舞台上と無賃の観客


 暴力的で狂った老人が純粋な少女に飛び掛かる。事案も良いところだが、事案を片付ける警備官は無し。

 という事で、正当防衛の時間だ。術式準備を……

 「あぁ、教授は手を出さない様にお願いします。くれぐれも・・・・・、物騒な術式を使うのは無しでお願いしますよ・・・・・・・。」

 おっと、何故バレた?殺意は一切見せていないし、感じさせてもいない。無論少女一人に気取らせる様な間抜けになった覚え、私にはない。

 「『殺意や悪意を隠しても、考えの傾向からそこに隠された殺意が有る事を知る事が出来る』と教えられたものでしてね。

 ですので準備しているその物騒な術式、仕舞って頂けますか?」

 「……残念だ。折角新しい術式をお披露目しようと思っていたのに……。

 我ながら、そこそこの代物が出来たと思っているのだよ?対象が生物あるいは思考能力が有る場合において致命的な有効打と成り得る……」

 「攻撃が来たので少し失礼!」

 スルーされた。まあ仕方が無い。

 後ろに一歩倒れる様に退がると、それまでシェリー君の頭があった場所を杖が横切って行った。勿論喰らっていれば頭蓋が砕ける威力。自分の刺激の為に少女の頭蓋を砕こうとする老人の顔は今が最高に楽しいとばかりに目を輝かせている。

 「先程は何も出来ずに終わったが、今度はそうも行くまい!いやいかせん!」

 振り抜いた杖を振り戻しながらの二撃目……と見せかけておいて、振り抜かずに杖の先端がシェリー君の正面に向いた途端に動きを止め、片足で踏み込み突きを放つ。

 しかしこれも予期して左に倒れ込む様にして、髪の毛一本さえ触れさせずに回避。突きから繋がれた横薙ぎも予め知っていた様に避ける。

 避ける、避ける、避ける、避ける……

 診療所内を飛び跳ねる老人。対する少女は慌てず騒がず足音一つ立てず。舞う様に避けていく。

 窓の外では孫娘が引き連れてきた村人が観客として黙って見ている。

 連中はシェリー君の動きの本質を解っていないし、そもそも舞台上の両者は最低限の身体強化を行っているから見えていない者も居る。

 しかし、先程から凄まじい動きで攻撃する豹変した村唯一の医者が少女を殺せずにいる事だけは解っていた。

 不安に満ちた目で、混乱した顔で、理解出来ない様子で、ただただ何も出来ずに見ている。

 『自分達を救ってきた仁術に秀でた仲間』のイメージが破壊されていき、邪悪な刺激中毒者が叩き付けられている。

 『村に害をもたらしたシェリー=モリアーティー』という空想の存在が塵になり、邪悪な刺激中毒者から自分達を守る少女が叩き付けられる。


 舞台に立つ力も無いどころか、舞台に立つ勇気も無い観客達はその二人の大立ち回りをただただ黙って見るしか無かった。

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