手解きをしたのは私

 町外れの雑木林。虫や雑草だらけに見えるその場所に淑女は来ていた。

 足元には木の葉、小石、木の幹、潰れた木の実が転がり、地面は平坦とは言い難い。

 そんな中を一切躊躇い無く、揺らがず、定規を使った様に真っ直ぐ歩いていた。

 雑木林の前で足が止まる。

 違和感。

 風の香り、木の葉の音、風の流れが不自然だと感じた。

 何より目の前の色彩褪せた不自然な雑木林に轍が呑み込まれている。そして雑木林には轍の主が乗り込んでいったような痕跡が無い。

 「……………」

 猛禽の如き目……本物の猛禽がもし、彼女の眼を見たとしたら、全力で飛び去るだろう。

 淑女が左手を少しだけ雑木林に向けると同時に破裂音が響き渡る。

 雑木林は揺れず、しかし景色にノイズが走り、雑木林が消えた。

 代わりに、轍が伸びた地面が下り坂へと、地下へと、空いた穴へと伸びてく道が現れた。


 『幻燈』


 さきに淑女が使った魔法と同様の(しかし圧倒的に練度が低い)ものだ。魔道具を用いれば幻燈を、難易度を下げて使う事は出来る。この様に本来ある地下への入り口を隠し、雑木林に偽装する事が出来る。

 淑女が地下への道の近くに落ちているものを拾い上げる。

手の平サイズの立方体だったもの・・・・・。そこから配線が地下へと伸びている。

 よく見ると素人目でも解る程に表面の作りが粗く、表面に走るある法則に則った紫色の線にもムラや凹凸がみられる。

 本来幻燈の補助を行い、配線で使用者と物理的に繋がっていれば長時間行使が出来る筈のそれは、一面に何らかの衝撃が加わって立方体が歪み、本来の輝きと機能を失っていた。

 「粗悪な模倣品。彼女・・のものでは無いですね。しかし、模造品や粗悪品を許す点は頂けません。」

 幻燈の魔道具を元々有った場所へ戻し、躊躇いも臆する事も無く地下へと進んでいく。


 幻燈の魔法自体は古くからあったものだが、それを補助する魔道具や術式は近年に出来たものである。

 周囲に合わせて光を屈折させるという魔法が幻燈の根本。故に『周囲の情報を取り込み、意図的に一部を改竄する』という複雑な術式とそれを誰にでも使える様な仕組みにする為に高度な技術を要する。故に、とある魔道具職人が作るまで有用な魔道具が在野には存在しなかった。

 そして、淑女はその魔道具の基本理念から特性、欠点までよく知っている。

 理由は簡単。淑女は発明されたばかりのその魔道具を製作者から直々に贈られているからだ。

 幻燈の仕組みに興味を持ち、教師から幻燈を見せられ、使い方を教わり、それを試行錯誤し使いこなすまでに至り、悪戯に使い、教わった教師に徹底的に見破られた上で校則に基づいて罰されていた元少女が作り上げた記念すべき魔道具。

 初期の品とはいえ、今淑女が壊したそれ粗悪品など比べ物にならぬ程の出来栄えであった。


 「あの程度の幻燈であれば、教えた当初の段階でかのレディー淑女は使えていました。」


 たかが粗悪品の生み出す幻燈。本物の作者に手解きをし、修得した作者の幻燈を見破って来た目に見破れぬ道理はない。

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