非難出来ないからこの怪物を止める手立てがないという惨状


 「いらっしゃいませ。」

 店に溢れる人々は目を輝かせながら店の物を手に取って手製の竹籠に入れていた。


 それらは唯一無二の宝物か?

 否、一般的に流通している商品の数々だ。強いて挙げるのならばこの近辺は観光資源しかない辺境で、地物が売られている程度。その地物も地元であればありきたりでありふれている物。宝物とは言い難い。


 ここは一生に一度しか現れない店か?

 否、この店は数十年前から開いている。休みは週に二日。他5日は朝から夕方まで店が開いて品物を売っている。今日が閉店セールという訳ではないし、今のところリニューアルセールでもない。開いている時に店に来て、釣り合う対価を支払えば品物は売ってくれる。


 何処にでもある店。何の変哲も無い店。曖昧な定義ではあるが『普通』のお店。

 故に、今までかつてこの店がここまで流行った試しが無い。異常事態が起きている。


 店の倉庫から次々に在庫品が取り出されていく。倉庫の品物量は、今まで開いてきた数十年の統計から予測された売れ行きを前提とした量。有限、もっと言えば少量も良いところ。万一の事態が起きた今、その量は不足も不足。全く足りていない。

 倉庫から品物を取り出す手の数は多くて4本。圧倒的不足。なハズなのに…………。

 腕は4本。人間一人辺りの腕の数は2本。つまり4÷2=2で二人しかいない。それは間違いない。

 4本の内の2本の持ち主にしてこの店の店主は思った。『魔法って極めればこんなにハチャメチャシッチャカメッチャカな事が出来るんだ』と。


 「「はいお客様お待たせ致しました。こちら商品です。」「おすすめですか?こちらは少人数向けでこちらは多人数向け、強いものをお求めでしたらこちらで弱いものならこちらです。」「お探しの品、成程、お探しいたしますので少々お待ち下さい」「ハイ、お会計ですね。こちらにどうぞ」」

 一人の人間が狭い店の中で動き回り多種多様な仕事をまとめて同時に行っている。

 先程まで商品の包装をしていた男が商品レビューを客に披露していたと思えば客の探している商品を昨日来たばかりの店の中から探し出し、会計に向かおうとした客を見逃さずにそちらの対応をしている。

 分身する魔法が使えれば便利だと今日、気付いた。


 「私は魔法に関して才がありません、学もありません。ですから分身する魔法等というものは知りませんし習得もしていません。

 ですが、あれば便利そうですね。自分を5人や6人に増やせれば、今の20倍の仕事は出来そうです。」

 業務終了後に聞いた衝撃の事実に店主が打ちのめされるまで、あと数時間。


 イタバッサは辺境の観光地、トクサツキ群島に観光地調査の名目で来ていた。

 そんな彼が何故か地元商店で忙しくしているのだが、それには深い訳がある。


 『閑古鳥が鳴いている店を見てイタバッサの常に恒星の如く燃える商人魂が一層煌めき、やる気を出した結果、長蛇の列を生み出した。』

 これ以上語る事は無い、以上だ。

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