八面六臂の鬼神が居る商会
『副会長、支店が三つ程出来ました。』
連絡術式の鳥が真っ先に伝えた情報はモラン商会全体に衝撃を走らせた。
「なんじゃこりゃぁ!」
続く文字を目で追う前に、言葉が考えよりも先に口から飛び出ていた。
イタバッサは厳密に言えば幹部ではない。商会内部での地位としてはこの前のサイクズルの一件で集った新人の上、商会発足時にいた幹部達(元学園長は除く)の下に
実際の商会内部での発言力を筆頭とした力関係は副会長≒イタバッサ>幹部>元学園長≒その他が事実だ。
実際イタバッサは書類で七・八山脈を軽く作り上げるだけの結果を残している。そしてそれら全てが信頼の置ける筋からの確実な利益、これから伸びるという根拠を添えた未来の利益に繋がる革新的なコネクション、やる事で数多の商業リスクを減らせる仕事……………。確実にこの商会の巨益に繋がる。
会長から下っ端に至る迄商人のノウハウを持たない素人集団。しかし、その素人集団を、危うい綱渡り商会を、順調かつ高速で回しているのは間違い無くイタバッサだ。
更に白状しよう。『イタバッサが在籍している』というだけで箔が付いているという話も聞く。商談書類の山の中で、詐欺にも見える好条件の商談を見知らぬ商会から持ち掛けられているのを目にする事が多々あるが、理由をよくよく見てみれば、その大半が『イタバッサなら信頼出来るから』というものだった。
故に、イタバッサは幹部ではないが、その信頼と貢献に基づいて幹部に準ずる権限を許可している。許可してしまった。許可せざるを得なかった。
『事後報告であっても副会長に速やかに許可申請すればある程度の強権の使用を認める』と。
心臓と肺、脳、そして心。
この商会に物資と資金を循環させ、全ての従業員を活き活きと動くようにノウハウを伝え巡らせて、商会の全体を把握して順調に動かす。何より、商人の心を示している。
それら全てを見本的に理想的に行う。商人として積み上げて来た時間もそうだが、何より熱意が凄まじい。
『金を稼ぐ』という手法自体は会長のマニュアルである程度確立されている。が、実際の姿勢に関してはマニュアルだけではどうにもならない。
故に経験豊富、他者から信頼され、熱意に溢れているイタバッサは追い掛けるべき頂としては理想的である。
そんな理想的な商人像。邪魔をして陰らせる訳にはいかない。この商会にそこまでの余裕は未だ無い。
だがしかし、本人の性質は『商人』という枠組みで限定するのであれば龍をも逃げ出す八面六臂の正に怪物。僅かな権限であれど、持たせればそれは鬼神の業物。素人集団には手に余る(商業面から見て)。
鬼神が暴れ回る中、商会(主に副会長)は振り回されざるを得なかった。
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