囚われの姫君




 「ねぇ~、ちょっと話だけでも聞いてもらえないかしらぁ~」

 遠くでランプの灯りが少しだけ見える暗い地下室。息を吸う度に吐き気がする中で鉄格子を叩いて人を呼ぼうとする。

 傷だらけで歪んだ鉄格子、赤錆だらけで表面はやすりの様になっていた。


 そんな鉄格子の内側から声は聞こえた。


 真っ白な絹の様に滑らかで柔らかな肌、黄金を糸にして束ねたような金髪と蒼玉の様に輝く眼を持った少女は座り込んでいた。

 コルネシア=アルヒィンデリアは令嬢渦巻く学園内においては珍しく自由奔放。純粋にして無邪気。その悪戯っぽい微笑みと柔らかな口調は人を魅了し、話している内に毒気を抜かれて会話を楽しんでいる。

 とても狡猾な令嬢には見えない。

 実際に狡猾に策を弄して人を積極的に陥れる気質は持っていない。そもそも、重用されている宰相の娘という立場は彼女に飢餓感を齎さない。

 生来持つ余裕と精神的な寛容さがその特殊な立場によって加速し、彼女を羽の無い天使にした。

 故にあの学園において他者と敵対せず、自由奔放に遊び、無邪気に友人とお茶会を楽しみ、学園生活を楽しんでいた。

 しかし、彼女は自由で無邪気であるが愚かではない。

 ゆるふわで頭が軽い危機感皆無のお嬢様ではない。宰相の娘という立場上、未だ僅か十数年の人生の中で幾多の危機を迎えていたし、生き残ってきたから彼女はここに囚われている。

 「町の人、少ぉしよそよそしいなぁとは思っていたけれどぉ、こんな事するなんて思わなかったわぁ~。」

 彼女の目には町の人達はおっかなびっくりで怖がっている様に見えてはいた。

 しかし、それは『貴族の娘』のという肩書。特に『宰相の娘』であるという事実が恐怖心を生み出していると思っていた。

 そういう目で見られる事に小さい頃から慣れていた。それがうっかりを生み出した。

 学園に居た所為で安全な毎日に浸かっていたからただでさえ無い警戒心が更に無くなった。

 自分の立場が招かれざる客を招く事を何時も以上に・・・・・・忘れていた。

 普段と違う食事の味で『面白い味ねぇ~』と思い、眠り薬の味に全く気付けなかった。

 「うっかりしてたわぁ~。」

 鈴の音の様な、小鳥の歌の様な独り言を口にして、彼女の中で一人の友人の姿が浮かび上がる。

 『ルーネェはちょっとふわふわし過ぎよ!勿論私はそれが大好きだし、それがルーネェの素敵な所よ。

 だけど、だからこそ怖いの。

 アナタがもし誰かに捕まったらと考えると、私は心配でたまらない。』

 うっかり眠っていると優しく起こしてくれる女の子。

 怒ったような、呆れたような、でも笑っている友人の顔。



 「どうにか……しないとねぇ~。」

 飢餓感の無い少女には強い欲望は無い。が、あの場所で友人に会いたいという気持ちは心にあった。

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