T&Hの待望

平悠希

第1話 1.黒川兄弟



  長期休暇を目前に控え、学生達の胸が踊る7月半ば。


開け放たれた窓から侵入を試みる陽射しの気配を、じわじわと左腕に感じながら、悠一は眉間に皺を寄せていた。


「今朝登校一番に耳にした『黒川悠一伝説』で悟ったんだけどさ」


「……ああ?」


「兄貴ってやっぱり人間じゃなかったんだね。とっとと木星に帰れば?」


「やかましい。お前が星へ帰還しろ」


悠一の不条理な平手打ちを喰いかけた少年は、慌てて頭を庇った。



月始めの私立名山高校では、『全校集会』と銘打った『風紀検査』が行われる。


運動場に整列した全生徒が、前から順に服装頭髪をチェックされる流れは、どこの高校も定番だ。


グラウンドに容赦なく照りつける真夏の太陽の下、無風の生き地獄を味わう生徒達。


それでも懲りない少数派は、様々な自己主張を振りかざし、教師達を戦闘モード化させて攻防戦を繰り広げる。


そんな中当然のようにパスした悠一は、教室に戻って自席に直行した。


未だ運動場でちらつく黒い小さな人影を、細めた目でボンヤリ見下ろし。


……この様子じゃ1限目開始はズレ込むだろうな。


そう確信して世界史の教科書に目を落とした悠一の前に、突然乱雑な音色と共に誰かが座った。


それが、弟の伸一だったのだ。


  上級生の教室にも関わらず、伸一は臆することなく踏み込んで来た。


前席が無人だったのをいいことに、椅子に逆さ座りして『宇宙人説』を唱えたのだ。



「……で、結局何の用だ? 遠路遙々喧嘩売りに来たか?」


「だって、三笠里子だよ? あの人が何者か知ってんの?」


「今知った。その名はミカササトコ」


「……」

名前も知らなかったんだね……。


ガクッと頭を垂れた弟は、侮蔑と呆れを配色した視線を自分に寄越した。



今朝登校してから、一体何人の友人に非難されただろう。


悠一はウンザリしながら窓の外に目を移す。


午前中にも関わらず、グラウンドからの照り返しが眩い。


この殺人的な猛暑日にあそこまで戦える根性は、ある意味天晴れだ。


『個性』の発揮方法を間違えると、どういうわけか『反発』に成り代わり、挙げ句があの様なんだろう。


そんな事をぼんやり考えながら、まだ前でブツブツ何か言う弟を無視していた。



事の発端は先週の金曜日。


悠一は放課後、見知らぬ女子生徒に呼び止められ、無人の生徒会室に誘われた。


『好きです。付き合って下さい』。


見舞われたお決まりのセリフは、間髪入れずに遮断。


泣きそうな顔で立ち去る彼女の背中を見送るどころか、途中で追い越す冷酷ぶりを発揮した。


そして週末を越えた今日。


どういうわけか、『三笠里子、黒川にふられる』ゴシップで、朝から話題持ち切りだったのだ。



「兄貴さあ、女の子に興味ないとか言うけど、じゃあ何を糧に生きてんの?三笠先輩は、ウチの生徒会長! 行事司会や挨拶してる人だよ? 壇上にあがってマイク持って何かしゃべる人ね?」


「だからどうした」


「いわば今期の名山代表なわけ。そんな人の名前と顔を知らなかったんだろ? 俺が人間じゃないって主張する意味分かるよね?」


ようやく戻ってきた前の席の生徒に、頭を下げて椅子を譲る。


悠一の後ろに回り、同じ様に窓の外を眺めながら、呟くようにそう言った。


「壇上の人間相手に顔を上げるほど、俺は行事に熱心じゃない」


「まあそうなんだろうけど……」


「俺が今切実に欲する対象。それは金だ。マネーだ。他に一切興味はない」

 

「うそーーっっ?! 兄貴ってばそれが高校男子のセリフ?! やっぱり異星人だ! 宇宙人は宇宙人同士で仲良くすればいいんだーっ!」


誰か宇宙船の手配を頼むー!!


付け加えた伸一の絶叫に、クラスメートの好奇の視線が集まった。


悠一は素早く振り返り、弟の頭をパシリと打ち鳴らす。


ドスの利いた低音でもって、弟の耳元を零下に晒した。


「黙れやかましい。いいか? 俺達の貧相な家計状況を鑑みろ。晩飯から姿を消して久しい肉の存在を憐れめ。他人に興味を示す暇があれば、血眼になって依頼を探せ。宇宙と交信している暇はない」


「依頼ばっかに頼らず他のアルバイト見つけりゃいいじゃん」


「この仕事を始めるきっかけを作ったのは誰だ?」


「……あ、それは俺です、間違いなく」


悠一の鋭い睨みに再び頭を垂れる。


相変わらず四方からの視線が身に染みるが、悠一はお構いなしの様子だ。


私立名山高校は、全国的に名の通った進学校である。


学生のアルバイトは禁止され、家の事情等例外の場合も、校長の許可が必要だ。


伸一は以前、自宅近所のコンビニでアルバイトをしていた。


たまたま客として担任がやって来た事。


たまたま許可なく無断でやっていた事。


この不運が重なり、黒川伸一のアルバイトは今後禁止となったのである。


「……もっと派手に客寄せしちゃうとか……」


「バレたら二の舞だろうが。俺達の仕事を教師に説明する事ほど無駄な時間はない」


「あははっ! そうだよね! やってる事普通じゃないし! ……あ。ならむしろバレてもいいんじゃない兄貴?」


頭の痛い哀れな兄弟って事で始末されるよ?


「一緒にするな忌々しい」


伸一の頭が奏でたパチーンという音色が、廊下から上がった声と重なった。


「おーい黒川ーーっっ!!」  


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T&Hの待望 平悠希 @harurusakki

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