墓碑銘その1

 避ける、避ける、避ける。

 先程から毒爺が狂人の本性を剥き出しにして絶え間無く攻撃し続ける。対してこちらは一切の攻撃を加えていない。武器すら手にしていない様に見える。

 「どうしましたかなぁ⁉攻撃せねば私は倒せませぬぞ!」

 吠える毒爺の言葉は空虚で滑稽にしか聞こえない。何故なら先程からシェリー君は毒爺の攻撃に掠りもしていないから。

 猛攻に次ぐ猛攻。それは決して稚拙なものでは無い。元とはいえ騎士であった者、魔法も武術もその辺の賊やその辺の脳筋教師よりは洗練されて無駄の無い動きをしている。

 それを冷静に、無駄無く、確実に、避けていく。不意の動きや攻撃を前にしても驚きは無く、知っていた様に回避していく。

 「問題は無さそうかね?」

 「勿論です。そうですね、このまま上手く持久戦に持ち込んで、倒れる寸前まで消耗して頂いた後に、安全に確実に拘束する事が出来ればと考えています。」

 「ふむ、悪くない。して、今は一体何秒・・かね?」

 「それは、教授が一番御存知の筈でしょう?

 この状況下であれば1秒、最長で2秒に満たない程度です。」

 「動きが高速に成れば成る程、より高精度な動きを要求されればされる程、先を見る・・・・のは・・難しくなっていく。」

 何の話をしているかと言えば、毒爺の攻撃を完全回避する際の種についてだ。

 私は元々魔法を知らない。今も私にはエピソード記憶が無く、思い出そうとすれば無い筈の頭が痛んで思い出せた試しが無い。しかし、意味記憶が存在し、その中に魔法に関する知識が欠落している。要は私には記憶を喪う以前に魔法の心得が無かった。

 

 だから、シェリー君に教えて、今シェリー君が使っているものは奇術や魔術マジックではない。知らない物は教えられない。だから私は私の覚えている物全てを総動員し、魔法を研究しつつ、魔法に抗う既存知識由来の手段を数多教えた。

 その内の一つが純粋な計算と観察に基づいた、所謂『未来予測・・・・』というヤツだ。

 相手の現在の状態や現在の周辺環境といったデータ全てを数字化。それを用いて計算する事で未だ起こっていない事象を予測する。

 一見難しいと思われがちだが、案外簡単だ。例題を挙げて考えてみよう。

 『貴方は10㎞先で待つ友人の元へ時速10㎞で向かっている。貴方と友人が会うのは何時間後の事か?』

 時速10㎞というのは1時間で10㎞進む事。ならば10(距離)÷10(速さ)=1(時間)で1時間。ほら、これで未来予測の初級が出来た。卓越した能力は要らない、先天的で特別な才能も要らない。魔力なぞ一切使わない。それでも未来の予測が出来る。簡単だろう?

 それが出来ればあとは簡単。そこに『貴方』の走行能力、『貴方』の持ち物、路面状況、信号の有無、時間帯、人口密度、相手が何時まで待つか?といった変数を加えて計算すれば上級者。

 まさに今、シェリー君が行っているのは上級者向けのそれの練習という訳だ。

 相手が実地経験や力でこちらより優れているというのなら、こちらは相手さえ知らない相手の事を知って優位に立とう。

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