淑女に必要なものは何か? 2

 傷だらけの男は懐から素早くそれ・・を取り出して淑女に向ける。

 ナイフの柄だけ。あるいは刀身の無いナイフとでも表現すべき代物。

 それは刃が無い代わりに魔力を流し、柄から魔法を刃として作り出し、切り、突き刺す魔道具の一種。

 普通の金属刃ナイフと違って魔法の刃。魔法の適性が無いと通常のナイフの劣化になりかねないが、ある程度使いこなす事が出来れば炎や氷、岩や空気といった複数の性質の刃を戦況に応じて切り換える事が出来る。更に使い方を知る者は……

 「消えな、永遠にな。」

 男の突き出したナイフの柄から橙色の閃光が伸び、巨大な炎の刃を生み出し、そしてそれは柄部分を離れて炎だけが飛び出していった。

 刀身を魔法で生み出し瞬時に切り換える。それはつまり刀身を消費したとしても再度魔法の行使でナイフとして使う事が出来るという事。

 これは魔法の刀身を生やすナイフであり、魔法の刀身を射出するナイフでもある。

 その性質を知らねば柄を見て武器として認識出来ずに不意を突かれ、知っていたとしてもこの閉所で逃げ場の無い状況下で射出された面攻撃は致命傷となる。

 炎は淑女と男の間に在る鉄格子を呑みながら淑女を殺そうと、迫る。



 相手がもし、かの淑女・・でなければ致命傷だった。



 男が炎を射出した途端。周囲の廊下を焼く事もなく、道に転がった鉄格子の中に居る誰にも火の粉がかかる事もなく、男の前に広がった橙色の閃光は切り裂かれて霧散し、空気が破裂した。

 生み出された熱は逆流して傷だらけの男の肌を焼き焦がす。予想だにしない熱に怯み、反射的に顔を腕で覆った。


 「相手が誰であれ、なんであれ、凶器を突き付けて殺そうとする行為に品性は感じられません。」


 覆った腕を少しだけ外すと、引き裂かれた炎の向こうから涼しい顔で歩いてくる。

 今まさに殺意を向けられて凶器を向けられて炎に焼かれかけていた筈の人間はしかし、急ぐ様子も焦る様子も無く、変わらぬ表情で迫って来た。

 「それにしても、嘆かわしい事です。

 この程度であれば自力で脱出して然るべきだというのに……」

 淑女の目には男は映っていない。

 それは箱入り娘が自分の食べている肉がと殺・・される様を目の前にして、必死に現実と恐怖から目を背ける様なものではない。

 「この程度?この程度だと!」

 世間知らずの元箱入り娘に虚仮にされたと思った男は自分が何をされたかを完全に看破してもいないのに、今度はナイフの柄から紫電を生み出して自分から距離を詰めた。

 さきの一撃は大きく炎を広げ過ぎたが故に何をされたか見えなかった。

 しかし、風が逆流してこちらに向かってきた以上、触れられる何かで対処をしたのだろう。

 ならばその『触れられる何かを避けるか捌くかして、触れない電撃の刃で命を絶つ。』それが狙いだった。




 「ナイフは人に向けるものではありません。」

 男の、華奢とは到底言えない体が宙を舞い、叩き付けられた。

 一部始終。何が起きたかを正しく理解出来るのは聡明な淑女のみ。

 「それでは失礼。私は先を急ぎますので。」

 何事も無かった。故に淑女は地面で目を回している男を無視して先へと進んでいった。

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