敵には背を向けない
幻燈が破られて場所がバレた以上、もうここには居られない。
貴族に手を出した以上、全力で潰しに来る事は確定事項。しかも宰相の娘クラスを攫おうとした。御貴族様の一派閥纏めて敵に回す。そして俺達皆殺し。一族郎党纏めて挽き潰しにやって来るだろう。
今すぐ逃げたとしても逃げられるか分かったもんじゃない。商品を持って逃げるなんて到底出来やしない。
全部パーだ。
全部ぜーんぶ。
だから、せめて一人位は死んで貰おう。
女の背中が見える。
商品が先に行ったお陰で俺の腕から標的の心臓の場所まで真っ直ぐ道が出来ている。
静かに、用心して、慎重に。ただし急いで。
距離が離れ過ぎるとこの暗がりじゃ見えなくなる。何より距離が離れれば狙いが狂う、射程距離から外れる。
小指から袖を通して足先には仕込み毒針。
じゃぁ袖には配線だけか?訳が無い。
袖の下に金属の筒。その中には爆発する魔石の粉と金属の小さな弾。
一発限りの仕込み銃。弾自体は大きくない。命中精度も高いとは言えない。筒自体に遮熱はしていないから使えば腕の肉が筒状に、そしてウェルダンで焼ける。
だが、音よりも速く弾が飛ぶ。幾ら速くとも、鞭で弾は叩き落せない。他の手があったとしても、音に気付いて振り向いた時にはもう遅い。
あまり使いたくないが、殺せればまた商品を戻せば逃げる時間を稼げる。巻き返す希望も出てくる。
筒…銃口を静かに向ける。
体は痛い。頭がグラグラする。汚物と固まった血が染みついた地面に這いつくばったせいで吐き気がする。汗が全身から流れ落ち、視界が揺れて、シルエットが歪んで見える。
それでも、この一発の為に絞り上げる。
(死ね)
口にはしないが、呟く。
袖の下の仕込みを作動させ、爆発音が地下室に響いた。
「へ?」
腕が焼け付く様に痛い。というか、本当に焼けている。鞭の痛みだけでなく火傷の痛みがそこにある。冷汗が止まらない。
爆発音もしたから不発弾ではない。
明後日の方向に当たったとしたら気付く。
当たった筈だ。なのに死んでいない。
どころか、背を向けて歩く二人は怪我一つ負っていない。何事も無い様に歩いてこの場から去ろうとしている。
「……でだ?何でなんだ⁉」
手が尽きた。このまま突っ込んでも一方的に返り討ちにあって受ける拷問の種類が一つ増えて人生が終わる。
苛立つ。何より苛立つのは、なんでそうなったのか分かっていない。という事だ。
徹底的に叩き潰された、完全に、徹底的に、圧倒的に。しかしそれが何故なのかさえ分からないという事だ。
あれだけのことをしたのに、何も気付いていない様に振る舞っている事だ。
何故それが起きたかさえ、分からない。
あいつ、何をしたんだ?
汗がとめどなく流れ落ちる。
二人のシルエットが、歪んだ。
汗が止まらない。
痛みではなく、異様な暑さで。
そして、不自然な事が起きている。前を歩いている商品の足音が聞こえていない。
鞭を使っていた淑女の足音が聞こえないのは分かる。だが何故その前を歩く小娘の足音まで聞こえなくなった?
「まさか……まさか!」
腕の仕込み銃を引き抜く。
未だ冷め切っていないそれを掴んで手の平が焼ける音がするが、構わず力いっぱい投げる。
鉄製の筒は回転して前へ前へと進み、そして、奇妙に消えた。
放物線を描いていた鉄の筒はある一線を境にして表面が泡立ち、何かに喰われる様に消えていった。
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