確実に成長している(悪い方向に)
診療所側へと辿り着くと老医が足を引き摺り掃除をしていた。
「お?何か御座いましたかな?もしや風呂場が壊れていたか、それとも汚かったか…………おや、そのお召し物は……?」
数分で戻ってきたシェリー君。
その恰好は湯浴みに行く前と同じ。しかし服には汚れ一つ無く、濡れてもいない。
本人も汚れ一つ無く、髪も乾いている。
手には他ならぬ自分が手渡したタオルと着替えの服が鎮座しているが、それはどう考えても未使用。
髪や手に持った着替えから判断すると湯浴み前だが、それにしては綺麗が過ぎる。
しかし衣服も当人も清潔な状態である事から湯浴み後と判断すると、それにしてはあまりに早過ぎるし、衣服をどうやって乾かしたのかという疑問が残る。
老医の手が止まり、表情と視線が固まり、頭脳が数秒間フリーズして正答誤答が幾つも頭の中でグルグルと回っているのが第三者から見ても明らかだ。
「お先にお湯、お借り致しました。
お掃除は代わりにやっておきますのでドクジーさんもどうぞ、湯浴みを。」
「お、おぉ、さっぱりされたようで、何より?
あ、あぁ、綺麗にして参りますで御座いますとも、で、御座いますでありますとも?」
答えが提示されたものの、処理し切れていない。疲労困憊の判断力が低下し切った頭脳に矛盾した情報・状況、あるいは純粋に大量の情報を叩き込んでしまえば人間なぞこんなものだ。
「こちら、石鹸をお借りして洗っておきました。それと、こちらは衣服の乾燥が間に合ったので未使用です。
手渡し…いえ、こちらに置いておきますね。
では、交代いたします。」
そう言って手の中のタオルと着替え用の服を手渡そうとしてそれがロスを生み出すと悟り比較的綺麗な棚の上に置く。
その上で自然な流れで掃除用具を取り出し、この診療所に勤めて10年目に見える様な極々自然な流れと動きで老医の行っていた掃除の続きを始めた。
ただでさえ老医の頭の中は情報の大渋滞大事故状態だというのに更にこれらで止めを刺した。
『もう帰って下さって構いませんぞ。』・『ここは私がやっておきますから!』・『これ以上客人にご迷惑をお掛けする訳には行きませぬ。』
考えられる選択肢三つを思考回路ごと纏めて粉砕して風呂場へと誘導した。
抵抗する思考はもう無い。素直に老医は言葉の通りに動く。
「あ、有難う?未使……使わなかっ…洗っ………乾そ、ん?おぉ?」
情報渋滞を起こしていた道路が陥没した音が聞こえる。何も無いところで目を回した老医は抵抗する事無く診療所から消えていった。
「いやぁ、シェリー君も成長したものだ。」
「……?有難う御座います?」
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