マッチポンプ

 因果関係の証明は困難だ。

 シェリー=モリアーティーが村に来た。『だから』村に怪物が現れた。

 これを証明するには、最低でも怪物の正体を暴き、怪物が現れる原因を暴き、その上で怪物及びその出現とシェリー君の関係性を証明せねばならない。


 「君が来てからこの村は非常に困ったことになっているんだ。流石に分かるだろう?

 君が来たその日に余所者が怪物に襲われて今も昏睡している。そしてその翌日には好奇心を唆して子ども達を森へと無理矢理誘導した。

 どう考えてもおかしいよね?常識というものがない。何より子ども達を危険な目に遭わせるなんて最低だ。そうだろう⁉」

 目の前に立つ男は高圧的という訳でも威嚇をしている訳でもない。単によく響く大きな声で丁寧に周囲の人間に悪評をばら撒く目的で話している。

 目の前に居る人間の断罪という体でシェリー君のやった事に尾鰭を貼り付けて悪評を一気に撒き散らす狙いだ。

 実際、それに呼応する様にシェリー君へと向けられる敵意の視線が徐々に増えていく。

 囁く声が増え、非難の声が聞こえてくる。

 「それは誤解です。私が昼食を食べている間に子ども達は出掛けました。子ども達に話を聞いたところ……」

 「言い訳を聞きたい訳ではないんだ!」

 こちらが反論しようとした途端、大声でこちらの声を掻き消す。

 よく見れば三人の子ども達は親の元へ戻り、そして先頭に居た筈の若者集団が何時の間にか一人ずつ子ども達に張り付き、そして親を誘導して集団から外れていく。向かっていく道の先には老医師の居る診療所。

 弁護側の証言者が三人ともこの場から消えた。

 「僕達の村へとやって来て、必死で頑張る僕達を嘲笑って、挙句に怪物騒ぎを起こして、止めに子どもを危険な場所に引き摺り込むなんて最低じゃないか!」

 「そうだそうだ!」「馬鹿にするな!」といった野次が飛んできた。

 目の前の偽善若者がそれを聞いて大満足とばかりに満面の笑みで得意顔になる。

 正直雑が過ぎて表情筋を無理矢理動かした所で苦笑いも出来やしない。

 因果関係なんてあったものではない。ヤードの迷探偵とてもっとマシに考えていた。

 たとえシェリー君が完全なアリバイを持っていたとしても『何かのトリックを使ったのでしょう。そうに決まってる。』だけでアリバイ崩しも無しにゴリ押しするレベルだ。




 そもそもこちらは森からの帰還の際、子ども達から話を聞いていた。

 「お姉ちゃんが森へ行ってってって言ったから来た!」

 「あれ?違うの?そう聞いたよ?だから行ったよ?」

 「待ってたです。でも違うです。何でです?」

 子ども達は嘘を吹き込まれてあの森に来ていた。そして、嘘を吹き込んだ相手は……今見ている光景が『マッチポンプ』だと判断する所から察して欲しい。


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