積極的殺意と消極的殺意


 森で起きた事。

 察しの通り、霧の中で起きた最初の刺殺未遂事件はこの自称そこそこ天才とは別件だ。

 最初の襲撃。酸素欠乏症の状態で喰らった時の攻撃は視認出来ていた。運動機能があれだけ低下した状況、かつ相手が見えない状態で攻撃を喰らっていた場合、シェリー君は無事では済まなかった。

 対して、シェリー君が『家』を発見して攻撃した時、こちらが攻撃するまで見えなかったにも関わらず、攻撃をしてこなかった。見えないが故の戦略的アドバンテージを捨てていたのだ。

 同一存在だとすると、最初の攻撃は光学的迷彩を捨てた状態で殺意があった。が、それ以降は光学迷彩を使っていたものの当初殺意が無かった。という中々に歪んだ像が出来上がる。

 そもそも、心臓を狙っていた攻撃は非常に細くしなやかであった。あれはこの『家』の剛腕由来のものではない。二回目以降、一回目に有効だった物を使わない理由は無い。

 別物だと考えるのは不思議な事ではない。

 「私がこの家を攻撃するまで、この家には殺意がありませんでした。

 透明になり、音は静か。もしそんな相手が不意打ちで襲い掛かれば勝ち目はありません。

 それを出合い頭にやらなかったという事は私を攻撃する意志はなく、私が早とちりをして攻撃した結果、脅威として迎撃されたと考えました。」

 「にしても、思い切りが良過ぎでは?もし僕が外道な悪逆非道野郎だったらどうする気だったんだい?」

 「それはありませんよ。

 昨日、おそらく操作が自動から手動に切り替わった瞬間。丁度目の前に子どもが三人も居ました。

 本物の・・・下衆・・と呼ばれる人間は人質に成り得る人間が複数居た場合、迷い無く一人をその……殺し、二人目以降を一人目で作った隙を利用して確保。更に傷付けて判断力を奪うという手法を取ると聞いています。

 一人目を殺して脅しではないと相手に突きつけ、同時に目の前で非道を見せ、精神的な動揺を引き起こして判断力を奪うのが目的だそうです。

 それをしなかった。どころか子どもとの接触を避けた相手をそんな風には思えませんよ。」

 「んー成程!……にしても。下衆外道への理解度……高過ぎない?何、実体験?んなバカな……」

 引き攣った顔をした自称そこそこ天才の言葉を聞いて、シェリー君が一瞬固まる。

 「えぇ……そういった事に造詣が尋常ならざる深い方が私に色々と知識を教授して下さったもので……」

 「非常に考えている事は合理的だし的確なんだけど、あまりにも倫理観ぶっちぎってない⁉大丈夫⁉頭から山羊の角とか背中から蝙蝠の翼とか生えてない?」

 「えぇ、少なくとも私に対しては真摯に教授して下さる方ですよ。」

 全く、この自称そこそこ天才は無礼にも程があるな。

 非道を成すのは山羊の角と蝙蝠の翼を持った輩ではなく、二足歩行で人語を操り、自分を理性的な生き物だと奢る連中だろうに。



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