Hollow Tarp その1


 必要な事は、相手を消耗させて抵抗力を奪う事。

 最初に気絶させた時の手品の種一つでは十分な効果が得られなかった。

 2倍の威力で仕掛けて大人しくさせる事は勿論容易に出来る。が、『大人しく・・・・してしまう・・・・・。』という理由でシェリー君は一切使おうとしない。

 徐々に徐々に消耗させて、思考に僅かなひずみを作り出す。歪みは独りでに広がり、他へと波及し、破壊していき、それは悍ましく取り返しのつかない毒となって最期には全てを台無しに。

 まぁ、だからと言って老骨の戯れに対して律儀に遊んでやるのは感心するとは言い難い。それでも出来る・・・算段あっての事ならば、それを止める道理も動機も無い。

 それに、こうして消耗を狙いつつ、無知蒙昧で怠惰かつスクラップ寸前の思考回路しか持っていない連中にも解り易くシェリー君の立ち位置を視覚的に叩き付けるというのは効果的だ。

 困った事に、この手の人心掌握、奸計、邪智暴虐は特徴、やり方、弱点、その弱点を徹底的に突く対策方法までキッチリ教えて来た。……にもかかわらず、当の本人に実行出来る計算能力が有るにもかかわらず、悲しい事に、使った事が無い。

 本人は明確に嫌って使わない訳ではない。が、それを使って人心掌握して云々……と考える才能が絶望的に無い。悲しいなぁ。




 回避、回避、回避。当たらぬ杖とシェリー君を見ながら怒りもせずに、徐々に恍惚としてきた表情を見せていた老いぼれ。

 私が殺意を向けて縊り殺す前にシェリー君は早々と距離を取って丁寧にお辞儀をした。

 距離を取っているとはいえ、淑女の鑑……というには中々に刺激的過ぎるタイミングでのお辞儀だ。

 狂人に殺意を向けられた状況下でお辞儀をする『淑女』というのは存在……するな。我々は約一名、狂人の狂行を超える凶行を日常的に行える該当者を知っている。

 「ドクジーさん、申し訳有りません。時間が有りませんのでドクジーさんの趣味にお付き合いするのはこれまでとさせて頂きます。」

 目の前の毒爺はそんな凶行を淡々とやってのける規格外埒外理外淑女を知らなかったので、当然目を丸くした。

 「なに、を?おっしゃーる?」

 呆気にとられるとは正にこの事。毒爺も、舞台を見ている観客村人も、役者の正気とは思えない言動と行動アドリブに呆然唖然愕然としていた。

 「『暴力は終わりにします・・・・・・・・・・』と言ったのです。

 少しだけ、痛いのでご了承下さい。」

 シェリー君が懐から取り出したるは、ナイフではなく、鏃でもなく、棍棒でもなく、当然の様に薄っぺらな藍色の布キレ一枚。

 相手は中に金属を仕込んである杖を構えている。

 やー、非常に、非ッ常に、不利な状況だなあ!絶望的状況が過ぎると思いはしないかな⁉

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