村翁とオーイ

 建付けの悪い扉がガタガタと開いて、中から慌てた様子で出て来たのは痩せぎすの翁。

 皮膚が異様に伸び切って垂れている。以前は恰幅が良かったことが分かる。が、今は伸び切った皮膚の下は骨だけ。元々恰幅の良い人間が急激に痩せたのだな。

 目元は皺だらけ。そして眼球は異様に強調されて皮膚越しに眼球の形が見えている。

 辛うじて皮膚の下に筋肉があることはその笑顔から証明出来ているが、表情に力が無い。

 栄えていた・・というこの村の状況を老人は物語っていた。

 その後ろに見える村人も様々な表情で満ちていた。無論、愉快ではない方のね。


 「ようこそ、よーこそアールブルー学園より遠路遥々来て下さいました!我々、スバテラ村一同、貴女様のご到着首を長―くしてお待ちしておりました。

 長旅お疲れ様で御座います。この村の長のフォルダと申します。心より、歓迎いたします!

 至らぬ村では御座いますが、」

 骨と皮ばかり。体温の無い両手でシェリー君の手をガッシリと掴んで握手。頭を下げた。

 肩が震え、手も揺れている。

 その場にいた村人一同が頭を下げる。

 頭を下げるその寸前。希望・苦悩の表情が混じって見える

 「シェリー君、最初に言っておく。これから失望される事を覚悟しておきたまえ。」

 「承知しています。

 アールブルー学園の名前でこういった事はよく、ありますので。」

 「先に言うかね?」

 「ええ。嘘を吐くようで心苦しいので……。」

 申し訳無さそうな顔だが、本来必要はない。この連中が勝手に勘違いしているだけだと言うのに……。

 「あのー、申し訳ありません。今回の件では貴族としての権限は規則で使えないようになっています。そもそも私、残念ながら貴族の血縁ではありません。

 皆様のご期待には別の形で報いたいと思います。ごめんなさい。」

 それを聞いて、頭を下げて手を握っていた長翁の動きが止まり、直ぐに先程までの行動を真似して何事も無かった様な振る舞いに変わった。

 「そんな、我々は貴女を歓迎しているのです!決して、学園の名前やご貴族の威光に縋ろうという気が在った訳ではありません!

 どうか、ご理解のほどお願いいたします。」

 体が強張っている。それはそうだ、さっきまでの震え方と違って筋肉を無理やり強張らせて体を震わせてそれっぽく見せているのだから。

 何度も言うが、アールブルー学園は基本的に貴族の血族が集められた場所。

 対外的には経済的政治的な強権を持っている事が当然だと思われている。正直、内部も権力と経済力があって当然で。どの程度の力かを推し量るのみ。

 そのイメージで『貴族がこの村を救いに来てくれた』とこの男は期待していた。

 そして甘い・温い・夢見がちの期待をした結果がコレだ。

 勝手に期待して失望するのは勝手だが、見込みが甘い。

 たとえここに来たのが他の貴族の血族であっても、貴族の力を使って良いと言われていたとしても、良い結果にはならなかった。

 あの学園に慈愛やノブレスオブリージュはあるにはあるが、それがあるのは図書室の本の中だけだ。本質が酷いものだと知らない。

 なにより、この村翁も村翁だ。先程から学園の名前は出す上に腰が低いがシェリー君の名前を聞こうともしない。

 そもそも知っていた?なら何故名前を言わない?あまりに相手を虚仮にしているだろう。

 ああまったく……感謝するべきだな。

 この対応を見ても、それに気付いても、シェリー君は未だに姿勢を崩さない。

 この廃村誤差圏内を目の当たりにして自身の持つ力を駆使して助けになりたいと思っている事に感謝をして欲しいものだ。

 「えーっと…」

 「申し遅れました。私の名前はシェリー=モリアーティーです。モリアーティーで構いません。

 三か月の間、短い期間ではありますがよろしくお願いします。」

 非礼に優雅なお辞儀で応える。

 淑女というのも大変なものだ。

 「ではモリアーティーさん・・、仮住まいにお連れします。私の孫を案内役に付けますのでどうぞ。

 オーイ、案内しなさい。」

 「はーい。わかりましたー。」

 後ろからやって来たのは赤毛にそばかす。シェリー君と同年代。

 身長はシェリー君よりも3㎝小さく、目鼻立ちがはっきりしている少女。

 孫という話だが、長翁と違って痩せた人体模型という訳ではない。

 「はーい、村長の孫のオーイです。よろしくお願いしまーす。」

 「オーイさん、こちらこそ、宜しくお願いします。」

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