悪魔は一時去れり


 「杖の中には金属、ならばその金属がどんな形状なのかは無論警戒するのが道理だ。まさか、無警戒だと思ったのかね?」

 床を踏み込む音と同時にバキリと何かが折れる音が二つ・・、響く。そして空気が唸る。

 「もっと言えば、自分を倒した相手に不意打ち等という安い手が有効だと考えたのかね?

 だとしたら、それはシェリー=モリアーティーに対する最大級の侮辱だね。」

 刃は持ち主を自壊させながら真っ直ぐ振り下ろされ、シェリー=モリアーティーの頭を唐竹割り……寸前で止まった。

 「オーイさん、刃に気を付けて振り返って頂けますか?」

 診療所の窓の外では実際に刃物を突き付けられているこちら以上に蒼褪めた禿頭。

 こちらにはシェリー君と気付いていない孫娘。そして唐竹割り寸前の体勢で硬直した毒爺。

 「刃?なんのこ……ッドゥェッ!」

 シェリー君の頭上、頭皮寸前で止まった刃を見てやっと孫娘はギョッとした。

 「えっと、ちょっとゴメンね……ゆっくり下げるよ?」

 慎重に、慎重に、腰を抜かす寸前で腰を落として姿勢を低くして刃を潜り抜ける。

 頭から振り下ろされかけていた刃は、窓から僅かに射す光で眩く鋭く輝いていた。

 「モモモモモモ……モモモ、、、モモモモォ!」

 不自然な体勢で硬直した毒爺の体が震える。しかし、動こうとしない。何かを口にしようとしているが、口も動かない。

 いや、正確には動けない・・・・

 「キ、キキキ……」

 『先程・・使ったH.T.の感電術式のストックは使い切って既に品切れだ。』


 先程、毒爺を仕留めた時に使っていたH.T.の術式は使い切ってある。だが、この場にはもう一つ有るだろう?

 自称そこそこ天才が原型を見て真似をして作った、光学迷彩機能を搭載したもう一つのH.T.が。

 「そちらのストックは感電だけでなく、未だ幾つか面白いものを仕掛けてあるのだよ。」

 何も無かった筈の手の中から布の端が現れる。

 それは徐々に徐々に広がり、無を塗り潰して全貌を現した。

 柱や梁に複雑に巻き付いて毒爺の全身を絡め捕るその様は、獲物の自由を許さない蜘蛛の巣の様だった。

 「ム、ムゴ、ムゴゴゴゴ‼」

 往生際が悪く暴れて抜け出ようとする毒爺。しかし、満身創痍の老いぼれが抜け出す様な隙も慈悲も、私には無い。

 「これだけ慈悲に溢れた対応をされて未だやる気ですか?

 殺し合いで慈悲や情けをかけられた人間は死んだも同然なのに。」

 振り返って毒爺に向き合う。

 「ムグググググググググ!」

 言葉は無いが、「未だ狂人はここにあり」と体で示している。往生際が悪いとは正にこの事だ。

 「そうですか。ですが私には最早関係は有りません。

 刺激を求めるのであれば勝手にどうぞ。思う存分墓穴に進んで行くといい。」

 だが、

 「シェリー君の邪魔をするな。」

 声を低く、小さく絞り、毒爺の耳元にだけ届く様に囁く。

 毒爺は一瞬体を硬直させて……

 『射出』

 絡み合ったH.T.が予め仕掛けられていたコマンドを実行し、抵抗出来ない毒爺はH.T.に締め上げられ、主要な関節と骨を砕かれながら仕込み刃諸共診療所の窓の外へと射出された。


 「ヒィイイイイイイ!」


 窓の外で飛来する人体と刃が鼻先を掠める体験をした禿頭の男の悲鳴が響いた。

 腰を抜かした男を見下ろして言葉をかける。

 「シェリー君が何もしなければ、鼻先では済みませんでしたよ。

 もし、今度彼が毒キノコで・・・・・錯乱した時は・・・・・・、私は手を出さないのでそのつもりで。」

 外が騒ぎになる中、それを無視して孫娘とシェリー君はその場を後にした。


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