10秒湯を浴びて
廃村寸前とは言え、ここは診療所。衛生面においてここはこの村で最高峰であるべきだ。
そして、幸いな事にそれは診療所を作った人間も考えていた。当時は風評被害も無く、この町は栄えていた。だからこそ、特に金に糸目は付けずに設備を作った事が解る。
ある程度の魔力を動力として作られた湯沸かし器、シャワー、小さいながらも掃除はされている湯船。
小さな脱衣所があり、桶や石鹸の類もあり、久々に入る風呂としてはまともな部類であった。
『湯浴み』と老医師が言っていたが、本当に湯浴みの出来る場所であった。
「ゆっくり浸かってきて下され。」
その言葉と使い古されている、しかし清潔なタオルと簡素な着替えの服を渡されて老医は診療所へと片付けに去っていった。
私も無論紳士だ。脱衣所の外で待っているとも。
蛇口を捻ると配管が僅かに揺れ、頭上から少しだけ熱いお湯が雨の様に噴き出す。
鼻につく臭いが無くなって、そして、自分が疲れているという事と、体が冷え切っていたという事が解りました。
「無理もない……ですかね?」
大冒険に次ぐ大冒険。私には分不相応。あの日からずっとずっと、到底自分だけでは辿り着けない場所へと歩き続けてきました。分不相応の対価といったところでしょう。
それでも、私は歩いてきました。終わっていた筈の私は続いているこれはまるで夢、あるいは奇跡。もし、教授がこれを聞いたのであればこの考えを『非論理的な言葉である』と評するでしょう。
しかし、奇跡。幸運。不相応。何時終わるか解らないこの時だからこそ、私は終わるまでに自分の無力を感じ、一つでも多くの事を掴み、成長に励む事が出来ます。
学ぶ事は困難を極めています。何度も教わり、それでも『
それでも根気良く続けて下さる教授が居る今、それが許されている今、私は続けたい。そう、思います。
「さて、では急ぎませんと。」
シェリー=モリアーティーは10秒自分の汚物を洗い流した後、直ぐに汚物と薬品に汚れた服を持ち、洗い始めるのだった。
「遅くなりました。」
「慌て過ぎではないかね?湯冷めしては元も子もないと思うのだがね。」
「いえ、ドクジーさんも未だ入っていません。急ぎませんと。」
そう言って先程まで着ていた服を身に纏い、乾いた髪で脱衣所から出て来た。
「折角服を貸して貰ったと言うのに……」
「使えるなら魔法は使った方が良いかと思いまして。これ以上心遣いを頂く事も……と思いまして。それに、今回の中毒への対応が未だ完了していません。万一の事を考えて清潔な布は温存しておいた方が良いでしょう?
今日は特に魔力の消耗はありませんでしたし、幸いでした。」
そう言ってにっこり笑って、乾いたタオルと綺麗に畳まれたままの着替えの服を手にして診療所の方へと急ぎ足で歩いて行った。
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