虚空より指摘を込めて

 「どこどこどこですかなぁ⁉

 さぁ、さぁ、さぁ!この老骨にお付き合い下さい!あちこちガタだらけの哀れな老骨と遊んでくだされ!」

 診療所の外にまで聞こえる大声で叫びながら備品を引っ繰り返す。

 床は色とりどりの薬品とガラスの破片が広がり、素足では到底歩けたものではない。当然、靴を履いていたとしてもガラスを踏む音は聞こえてしまう。


 「そろそろ頃合いかね?」

 「……そうですね、もう十分でしょう。」

 複雑な表情で老医を見やる。それは悲しみか、それとも怒りか、はたまた困惑か、あるいは苦しみか?

 「人間は誰しも内に狂気の存在を秘めている。

 その形が猛り狂う爪と牙を持つ獅子や熊の類か、温厚な動物の体内に潜り込んで狡猾に振る舞う寄生虫か、毒をもって他を苦しめる蛇の類か、猪突猛進圧倒的直進で歩む道にあるもの全てを蹴散らす猪の類か、それらが混在した合成獣か、それとも……得体の知れない怪物か。形はどうあれそこには居る。

 それに喰い殺されなければ人は人間として在れる。それが出来なかったからこそ、今そこに居る喰い散らかされた騎士の残骸は居る。

 よく見ておくと良い。君が己の狂気に喰われそうになったら今日を思い出すと良い。そしてそれを恐れると良い。そして考えると良い。

 自らに仇成さんとするそれ・・を己の手足として従える方法を思考すると良い。

 それが成せれば、君は今以上に自分を巧く使えるようになる。」

 この刺激に飢えた老医は狂気を引き金として医学を学び、騎士としての風格を纏い、戦闘能力を得た。半歩違えれば転げ堕ちるリスクは有るが、狂気は使いこなせば武器になる。

 「前向きに、努力します。」

 その一言を静かな号砲として、シェリー君は動き始めた。

 足音は、無い。



 老医師ドクジーは狂乱に呑まれつつ冷静に考えていた。

 一向に見付からない。

 ドアは開いていない。窓も開いていない。足音一つ無い。気配も無い。無い無い尽くしなのである。

 「どこだぁどこだぁどこですかなぁ?」

 ガラスも床中に撒き終えた。千鳥足のフリをして歩くとガラス片が割れる音と感触が足元から伝わる。

 これだけやって一切姿を見せない。物音一つ無い。もう逃げた?それはない。

 何処か見落としている?机の上?ベッドの下?そこには人が隠れる程のスペースは無い。もっと言えば動けば気付く。

 幻燈の魔道具を使ったとて、音は誤魔化せない。故にガラス片を床に撒き散らしてみたが、一向に姿が見えない。

 嗚呼、嗚呼、嗚呼、解らない。先程死体4つを消した方法も解っていない。どんな魔法を使ったのだろう?相手はどんな未知で自分を殺しに来るのだろう?きっと面白い刺激が一杯だろう。楽しみで仕方がない。

 「こんな木の棒切れ一本振り回すしか楽しみのない老人を嫌わんで下さい。さぁ、出てきて一緒に楽しみましょうぞぉ。」

 虚空に向かって話しかける。

 「ドクジーさん、嘘はいけませんよ。」

 虚空が応えた。


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