熱海はすごくきれいです♪

「すごいのだー、海は広いなきれいだなー!」

 助手席のミチルは感激していた。タクシーの窓から身を乗り出しそうであった。シートベルトがなかったら、転げ落ちていただろう。

 パパが軽くたしなめる。

「こらこら、危ないぞ」

「潮風が心地いいのだー、熱海はいい所なのだー♪」

 実際に素晴らしい景色であった。

 切り立った崖に何度も波が打ち寄せ、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。遠目で見ても迫力があった。

 空は青く、どこまでも続いている。空と海が爽やかで壮大だ。ミチルはスマホを持っていればいくつも写真を撮っていただろう。

「パパがスマホを取り上げていなかったら、もっと楽しかったのにー」

「ははは、おまえが普通の女の子になればすぐに返すぞ」

 パパの隣で、クスクスと上品に笑う女性がいた。

 ミチルのママである。

「今のミチルなら、すぐね。楽しいでしょ?」

「うん!」

 ミチルは元気よく頷いた。

 

 そんな仲睦まじい親子を追いかけるタクシーは、剣呑とした雰囲気だった。


「少佐、なんで到着が遅れましたの? 結局は私一人で何とかする事になりますの?」

「パスポートが期限切れだったのである。ようやく手配できた所なのである」

 少佐は飛行機を使わないと来れない所にいたらしい。

 タクシーの助手席に座るりんこちゃんは、両目を釣り上げていた。

 口元を引きつかせて、こめかみに四つ角を浮かべている。

 スマホの通話相手に静かに怒りをぶつけていた。

「もともと来る気がなかったと思ってよろしくて?」

「不可抗力である! 今度何かあったら小生がなんとかするである!」

「よろしくお願いいたしますわ。私一人では荷が重すぎますの」

「うむ! パスポートを手に入れ次第、すぐに向かうである。健闘を祈る!」

 通話は切れた。

 りんこちゃんはため息を吐いた。

「健闘を祈ると言われましても、私にできる事は限られていますわ」

 ミチルが乗るタクシーは、崖の上にあるカフェで止まった。ミチル親子が降りるのを確認して、りんこちゃんも静かに降りる。

 気配を消したつもりだった。

 しかし、ミチルパパが振り返ってきた。

「やぁ、尾行してきたんだね」

 りんこちゃんはヒィッと小さく悲鳴をあげた。

「どうして私の事がわかりましたの!?」

「何者かの視線を感じていたのに、急に気配が消えたから」

「そ、そうですの」

 りんこちゃんは内心の動揺を抑えて、冷静になろうと努めた。

 ミチルパパの両目をじっと見て、両手両足が震えそうになるのをこらえる。

 ミチルが遠くから、りんこちゃーんと手を振っているが耳に入っていなかった。

 緊張しているのは明らかだった。

 ミチルパパが憐れみを込めて微笑む。

「ミチルから話は聞いている。とてもお世話になったようだな。だが、それも今日までの話だ……」

 潮風が吹く。異様な雰囲気を察してか、周囲の観光客が遠目で見ている。

 りんこちゃんは、きっととんでもない事を言われると覚悟した。どんな事態になっても冷静に対応する。それが彼女のポリシーだ。

 ミチルパパが口を開く。

「かわいそうだが死んでもらう!」

「超展開すぎますわ!?」

 結局、りんこちゃんはポリシーを守る事はできなかった。

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