時空の歪みが発生していません
老医師ドクジーは熱いシャワーを浴び、早鐘を打っていた心臓が真っ当な音を鳴らし始めてやっと比較的冷静になった。
汚物や薬は洗い流され、しかし長年染みついた薬品の刺激臭や荒れた手だけが変わらない。
疲労困憊状態である事に変わりがないが、周囲に病人が居ない、苦痛を訴える声もない、お陰で僅かに冷静になった頭を使って、やっと自分が気を遣われたという事に気付き、汚物を洗い流しながら大恩ある少女に報いる方法を探し考えていた。
とは言え自分の能力とコネクションに彼女を助けられる様な有用なものはない。出来るのは彼女が村に居る僅かな間だけ味方になるということ。
「やれやれ、迷惑を掛けて、助けて貰って、気を使われて返すものが無いとは、なんという事だ。」
暖かく静か、そして満身創痍が思考を緩やかにしていく中で重い体を動かして何とか汚物を落とし、全身を見苦しく、不快で無い様に洗い、そして浴槽が空なのを見て目を丸くした。
そして自分が掃除をしていた時間。つまり彼女が浴室に居たであろう時間を逆算する。
「綺麗には、なさってた。髪は、完全に乾いていた。服も、汚れが無く乾いていた。
ん⁉何をしてなした?」
あまりにも時間が短かった。魔法を使って服や髪を乾燥したところで、自分を綺麗にする時間はどうやっても作り出せない。というか、洗濯をやってのける時間もあったかどうか………。
「不味い。このままでは客人に任せっぱなしになってしまう!」
油の切れた絡繰り仕掛けの様になった体を動かして無理やり見苦しくない水準まで整えて足を引きずって診療所に向かう。
気を遣わせて、修羅場後も仕事をさせてしまい、挙句に呑気に風呂に入ろうとした自分を恥じながら向かった先には驚きの光景が広がっていた。
「ドクジーさん、早かったですね。ですが丁度良かった。丁度掃除が
……あぁ、安心して下さい。棚の中や薬品は勝手に弄っていませんよ。最低限汚れが無い様に拭いたり掃いたりした程度です。」
そう言って丁度掃除用具を片付け終え、白亜の城の中心にシェリー嬢が立っていた。
今まで床の模様だと思っていた黒い渦が消え、先程まで漂っていた薬品と吐しゃ物の悪臭は無くなり、更に言えば元々の埃っぽい刺激臭も無くなり、診療所の空気が元より軽やかになった。
というより、全体的に診療所全体が明るく綺麗になった気がする。
汚れが、無い。
「おぉ、私は、一体どれ程長風呂をしてしまったのでしょうか……?」
やってしまったという考えが老医師の頭の中を支配した。
「いいえ、診療所を出てから20分と経過していませんよ?」
老医師ドクジーの頭の中は混乱と時空の歪みに呑まれていった。
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