悪い事は団体でやって来る5


 若者達が掲げた凶器をそのままにこちらに一歩踏み出す。


 私の感想は、『面倒くさい』だ。

 自ら崩壊へと進むのなら放っておく。手を伸ばす事は構わないが、それを不要と払い除けるというのならば捨て置く。危害を加えるというのなら、敵対するのなら、私は邪悪としてそれを何時も通り・・・・・叩き潰す……っ!またしても頭痛だ。

 兎に角、私は合理的に事柄を進める。それが私の主義であり矜持であるからだ。


 対して、シェリー君の考えている事は『助ける』ただそれのみ。

 自分の事を殺しに来る破落戸モドキに意識は一切割いていない。来る事は解っているが、シェリー君にとってそれは些事。それどころではない。

 村翁を助けるには自分が一秒でも早く、一秒前よりも早く、一秒先の動きをよりよく組み立てる必要がある。

 自分を殺そうとしていた人間であるが、彼女にとってそれは関係無い事。どころか、あとで私がその事を指摘すれば『そんな事は考えてもみなかったです。』と答える。

 シェリー君にとっての問題は相手の善悪ではなく、自分にとっての益不利益存在であるかではなく、死んでほしくないというシンプルで強烈な願い、欲望である。

 ある意味殺意以上に強力な欲望。死の淵に在って生を渇望する者にとってその姿は天使。だが尽く殺戮を望む殺人鬼以上にそれは修羅の姿をしている。


 若者達が掲げた凶器をそのままにこちらに更に一歩近付いてくる。


 《身体強化》

 ついに魔法の行使を始めた。使った魔法の効果は純粋な筋力の向上。これは反射神経には影響を及ぼさない。

 要は速く動けるが、自分の体の動きが速過ぎて自分の脳が自分の体の動きを統制出来ずついていけなくなるリスクが発生する。

 シェリー君は魔法の行使に必要な魔力の内包量が多いとは言えない。故に限界速度に限界があり、練習を重ねるにも限度がある。

 そんな彼女が研鑽を積み、己の反射速度が己の肉体を統制出来る限界。その境界線を踏む。

 これは医療。少しでもミスがあれば即刻死に繋がる。


 若者達が掲げた凶器を更に高く掲げて更に更に一歩近付いてくる。

 あと一歩踏み出し、振り下ろせばシェリー君の頭が割れる距離に来た。


 極限状況下。シェリー君の脳は一秒を極限に引き伸ばし、その中に自分の今の最速でなすべき事を叩き付ける。

 私の目の前で今正に鬼手仏心の体現者が死神の鎌を掴んだ。

 ケタケタ嗤う死神の鎌が修羅の如き天使の手で砕かれる。


 「鉄槌だ!」

 残り一歩を踏み、若者達が掲げた凶器を一層強く握り、そして躊躇いなく振り下ろした。


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