけた。
「唐田さんというのは?」
「唐田商店です」
「木元沢は」
「この小川を登りきった所、結構遠い。一時間ぐらい」
脇を農道が通っていて緩い坂道になっている。
手袋をした右手を差し出すと、
麓の方の田は田起しされていたが、しばらく登ると昨年の秋刈り取られた稲の根元がそのまま残っていた。
「うちは二回田起しするんだ。それに水の冷たさが違うから田植えの時期が違う」
「休憩しようか」
家を出てから、二十分ほど歩いた気がする。
「お茶出しますね」
「まだ、熱い。気を付けて」
「冷ます時間あまり取れなかった」
返したボトルをフーフー言いながら
目の前に、軽のワゴンが止まった。中からおじさんと、おばさんが出て来た。
「高校生さんか?どこに行くんだ」
「木元沢の唐田さんの所です」
「なんだ五十嵐さんところのお嬢ちゃんじゃないか、それと」
「
「べっぴんさんだね、連れて行ってあげるよ」
私達はワゴンに後ろの席にお邪魔する。
「山の方からだとイオンは遠くてね。自動車が出せないじいさんは唐田さんの店よく使ってるよ」
悲鳴をあげるエンジンに鞭打ちながら、ワゴンは坂道を登る。
鬱蒼と木が茂った一角で車は止まった。
「唐田さんによろしくな」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
軽のワゴンはさらに上の方に走り去っていく。
「ほらここで暗渠になってるでしょ」
車を降りた場所から、数段階段を下り唐田商店に入った。
洗剤や日用の消耗品の他に、お菓子、ジュースを売っている小さな商店だ。
「失礼します」
「いらっしゃいませ」
店の奥から女性の声が聞こえる。出てきたのは化粧気の無い、しかし綺麗な中年の女性だ。
「まあ、五十嵐さん家の
「唐田さん、回覧板です」
「ありがとう。お茶をご馳走しましょう」
私と
こたつの掘られた居室には仏壇がある。決して広くは無かったが二人ほど生活していた感じがした。
「ご焼香を」
私は、カトリックだが他の宗教を尊重する様に育てられてきた。
「
「ご姉妹ですか?」
唐田さんは私の方に向き直る。
「失礼ですが、五十嵐さんの所に泊まっていらっしゃる
しばらくの沈黙があったが、私は全てを察した。唐田さんと時子さんは、私と
「そうです。失礼を」
こんな場所にも女性同士のカップルが生きる術が有るなんて思いもしなかった。私は視野狭窄に陥ってるかも知れない。
「いえいえ、こちらこそ失礼を。失礼ついでにお名前を」
「
「
「ありがとうございます」
「あの時私達は港にいて、車で必死に逃げたんですが、波に飲まれてしまって私だけが助かったのです」
「ごめんなさい」
「いえいえ、今時子の位牌がここにあるのも、全て
私達の事について、
「どれ、もう三時だし、店を一旦閉めて、貴女達を送って行きましょう」
唐田さんは暖簾を降ろすと、一旦庭で何かをした後、店の扉を閉めた。軽のハッチバックを車庫から出すと、後ろに乗るように促す。
私達はもう隠す事も無く、手を支えて
「
「はい」
「がんばってちょうだい。
軽のハッチバックは来た道を下る。来る時は後ろ側であまり見えなかった海が、目前に拡がる。
「浜ではたまに骨が見つかる事が有るのです。誰のだか分からないから役所に届けるけど」
「浜に行くのですか」
「たまにね」
そのまま十分も走ると
玄関に横付けされた車から降りて、私達は唐田さんにお礼を言う。
「うちに咲いていたものでね、きちんと包装していなくて悪いのだけど」
唐田さんは、そう断ると紙に包んだ二輪の真っ白な椿の花を差し出した。
「貴女達に至上の祝福を」
終わり
百合二輪 しーしい @shesee7
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