特にこの得物は使い慣れている淑女


 目の前で行われている凄惨な光景に目を瞑っても、塞いだ耳に凄惨な破裂音と悲鳴が聞こえてきた。

 町の人間は戦々恐々。血の気の引いた体を震わせ、耳を塞ぎ目を瞑り、家の奥で泣いていた。


 「町ぐるみ……正確に言えば町の人間を脅して協力させて、来訪した人間を生け捕りにして奴隷商人に売り飛ばすようにしていたと……。

 そういう事で宜しいですね?」

 目の前の男は最早虫の息。正直に言えば軽傷で済んでいるし、医者に行かずとも何ら問題はない。が、確実に心が叩き折られて精神が虫の息となっていた。

 「…………………ッ!」

 全身大蛇が這った様な赤い痕が出来たチンピラ男は、激痛で体を震わせる度に痙攣して苦痛に顔を歪める。そうして痙攣した体は新たに激痛を生み出し、抵抗する意志も力も完全に打ちのめされていた。

 男は全身余すところ無く鞭に打たれている。動くだけでもう全身から電撃が襲い掛かっている。それを見た者は震え上がるだろう。

 しかし、それをやった当の本人の淑女はそれを見ても表情一つ変えない。

 「我が校の生徒は売り手が中々見つからず、貴方達の本拠地に未だ居るという事でよろしいですね。」

 この町に来る筈だった者の名は『コルネシア=アルヒィンデリア』。

 現王の宰相の娘。『元令嬢の奴隷』という純粋な付加価値が非常に高いだけでなく、宰相の娘を手中に収める事が出来る機会として捉える事が出来る。

 それは政治的な価値によって吊り上げられ、同時にリスクも抱える事になる。

 故に売り手は半端な値段で売る事が出来ずに様子見、買い手も半端な覚悟で買う事が出来ない一時的な膠着状態にあった。

 とは言え、ある程度情報が広まれば宰相の敵対派閥が手を伸ばし、宰相本人の耳にも届く。

 これ以上の時間経過は問題の巨大化だけでなく拘束された本人の身の安全にも関わる。

 何故なら、相手を脅迫する上で、人質が生きている必要はない。『生きているかもしれない』という可能性だけあれば十分なのだから。



 「案内しなさい。」

 背筋は真っ直ぐ。表情一つ変えず、息一つ切れず、隙無く立つ淑女。

 手首・足首まで覆う衣服には袖裾に至るまで汚れ一つ無く、争った形跡は鞭打たれた本人を除いて一切無い。

 非武装、しかして先程まで凄惨を生み出していた恐怖の淑女は目の前で倒れている男に容赦無く命令をした。

 (これが淑女か?)

 激痛の中で男は少しだけ冷静になった。

 ナイフを奪われた後、素手で向かったところ、何故か全身に痛みが走り、破裂音がした。

 腕を振り上げれば腕が見えない何かに弾き飛ばされ、前傾姿勢で進めば頬を何かに叩かれ、それでも手を伸ばそうとして残った腕を伸ばしたら、破裂音が全方位から響き続けて全身に激痛が走り、立てなくなった。

 そもそも自分と相手の距離は離れていた。手足を伸ばしても到底届かない。

 相手が武器を持っている様子は無い。魔法を使った様子も無い。そもそも動いた気配が無い。

 どうやって、何を、されたんだ?

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