モリアーティーといぶつおこし

間違い直し

 アールブルー学園は貴族の子女を数多く抱えているこの国トップの、文字通り貴族令嬢達の学園と言えた。

 今までの歴史の中で『この国の王妃となった人間の何人がこの学園の出身か?』と問われたら、『王妃の数をそのまま答えれば概ね正解だ。』と陰で揶揄される程だと言えば、行った事が無くともどの様なところかは伝わるだろう。

 この学園には積み重なった歴史と脈々と受け継がれた伝統、そしてそれらに裏打ちされた輝ける名誉がそなわっていると思っていた。


 アールブルー学園の人間ならばそれは必ず淑女であり、淑女であるからアールブルー学園の人間である。


 そう思っていた。信じていた。

 が、しかし、この前の事件がその誉を穢した。

 否、正確に言えば事件がこの学園の本来許されざる、しかし存在していた暗部恥部を白日の下にさらした。

 あろうことか学園のトップ。最も淑女然として、公明正大で、頭脳明晰で、優雅で、優美で、華麗で、典雅で、凛と在るべき淑女の鑑である筈の学園長が貴族と繋がり、穢らわしい金品を学園地下に収めて私欲で醜く肥え太っていたのだ。

 悍ましい。

 何が悍ましいかと言えば、無論それを行った学園長の事も当然。だが、それよりも悍ましいのは露見するまで決して気付けなかった自分だ。私は私が恥ずかしい、赦せない、度し難い。

 何よりも先ず淑女たるべき人間が堕ちに堕ちていた。そして、淑女を育てる礎になると誓った己がそれに気付けなかった。

 自分は一体何だと言うのだろうか?

 真っ先に気付き、真っ先に断罪し、その後気付きも出来なかった自分の愚かさを断罪すべきだった。

 気付き、断罪出来ず、露見まで気付かなかったが、自らを断罪する事は出来る。この学園を去る準備は出来ていた。己を律し育てる事さえ出来ない愚か者が他人を育てる資格は無い。

 仕事を後の責任者に任せ、新たな責任者に用意した辞表を渡して去るだけ。

 そんな時だった。

 『学園長になって欲しい』

 同僚・生徒の親・縁も所縁もない貴族…………から予め示し合わせたかの様に一斉に、手紙や口頭で伝えられた。

 断固拒否した。

 他者に容赦無く在った『厳格と恐怖の象徴』としての自分。それは『未来の淑女の礎』としての行動と定義していた。

 そして、『厳格と恐怖の象徴』として在る自分には厳格さと淑女としての在り方を誓約させた。

 他者に容赦無く厳格に淑女を求めるならば、自分はそれ以上に厳格で淑女であるべき。

 厳格さと淑女を欠いた今の私に未来の淑女を育てる資格は無い。


 「『責任を取る』というのは『逃げる事』と同義では無いと私は考えます。

 自分の犯した罪を償わずに全てを投げ出す行為。それは淑女ではありません。

 もし、自分には淑女の資格が無いと、自身を恥じて責めるお気持ちがあるのでしたら、戦って下さい。

 恥を知り、己の愚かさを知り、罪を知るからこそ、そんな人だからこそ、誤りを避ける方法を我々に教え、誤った方向に歩む者が出ない様に戒め、時に身を挺してでも止める覚悟のある貴女が必要だと、私は思います。

 ご自分を責めるなら、失態の責任を取って下さい。

 それは、逃げる事ではなく、失態を帳消しにする事ではなく、向き合って正してください。

 『ミスが有るのなら放置せずに直し、正答へ向けて再度計算する』それは問題に対峙した時の基礎です。

 果たして、貴女の行動で真の淑女は生まれますか?」


 自分を恥じたのは直近直近だけで二度目の事だ。

 逃げようとは考えていなかった。

 しかし、ここで私が去った後の事を考えていたかといえば、浅慮と言わざるを得ない。

 私は教え子の言葉を聞くまでそれに気付けなかった自らを恥じる。

 私はミスを指摘する。失態を指摘して罰する。そして取り返しのつく場合は、その後でミスや失態を正す猶予を与えていた。

 それはミスへの甘い対応か?断じて違う。

 ミスを正し、より良くなる為の猶予だ。

 無論、その間に正そうとする努力が見られなければ罰を与えるし、取り返しの付かない失態や行為、許されざる事柄にそんな猶予は与えない。

 しかし、今自分の置かれているこの状況はどうだろうか?

 今の私は確かに淑女とは言えない。赦し難い愚か者だ。しかし、取り返しはつく。

 二度とこの様な淑女を蔑ろにする愚行を赦さず、正し、改めて在るべき学園を取り戻す事は出来る。

 私は甘く、愚かだ。

 何故なら私はまだ、正す努力をしていないのだから。





 『アールブルー学園学園長フィアレディー』はこうして生まれることとなった。

 誰もが望み、誰もが望まない厳格で淑女然とした学園長。

 彼女が生まれた事で、世界が少なからず動く出来事が一つ、増えた。

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