シェリー君と理性ある狂人

 こんな事・・・・大嫌い、こんな事大嫌い・・・、きらい、嫌い、大嫌い、だいきらい……

 体が上下に動く。笑っている。理解が出来ず、出来ないあまり笑ってしまう。

 「クク、クッククククク……………」

 体が痙攣し、反射的に老医の右腕が魔法を纏って杖を強く握る。

 「イヒ、イヒヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 壊れた様な笑いをしながら今声がしたばかりの場所、背後を打ち据える……かと思いきやフェイント。今度は正面を横薙ぎにした。

 腐っても元は騎士。棺桶に入って退いた訳ではなく、負傷して退いた狂人・・。戦闘能力や経験はその辺の賊や思い上がった若者達とは次元が違う。どころか、技量や経験だけで判断をするのなら、過去に破滅に追い込んだあの学園の剣術脳筋教師も超えている。

 英才教育も無しにそこまで至った理由は一つ。この手の狂人は狂っているが、思考能力が無い訳ではないからだ。

 生命や境界線をよく知り、その一線の上を躍り狂う。文字通り生死の狭間に在りながら恍惚として飛び跳ねる。そして死なない。

 中には死ぬ者も居るが、生き残った狂人は経験を積み重ねる。それも、死線を往復するという精神を病む様なろくでもない経験を、だ。

 そうしてここまで生き残ると、こうなる。

 瞳孔は開きっぱなし、視線は目を回したように忙しなく動き、表情は笑みと言うにはあまりにも攻撃的、喉の奥ではくっくっと何かが引っ掛かって詰まった様な不気味な笑い声が響いている。

 『毒キノコをうっかり口にして幻覚を見ている』と言われた方が未だ納得出来る様な有り様。理性は吹き飛んでその辺に落ちていそうに見える。


 パリン


 小さな卓の上に置いてあった普段使いの薬品瓶を左手で払う様にして診療所中の地面にまき散らし、笑う。

 酔っ払った様に千鳥足で杖を大きく振り回しながら笑う。

 そして、またも笑う。


 足元にガラス片を撒き散らして透明な相手を確実に炙り出しに来た。

 酔っ払った様な動きは不規則さを生み出し、相手に次を予測されない様に。

 壊れた本能で動いているが、理性はしっかりとある。まぁ、壊れた本能を止めない辺り、あっても他人から言わせれば無いも同然なのだが、ね。

 それが証拠にガラスは診療所の床の半分を覆い、泥酔した人間の千鳥足の様にふらついてながら未だに倒れる事は無く、杖を振り回しているのに天井や壁にぶつかっていない。


 まったくもって、頭の悪い悪人は数が煩わしいだけだが、考える頭が有ると悪人悪党の類は手が付けられない程に性質が悪くなっていく。嘆かわしいったらない!

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