淑女に必要なものは何か?1



 淑女に必要なものは何か?

 先ずは常に品行方正である事がそうだ。溢れんばかりの叡智を操り、そしてどんな時でも思慮深い事だ。そして、姿形や環境、時代や人が変わっても、変わらずにその心根が美しく、清く、揺らがぬ事だ。

 真っ直ぐ、揺らがず、美しい事。

 それが淑女の信条である。

 そしてそれはどんな状況であっても揺らがずそう在るべきと淑女は定義していた。

 だからこそ、その定義に内包されているものがある。

 如何に過酷な状況に在っても淑女であり続ける『強さ』である。




 「突然の来訪失礼致します。

 我が校の生徒がここに不当に拘束されていると聞き、不躾ですが参りました。

 彼女は現在我が校に在籍し、そして重要な課題の最中です。速やかに引き渡しを願います。」

 地下へと続く道を進んでいった先には先ず大きな馬車が何台も停められる様な地下広間。そして、地下の最奥へと繋がる入口。入り口へと向かうとその先には無造作に置かれた鉄格子の数々とランプで僅かに照らされた通路。

 鉄格子は大小様々。最大で2m。中身も様々。人。人で無いもの。そもそも生き物かも解らないものが所狭しと入って……否詰め込まれている。

 弱っているものが居る、暴れて鉄格子を破ろうとするものが居る、歪んだ鉄格子の中で血と痣だらけになって衰弱しているものが居る。

 鼻からは屍臭に似た悪臭。一度吸い込めばそれは鼻腔に焼き付いて、息を止めても頭の中で繰り返されてしまう。

 薄明り故に目を凝らしてしまう。故に、その中で蠢くもの達がいつも以上にはっきりと見えてしまう。

 耳には苦痛に呻く人の声ならざる悪意と邪悪の泥が纏わり付く。塞ごうともそれは決して閉ざす事は出来ない。

 肌を突き刺す感覚は纏わり付く嫌な熱と、渦巻き濃縮された殺意と悪意と憎悪と欲望。

 そんな中で一人だけ、彼女だけは揺らいでいない。

 砕けない、揺らがない、変わらない。

 砕けない等と口にはしない。一度砕けたのだから。

 揺らがないとは思っていない。揺らぎ倒れて理想は一度堕ちた。

 不変ではないだろう。そもそもその信念は変わったからこそそれは生まれたのだから。




 「ァァ、誰だ?」

 鉄格子がひしめく向こう側から傷だらけの顔の大男が現れる。

 「アールブルー学園より参りました。近くの町で話を聞いて、ここに居るという話です。

 その者は我が校に所属しており、不当にここに拘束されているという事でしたので、速やかな解放を。」

 世間知らずのお嬢様がそのまま大きくなっただけだとしたら、強面の男に臆していた。

 それ以前にここに辿り着く前に入り口を見破れず、町で真実を見破れず、囚われの姫君は無事売り飛ばされて終わっていた。

 ここまで来た彼女は世間知らずのお嬢様ではなく最高峰の淑女である。

 「失せろクソアマ。ここにそんな奴は居ねぇ。とっとと消えな。」

 そう言いながら男は懐に手を伸ばす。

 ここが魔道具によって隠蔽されて偶然見知らぬ常人が誤って紛れ込んだ訳がないと知っている。

 どちらにしろ見知らぬ誰かが入り込んでいたらやる事は一つ。帰らせない・・・・・事だ。

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