悪魔と医師は問答す

 悪魔は訊ねる。

 「…先ず、一応の確認ではあるのだが、ここの村人達に毒を盛ったのは貴方で間違い無いかね?」

 無難過ぎる、あまりに浅い、拍子抜け過ぎて逆に意図が読めずに警戒してしまう様な陳腐な質問だった。

 背後を取られぬ様に、警戒を解かぬ様に、目を凝らし、耳を澄まし、手の中の杖で周囲を探りながら話を聞く。

 「…何か異論があれば聞くが?」

 「いいや、全く。その通りだ。

 村の連中のチェックをすり抜けたところで毒キノコを仕込ませて貰った。色や形状で村の人間は毒だと気付く。それは困るから、細かい粉末にして混入させた。

 そして、皆気付かなかった。皆家に持ち込み、晩御飯を作り、家族皆で仲良く食べ、そうして村中が毒に蝕まれて苦しんだ。」

 相変わらず心臓は躍動し、全身が脈打つ。

 「………村全体で中毒を起こしたが、何故あの様な中途半端な撒き方をしたのかね?

 今回、予想外の助っ人が居たとはいえ、あまりにも悪意が生温かった。直接的に言うと、殺意が無かった。

 憎悪が無い。る気が無い。毒の量が致死量に全く足りていない。どんな藪医者タケノコ医者が毒殺を企てたとてあの倍は用意する。毒殺未遂の犯人としてはあまりにお粗末が過ぎる。」

 この声は掴みどころがない。姿が見えない、それ以上に本質が一向に見えてこない。

 しかし、この老いぼれでも、老いぼれだから解る事がある。

 この声は人を欺くという事をよく知っている。そして、人の死を数多作り出し、人の死についてよく知っている。という事だ。

 憎悪が無い、殺意が無い、毒が足りていない。正にその通り。私はこの村を憎んでいないし、この村の人間を殺したいなどと思っていないし、毒はあれで十分だった・・・・・

 「毒が足りないという可能性は今まさに排除されている。隠されていた毒、あれの半分も使えばこの村を死体で一杯にする事も容易だっただろう。

 そこまでくれば、やれなかったのではなく、やらなかった・・・・・・。と考えるのが相応しい。それは、何故か?」

 見えない、しかし見られている。否、見透かされているが正しい。

 騎士だった頃、命の危機に晒された経験は1度や2度ではなかった。走馬燈が見えた事は何度もある。

 死ななかったのが不思議で、奇跡で、足1本で済んだ事が安いと感じる経験をした。

 その経験の全てを足し合わせたとしても今のこの場所の緊迫感、極限感には遠く及ばない。

 居る、そこに居る。見えないし痕跡1つ無いが、今までに見た事も聞いた事も感じた事も無い何かが居ると本能が告げている。

 それは自分を虫けらの様に手の平の中に収め、その動く様を興味深く覗き込み、オモチャの様に扱っている様だ。

 それは自分の事をもうとっくに知り尽くしていて、敢えてそれが動く様を見る事に享楽を見出している様だ。

 心臓は今もこの体の内に辛うじてある。しかし、今にも皮膚を突き破って外に溢れ出そうだ。


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