熔解を焼失へ


 巷には……否、世界には数多の魔法がある。

 魔法は自由度が高く、能力と工夫次第で幾らでも形を変える。

 例えば同じ火をベースにした魔法であっても炎を主体とするか、熱を主体とするか、はたまた熱によって発生した上昇気流を主体とするか、根本が同じでも性質は全く違う代物だと言える。

 その中でも熔解障壁メルトウォールという魔法は高い能力と異様な工夫を要求される種類のものだ。

 その正体を一言で表せば『魔法で発生させた高熱を結集・成形する事で高熱の障壁を生み出す』というものだ。

 相手が人間であろうが怪物であろうが植物であろうが無機物であろうが高熱の前では無事では済まない。

 人間や怪物ならば大火傷。植物は燃え、無機物であっても融点を超えれば溶解する。

 何より熱という性質上、触れて溶解するまで見えない・・・・。良くて光熱の空気が光を歪める程度。

 見えない高熱の境界に触れて、越境した部分の惨さを見て初めて脅威に気付く。

 見えないカウンター及び防御。あるいは敢えて見せての警備に使われる。

 とはいえ、高速で飛来して障壁を熔解前に通過出来る物体や融点が高い物体、魔法で加工された物体や高熱で焼失しないものに対しては有効性が無い。

 弾丸の様な飛来物は本来防げない筈なのだ。そう、凡人の扱う熔解障壁メルトウォールであれば防げない。しかし、それを使って淑女は自分に向けられた弾丸を防いで見せた。



 淑女は魔法の研鑽の末、熱エネルギーを極限まで無駄なく結集させ、結果として人間や怪物、植物を灰に変えて、無機物さえも溶解する熔解障壁ならぬ焼失障壁を編み出していた。

 弾丸だろうが何だろうが問答無用で気化して無効化する。

 更に淑女は今回、銃声を聞かせぬ様に真空の壁と毒ガスを警戒した障壁も魔法で作り出していた。飛来したものが毒であろうが鉛玉であろうが鉄の塊であろうが火傷の痛みで叫ぶ人間であろうが壁の向こうの二人を害する事は出来ないしさせない。

 冷静に合理的に淡々とここまで来た淑女ではあるが、道中容赦無く苛烈に粛清していた。

 怒りが無い訳ではない。情動で動きこそしていないし表に出ていなかったが、激怒していた。


 学び舎で将来大輪の花を咲かせんと切磋琢磨する若者達を大人の欲望の手段にする事を淑女は決して許さない。


 だからこそ、背後で起きた銃撃と蒸発に気付いた淑女は一度足を止めて振り返った。

 「うぃヒッ!!」

 男は見た。

 殺意ではない、嫌悪感でもない、憎悪でも悪意でもない恐ろしい表情。

 『二度と近寄るな。』

 表情だけで分かった淑女の心は男の戦意を喪失させるのに十分だった。



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